兎たちの祭典

 伝統衣装を着て卵祭りに参加した女性は、アチーキ1皿と好きな飲物を1杯貰えるらしい。


 最近だと「流石にちょっと恥ずかしい」という理由から、祭り以外で着る人も減ってきているそうだ。


 なのでこういう時に、伝統を廃れさせないために兎人伝統衣装振興会という組織が出資し、このサービスがはじまったのだという。


 その意思は兎人族だけでなく、普人をはじめとした各種族の男性たちからの熱い支持を受けた。


 今では伝統衣装を着た祭りの客に、独自でサービスを行う店も出てきているとかいないとか。


「アリス、どっちがいい?」

「どっちもやだ」


 スフィの右手には白いタイツとパステルピンクのバニースーツ。


 左手にはパステルグリーン基調のミニスカートのフリルドレス風。


 サイズ的にも幼児用なのか、デザインもセクシーというより可愛い路線だ。


 それはいいんだけど、これをぼくが着るのか。


「じゃあ別の探す?」

「急に体調が」

「今日は朝から調子いいでしょ? アリス、元気ない時あんな風に動いたりしないもん」


 そうだよ。


 なんでこういう時に限って調子がいいのか。


「フィリアはどれにするにゃ?」

「えっとね、どうしようかな……」

「わしのせくしーさに似合う物が中々ないのじゃ」


 他のみんなはノリノリなせいで、いつの間にか完全アウェイだし。


「せめてほら、兎のきぐるみとか」


 苦し紛れに客引きしている兎のきぐるみを指差す。


 たぶん向かいにある卵カステラの店の店員だろう。


 ……どうでもいいけど、こっちにもきぐるみ文化あるんだ。


「アリスがあんなの着たら暑くてすぐ倒れちゃうでしょ!」

「…………」


 ダメだ、正論が返ってくる。


「せめてズボン系」

「探したけどなかったの」


 むすっとしながらスフィが言う。


 最初に服を見始めてから、今の2着を持ってくるのに大分タイムラグがあったけど、ぼくが妥協しやすい衣装を探していたからみたいだ。


 どうして半ズボンとか短パンとかがないんだ……。


「じゃあアリスも探してよー!」


 ……ここが限界か。


 スフィを悲しませたくはない。


「……うん」


 普段からさんざん面倒見てもらってるのに。


 このくらいのわがまま、ぼくが受け入れてあげなくてどうするんだ。


 ちょっと恥ずかしい格好をするくらいなら、我慢しよう。


 我慢……我慢……。


「じゃあね、どっちがいい?」

「どっちもやだ」


 できるかなぁ。



 結局のところ、スフィの選んだ衣装をおそろいで着ることになった。


 スフィはピンクと白、ぼくは水色と白のカラー構成のドレス風バニースーツ。


 衣装の分類が合ってるかわからないし、あまり深く追求したくない。


「スフィちゃんとアリスちゃん、かわいい!」

「えへへー」

「…………」

「何照れてるにゃ」


 恥ずかしいんだよ。


 前世の大半はオタク文化に染まって過ごしていた。


 ジャンルとして好んでいたのは少年漫画やロールプレイング系で、そのせいか"男受けする女性キャラクター"や、"一部読者の人気が高い"衣装なんかの知識は豊富だ。


 だからこそ、ゲームに出てくる女の子キャラクターみたいな格好する日が来るなんて、夢にも思ってなかった。


 スフィがご満悦なのが唯一の救いか。


「ね、ね、スフィとアリス、双子っぽい?」

「……確かに同じ格好すると一瞬混乱するにゃ」


 ぼくとスフィは恐らく一卵性双生児だけど、間違われることは殆どない。


 言われるのは『よく見ると顔立ちが一緒』、『言われてみればそっくり』程度。


 髪型も性格も表情も動きも違うから、普段から区別は付きやすい。


 そのせいか『双子なのに』って頭につけられることも多くて、昔はスフィも少し気にしていた。


 ……まだ引きずってるのか。


「こうしてみると確かに双子じゃな」

「衣装の色も同じだったらわからないかも」


 今回は髪型もそっくりにしているから、慣れてるみんなも一瞬混乱しているようだ。


「やろうと思えばお互いに変装できるのではないかのう」

「その場でジャンプさせればまるわかりにゃ」


 表情も揃えればたぶん区別つかなくなるだろう。


 しかしノーチェは一発で見抜く方法を編み出していた。


「ノーチェ! アリスにそんなひどいことしないでよ!」

「……うーん確かに、ちょっとやりすぎだにゃ」

「流石にジャンプくらいではどうにもならない」


 ふたりの中ではぼくにジャンプさせるのが"ひどいこと"に分類されてしまうらしい。


 いくらぼくでもそのくらいでぶっ倒れたりしないって。


「アリス……」

「ごめんにゃ」


 なぜ憐れみの視線が来るのか。


「いいからもう早く行こう」


 外に出る前からぐったりしてきた、本当に体調が悪くなる前に出発したい。


「アリス、おんぶする?」

「まだ大丈夫」


 ここまで運んできてもらったおかげで体力的にはまだ余力がある。


 祭りの最初くらいは自力で回れるはず。


「そんじゃ出発にゃ」

「おー!」

「のじゃ!」


 ため息交じりに更衣室として貸し出されていた小部屋から出ると、店員と目が合った。


「まぁ、みんなとっても可愛い! 衣装は汚したり破ったりしたら買い取りになっちゃうから気をつけて、お祭りを楽しんできてね」

「わかったにゃ」

「はーい!」


 この衣装は綺麗に返却すれば無料、汚れ程度なら大銅貨3枚程度の修繕費、修復不可能な破損は全額弁償って感じで貸し出されている。


 祭りで貸し出すには少し厳しい条件の気がしなくもないけど、錬金術の盛んなアルヴェリアでは様々な物品の修繕技術が発展してる。


 ちょっとした食べ物の汚れやほつれくらいは無料の範囲。


 クリーニング代を取られるのは、食べ物のソースをべったり零してそのまま乾くまで放置とかのレベルだそうな。


 こういう服って買うとかなり高いから、利用する人も多いらしい。


「はいこれ、衣装と一緒に返してね」

「なんにゃ、これ」

「おっきなたまご?」


 続いて店員さんが渡してくれたのは、大きな卵飾りを割ったような形と質感の白いバスケット。


 外から見た感じは丸いけど、中底は平らになっていて白い皿やスプーンとフォークが合体した食器が置かれている。


 4箇所で支えられるように肩紐もついていて、身体の手前で安定させられるから……立ち売り箱みたいに使うのか。


「籠よ、食べ物とか買ったものを入れるの。手で持ち歩くとお洋服汚しちゃうからね、仲良く使ってね」

「おう! ありがたくつかうにゃ」

「誰が持つ?」

「じゃあ私がもつね」


 相談するまでもなくフィリアが卵バスケットを受け取った。


 こういう時に率先してやってくれるから助かる。


 無事に準備が終わったところで、改めて出発だ。


「ありがとフィリア、休憩したいときは言ってね!」

「うん」

「そんじゃ行くにゃ! おまえら!」

「わしの魅力でノックアウトして卵をいっぱいあつめるのじゃ!」

「……んゅ? そんなお祭りだったっけ?」


 たぶん違うと思う。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/torimaru/news/16816927862592519058

近況ノートに今話用の挿絵置いてます!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る