卵祭り

「なんか3区の方で卵祭りってのがやってるらしいにゃ」


 街中仕事をしていたノーチェが帰るなりそんなことを言い出した。


 アルヴェリアでは鶏そっくりの魔獣の飼育も盛んだ。


 栄養たっぷりの餌を食べて育つ鶏の卵は黄身も濃厚でぷるんとしている。


 タウンガイドによると3区には有名ブランドになっている養鶏場があったはず。


 卵もたくさんあるだろうし、卵祭りというと……。


「腐った生卵を投げつけ合うとか?」

「どんな恨みがあるにゃ」

「ちがうよ!? 卵祭りは兎人族のお祭り!」


 頭に浮かんだトマト祭り的な情景をそのまま口に出したら、思わぬところから抗議が飛び出た。


 我がパーティの兎人族ルプシアンであるフィリアだ。


「こほん……春の訪れをお祝いして、卵料理をたくさん作ったり、卵に絵を描いて飾ったりするの」

「……なるほど」


 地球で言うイースターエッグ的なあれだろうか。


 前世で世話になっていた異常存在アンノウン収容機関の『パンドラ機関』にはカトリック系の職員さんも結構居たから、春くらいになるとペイントされた卵を貰ったりしたっけ。


 ゲームや漫画でネタにされてるのはそんなに見たこと無いけど、春にやる兎と卵の祭りみたいな印象がある。


 ……この一致は偶然なんだろうか。


「昔ね、兎人族に鶏とその飼い方を教えてくれた人がいて、その人に感謝を捧げるお祭りなんだって」

「そんな人がいたんだ」

「うん、ナル・シャートっていう海を越えてずっと東からきたって伝わってる普人ヒューマン族の人」

「……外海から?」


 この大陸の外に広がる海を越えた人間は、歴史上ひとりも居ない。


 今より技術も魔術も発展していて、人智を超える力を持っていた神々が地上に居た時代でさえ海を越えることは出来なかったそうだ。


 なんでも海を暫く進むと、大陸をぐるりと囲むように青く光る線が存在するらしい。


 "青の境界"と呼ばれているそのラインを僅かにでも越えると、水の神獣の怒りに触れる。


 航海に挑んで滅んだ国は記録に残っているだけでも両手の指の数より多くて、現在では外海への航海は国際的に禁止されている。


 なのに、外海から?


「それで、ほんとに海を越えてきたの?」

「うーん、言い伝えだけだから、流石にわからないかも……」


 フィリアも祭りの謂れを聞いているくらいで、詳しくは知らないようだ。


「春にはどの家でも、兎人族の伝統衣装を着て卵飾りを作って、卵料理を食べるのが習わしだったってお母様が」

「なるほどね」

「春のお祭りの時に出されるアチーキが美味しくて……」

「アチーキ?」


 聞いたことのない料理名に首をかしげていると、フィリアが説明してくれた。


「オムレツみたいな料理で、卵をふわふわの厚い四角に焼き固めるんだけど、具は入ってないの」

「…………ふむ」

「でも甘くてお野菜の味がしっかりして、すごく美味しいんだ」


 ゼルギア大陸のオムレツは、おおよそジャガイモとかチーズとか普通に具材を入れて焼き固める。


 具なし、オムレツに似ていて、野菜の味、厚くふわふわに焼く卵料理……。


 いやなんというか、ぼくはそれを知ってる気がする。


「ほー、それ食えるかにゃ」

「あるんじゃないかな……街のお祭りは行ったことないけど」

「これから3区の方に行ってみるにゃ?」

「スフィも気になる」

「ふむ、卵かの……気乗りはせんが、どうしてもというならワシも同行してやるのじゃ」


 推測するより、実際に食べられるならそっちのほうが的確に判別できそうだ。


「ぼくも興味ある、行ってみたい」

「んじゃみんなで行ってみるにゃ! シャオ以外の!」

「うん! いこいこ!」

「のじゃ!?」


 拠点候補が決まって落ち着いたし、お祭り行事を楽しむのも現地に馴染むって意味では大事だ。


「……あの、私もお祭りは行きたいけど、お家はいいの? アリスちゃん」

「必要な部分は見たし、どうせ諸々の手配待ちだからね」


 現在地はどこかというと、先日借りたばかりの廃屋。


 錬金術師ギルドの仕事は速く、速攻で希望"以上"の契約書を作ってくれた。


 賃料は月銀貨3枚、法規内での増改築であれば自由、更新期間は1年で自動継続。あちら側からの一方的な継続拒否、金額変更は出来ない。


 つまりあっちが『契約したパーティの中に正規ライセンスを持った錬金術師が居る』ってことに気づいても、後から条件の変更は出来ないってことだ。


 小難しい書類が苦手そうな職人さんにも容赦がない。


 おかげで助かったけど。


 今は建築資材とか人員の手配の下調べに来たついでに、草むしりの真っ最中だった。


 因みにぼくは家を見て必要なものを書き留めるのが仕事である。


「だから、今日はお祭りを楽しもう」

「……うん」


 フィリアも話しながら懐かしんでる様子だったし、街の西側も見てみたかったし丁度いい。


「アリスおいで、おねえちゃんがおんぶしてあげる」

「おねがい」


 いつものように『一緒に行きたいです』と言わされているシャオの横をすり抜けて、スフィの背にしがみつく。


 何か面白いことが見つかるといいんだけどな。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る