祭りの中へ

 郷に入りては郷に従え、そう言ったのは誰だったのか。


 格好の恥ずかしさと場違い感はどうにも拭えないけれど、ここは祭りの場。


 右を見ても左を見ても、道行く女性の格好はぼくたちとほとんど同じ。


 街の飾り付けと合わせれば、むしろ普通の旅装の人たちの方が悪目立ちしている具合だった。


「次はふりふりのにしたいねー」

「やだ」


 スフィはもっとフリルとリボンたっぷりのが着たかったようだけど、ぼくが断固として拒否した。


 いかにもふりふりなのは、どうしても受け入れられない。


 結局選ばれたパステルカラーのバニースーツは、お互いが妥協出来る範囲の着地点だった。


「わしのせくしーさに視線が……」

「だーれもこっち見てないにゃ」


 シャオとノーチェはすぐ前を歩いている。


 ノーチェは素足に白いバニースーツ、同じカラーリングのジャケットという少し変わったコーディネートだ。


 ドレス風もいくつか試していたけど、タイツは動きづらく、ふりふりは鬱陶しかったらしい。


 スフィもデザイン的にはフリフリを着たがってたけど、試着した時は微妙そうだった。


 シャオは赤く光沢のある素材のスーツに、黒いタイツ。上着代わりに自分の持ってきた和装っぽい羽織を着ている。


 スーツは股間部分の切れ込みが鋭いハイレッグていう形状のもので、脚がスラリと長く見えるデザインなんだけど……。


 当然と言うか、そういったデザインのスーツは大人の女性用しかなかったのだ。


 結果的に小人ノームの成人女性用を着ることしたみたいだけど、しっかしすごい勇気だと思う。


「普通の格好のほうが目立ってたかもね」

「ぼくも同じこと考えてた」


 恥ずかしいのは恥ずかしいが、ジロジロ見てくる人がいないのは助かる。


 そういうフィリアは、ミニスカートのフリルドレスを着ている。


 若葉色のドレスに白いタイツで、大きな卵の殻を抱えて歩く姿は演劇に出てくる妖精のキャラクターみたいだ。


「アリス! あれがアチーキだって」

「…………」


 きょろきょろと周囲を見ていたスフィが、突然屋台のひとつを指差す。


 男性職人が炭火の上で、四角いフライパンを使い卵液を焼き固めている。


 動画なんかで既視感のあるその光景は……。


「厚焼き……」


 どこからどう見ても、厚焼き玉子だった。


「もらってくるね! ノーチェ、アリスおねがい! フィリア行こ!」

「おー、あたしらの分も頼むにゃ」

「わわ、うんっ」


 唖然としているうちに、スフィがフィリアを連れて駆け出していく。


 見た目が一緒なだけで違う料理なのか、持ち込まれた物がこっちで進化を遂げた物なのか。


 正体とか由来は一旦横に置いて、楽しみにしておくとしよう。


「うぅむ、わしの魅力なら"ナンパ"されまくりと思ったのじゃが」

「どこから来るのその自信」


 ていうかナンパ目的だったのか。


「"ナンパ"ってなんにゃ?」

「外国にあるという、男が魅力的な女子おなごに声をかけ、食事などを奢る風習のことなのじゃ! 声をかけられた回数だけ女としての格が上がると、下女たちから聞いたのじゃ!」


 下女って訳したけど、意味合い的には使用人と下働きの間。


 それはいいとして。


「ぼくたちに"せくしーさ"を感じて声かけてくる男がいたら、素直にやばいと思う」

「あたしもそう思うにゃ」

「なん……じゃと……!?」


 一応こっちでも女児にナンパ目的で声かけてくる男は普通に衛兵案件だ。


「格の違いを見せつけてやろうとおもったのじゃが」

「その格好を出来る勇気は認める」


 フリフリよりはマシだけど、ぼくには着こなせる気がしないし。


「それにしても、色んな料理があるにゃ」

「どれも美味しそう」


 卵料理と一口に言っても、屋台に並んでいる種類は豊富だ。


 野菜たっぷりのオムレツに、鶏肉と合わせた料理。


 パスタ系の料理にパンケーキ。


 たっぷりのタルタルソースらしき塊に揚げたエビや魚が突き刺さっているもの。


 ……いや、何あの料理。


「もらってきたよー!」

「おまけいっぱい貰っちゃった」

「えへへ、スフィたちかわいいって!」


 アチーキの屋台は伝統衣装を着た女子なら1皿は無料だけど、どうやらおまけしてもらったらしい。


「みんなで分けよ!」

「おー」


 フィリアの抱えるバスケットの中、白い皿の上に黄色く甘い香りのする塊が鎮座している。


 ……うーん、どう見ても厚焼き玉子。


 妙に軽い乳白色のフォークを持ち、突き刺してみる……スポンジケーキみたいにふわふわだ。


 手に持っただけでふるふると揺れる柔らかさ、口に入れると濃縮された野菜の旨味が溢れ出す。


 うん、だし巻き卵だ。


 魚や肉の香りは殆どしないから野菜のスープかな、贅沢な使い方だ。


 海、山、広大な草原を抱えているだけに食材が豊富だからかな。


「わぁ、おいしい~!」

「おいしいね」

「うまいにゃ」

「中々いけるのじゃ」


 頬を抑えて耳をぷるぷるさせるフィリアに対して、他メンバーの反応は淡白だった。


 嘘でもお世辞でもなく美味しい、かといって感動するほどじゃない。


 残念ながらフィリア以外のメンバーは肉食なのでちょっと合わないみたいだった。


「お祭りのアチーキってこんなに美味しいんだぁ」

「おいしいけど……」

「肉食べたくなってきたにゃ」

「あっちにベーコンエッグというのがあるのじゃ」


 みんなの興味が肉に移ったところで、手でフォークを弄びながらフィリアに声をかけた。


「フィリアは他に食べたい卵料理とかないの? 混みそうだしアチーキお代わりなら今のうちだと思うよ」

「え? あ~、うん。みんなは何を買いにいったのかな?」

「遠慮は不要というか、ここはお祭りの場だし、各自好きなものを食べればいいんじゃないかな」


 フィリアはどうにも、こういう時に遠慮して合わせがちだ。


 全員で同じもの食べなきゃいけないルールなんてないんだし、祭りの場でくらい好きに飲み食いすればいい。


 フォークをぴっと上に向かって立てながら、そうやって論し……。


 ……ん?


「そっか…………うん、わかった、じゃ、じゃあね、アチーキをもうひと」

「『解析アナリシス』……プラスチック……カゼイン……これか!」


 牛乳の中に含まれるタンパク質で、酢なんかを入れると塊になる。


 それを濾し取って熱を加えて乾燥させると固まってプラスチックが作れる。


 牛乳はだだ余りするらしいし、錬金術によって大規模にカゼインを抽出すれば効率的にプラスチックを量産できる。


 飲食に使わないのであれば、多少悪くなったり古くなっても関係ないだろう。


 そしてプラスチックの工業的利用範囲の広さや利便性は言うまでもない。


 余った牛乳を自前で加工するくらいなら、錬金術ギルドに売り払った方が楽で早く稼げる。


 フレッシュチーズどころか、長期保存用の主力加工先であるチーズを作ってるところ無いわけだ。


 仕入先がないなら、自分で作るしか無い。


「あ、あの……」

「やっぱりフレッシュチーズなら自分で作るほうがいいか、牛乳なら豊富だし。それなら工房用って名目で庭に石窯を……」


 住宅街で火を扱う許可は難しいけど、錬金術師の工房としてならいけるはず。


 あとでギルドの方に連絡を取って……。


「アリスちゃん?」

「どしたの?」

「倉庫と作業場は隣接してたから、そのまま工房用にして……あとは……」

「突然こうなっちゃって」

「んー、アリスって昔から、興味が別のに移っちゃうとそれだけになっちゃうの。旅に出てからなってなかったから、スフィもちょっと久々」

「えぇ……」


 石窯の材料はどのレンガがいいかな、ひとつは料理用だから温度調整がしやすいようにしたい。


 ただそこまですると予算が厳しいかな、1度優先順位を付け直すか。


「たぶんね、しばらくあんな感じ。あっちで座って休みながら食べよ?」

「あ、う、うん……でもアリスちゃんはいいの?」

「へーきへーき、よいしょ……っと」

「うわぁ、持ち上げられてるのに無反応だ……」


 リフォーム作業、楽しみになってきた。


 新居ではピザパーティだ。

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