外周第3地区
アヴァロン外周第3地区は獣人だらけだった。
6区、5区、4区を繋ぐ街道を直線で移動して辿りついた3区には、獣人たちの居住区があるらしい。
割と部族ごとに固まる傾向のある獣人族は、アヴァロンという大都市でもその性質を遺憾なく発揮。
何世代も街に住んで貢献を重ね、とうとう街中の区画まるごと分の使用権を獲得したのだ。
数ある獣人居住者の中でも最大人数を誇るのは
そんなわけで、毎年春になると区画をあげて卵祭りを開催しているのだそうな。
白い町並みの中、パステルカラーで彩られた布が風に踊り、可愛らしくペイントされた卵の飾りを手にした兎のぬいぐるみが来訪者を出迎える。
売られているのもバターの香りを漂わせる卵を使ったお菓子や料理。
見るからにファンシーで可愛らしい、スフィが好きそうなお祭り。
「わー!」
「それにしても……」
「なんじゃろうな……」
目を輝かせるスフィを横目に、ぼくたちはなんとも言えない気持ちにさせられている。
可愛いお祭りだからじゃない。
「なんか妙におっさんが多いにゃ」
「う、うん」
簡素な形の白い透明感のあるコップを片手に歩くおじさんたちがやたらと多いのだ。
麦とアルコールの匂いがするから手にしてるのはビールっぽい。
それとは別の手に、黄色いトロっとしたソースのかかった肉団子の串を持っている。
近くを見ると……あった『つくねの卵黄ソース』の屋台。
子供連れの女性客も多いから、いわゆる"お父さんが暇を持て余している"光景かとも思ったけど。
それにしては雰囲気がなんか独身ぽいっていうか。
「いらっしゃーい! 焼きたてのオムレツだよー!」
「兎印の黄金炭酸! よーく冷えた兎印の黄金炭酸があるよー!」
"独特な衣装"を着て食べ物の売り子をしている兎人族の女性に視線が集まっているのが、外から見てもよくわかる。
「あの服って……」
「あ、うん、兎人族の伝統衣装なんだって」
デザインこそパステルカラーになったり、フリルみたいな飾りがついて可愛くアレンジされてるけど、似たような形状の衣装を地球でも見たことがある。
アニメや漫画ではセクシー系衣装の定番として扱われ、スマートフォン用アプリゲームとかでこのバージョンの衣装替えが出ると一部のプレイヤーが「気づいたら石がなくなってた」と騒ぐ。
そんな二次元世界では女性キャラの定番衣装のひとつ。
「バニースーツじゃん……」
身体にフィットするレオタードにタイツ。そんな格好をした兎人のお姉さんたちはスタイルが良い人も多い。
横を通り過ぎる兎人のお姉さんの丸い兎尻尾を、近くのおじさんたちが露骨に顔を動かして目で追った。
「うわぁ」
別に下ネタに抵抗があるわけじゃない。
何しろ前世ではぼくは男で、周りに居たのは傭兵たち。
下品な話題なんて普通に聞かされているから慣れている。
慣れているけど、こうもあからさまなおじさんたちを見るとなんとも言えない気持ちにさせられる。
「ね、ね! アリス、あれ!」
「ん?」
スフィに引っ張られて、可愛い祭りに不釣り合いな光景から視線を外す。
指差す先には、服屋のようなもの。
店から出てくるのは兎人だけでなく、
兎人の伝統衣装を着て、獣人以外は兎の耳のような頭飾りもつけていた。
当然のように女性ばっかりだ。
「貸衣装だって! 子ども用のもあるみたい!」
「……うっ、急に体調が」
「アリスちゃん大丈夫!?」
しまった、あれもスフィ的には"可愛い"に分類されるのか。
……ってそりゃそうか、装飾に淡く華やかな色合いのリボンやフリルを使われている。
この世界の女性冒険者の衣装は、意外と露出が高い物が多い。
いわゆるビキニアーマーやレオタードなんてものも普通に採用されている。
みんな冒険者としてそういうのを見ているから、あまり抵抗のようなものがないのだ。
それをいやらしい目で見るのは、あそこに居るようなおじさんや変態くらい。
完全に油断していた。
「……アリス、おねえちゃんと一緒におめかしするの、いや?」
「…………」
とっさに仮病をしようとしたけど、スフィには見抜かれてしまった。
「………………あ、仮病だったにゃ?」
「び、びっくりしたぁ」
「真実味があるのじゃな……」
外野は少し黙っていて欲しい。
悲しそうに言うスフィと目を合わせられない。
一緒におめかしするのが嫌なんじゃなくて、女の子っぽい格好はやっぱり恥ずかしいというか抵抗があるのだ。
前世の影響なのか、今生の嗜好なのかはわからない。
重要なのは、女装するとなんか恥ずかしいことをしている気分になってしまうということ。
特に女性だけが着るものってイメージが根強い、ああいう格好は……。
「ね、アリス」
「やだ」
悲しそうだったスフィの顔に不満が浮かび、みるみる頬が膨らんでいく。
「一緒におしゃれするの!」
「やだ!」
「お互いダダ甘なのに嫌な時はハッキリ断るよにゃ、おまえら」
呑気に眺めてないで助けてノーチェ、力尽くでこられたら勝ち目がない!
「ふりふりだし! 可愛いよ!」
「やだ!」
「じゃあどんなのならいいの!?」
「全身甲冑」
「かわいくない! じゃあおねえちゃん命令!」
「やだ!!」
スフィから逃げようとした瞬間、一瞬で捕まってしまう。
拘束を外す……ダメだ、抱きついて引っ張るように捕まえられてる。
体重かけられて押されてるなら利用できるし、手首や腕を掴まれてるくらいなら簡単に外せるのに!
前世で習った拘束外しがどれも使えない、完全に能力を把握されてる。
「わがまま言わない! おねえちゃんと一緒に行くの!」
「やーだー!」
「アリスちゃんのああいうの、なんか珍しいね」
「そうだにゃー」
「おこちゃまじゃのう」
みんな揃って呑気に構えやがって、くそが……!
その後も何とか逃げ出そうとしたもののお姉ちゃんには敵わず、抵抗むなしく貸衣装屋へと引きずられていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます