おうちを借りよう

「なぁ、俺も仕事があるんだよ、遊んでないで急いでくれ」

「悪かったにゃ」


 庭でしばらくじゃれあっていると、しびれを切らした男性に苛立った様子で言われてしまった。


 シャオへのお仕置きは一旦保留となり、軽く庭を見回ってから今度は家屋のチェックに入った。


 庭側から中に入ってみると、状態がよりわかりやすく見渡せる。


 壁を見て、柱を見て、床を見て。


 壁紙と塗装が朽ちて剥がれ、使われている土材が崩れている。


 骨格になる柱は強化木材、防虫も生きていて古びてはいるけど現役か。


 床はカーペットごと腐って虫に食われて穴だらけ、ただし土台は問題なく健在。


 以前の持ち主も木工職人だったというけど、基礎部分はかなり丁寧に作られている。


 それ以外は全部取っ替えることになりそうだけど。


「……ボロいにゃ」

「土台と柱はしっかりしてる、見た目はひどいけど全修繕でいける範囲」


 建物の大きさや高さを変えるなら役所なんかの許可が必要だけど、内装の範囲なら簡易なチェックで済むはず。


 基礎がしっかりしてるのは良い点だ、2階建てで部屋数も確保しやすい。


 正直、かなり借りたい方向に傾いている。


 確認するため、門のあたりでため息をついている青年に声をかけた。


「借りるとしたら、いくら?」

「あ? あー……月なら銀貨3枚かな」


 このあたりの家賃としても激安だ、さては子ども相手だから適当に答えてるな?


「ノーチェ、ここにしたい」

「えー」

「わしは嫌なのじゃ」

「今なら月銀貨3枚で押せる、すぐには住めないけど立地はいい、条件も」


 そりゃ全部見てから決めるのが理想ではあるけど、他の家主と約束を取り付けて会うのを待っていたら夏になってしまう。


 まずこの物件が見た中で一番宿屋通りに近い、建物の状態も見た目ほど悪くない。


 しかも今ならだいぶ安くねじ込める。


 大金出して使用権を手に入れるならもっと慎重になるべきだけど、最悪でも庭を野営地代わりに使える。


 そのあたりをこんこんと説明すると、ノーチェたちも理解を示してきた。


「んー……」

「本当の最悪でも、404アパートの設置場所にすればいい。専有できる場所代で銀貨5枚以下は安い」

「……そういう考え方もあるにゃ」


 渋る気持ちはわからなくもない、この廃墟を借りると考えたらそりゃ二の足を踏むだろう。


 ぼくだって、自分が錬金術師でなければ考慮にも入れてない。


 逆に言えば錬金術師が身内に居るって1点だけでひっくり返る要素ばっかりなのだ。


「アリスがそこまで言うなら、スフィはいいよ」

「私も、アリスちゃんに従う」

「わしは反対なのじゃ、ずっとあの宿でいいと思うのじゃ」

「……仕方にゃい、あたしもアリスに賛成するにゃ。ここに決めるにゃ」


 説得の甲斐もあり、多数決によってここを借りることが決まった。


 良かった、これでトイレに行く度にスフィの背中に隠れてついてきてもらう日々からおさらばだ。


 何故か宿の客たちにまで広まった『大きなくまのぬいぐるみに怯える小さな女の子』という、実態と剥離した認識をされる状態も解消できるのだ。


「でも、あそこの食事はおいしいのじゃ……」

「普通に食べにいけばいい」

「ぬう」


 宿泊しなきゃ食事を出さないなんてルールはなかったはずだ、あの女将さんなら食事だけでも歓迎してくれる気がする。


「というわけでリーダー、おねがい」

「わかったにゃ……兄ちゃん、あたしらここ借りたいにゃ」

「そうか……え、本当か?」


 ノーチェの言葉をスルーしかけた青年は実に綺麗な二度見をした。


「でも大丈夫なのか、金が……」

「大丈夫にゃ、契約とかはあっちの砂色のふわふわが担当にゃ」


 視線がこっちに来たので、スフィの背中から降りて向かう。


 因みにパナディアの頃から毛の色はずっと砂色で固定している。


 ころころ変えるよりは見る側に違和感がないという判断だ。


「こほん……ひとまず期間は1年で利用料は月に銀貨3枚、契約書は錬金術師ギルドから……でいい?」

「あ、あぁ……本当に出せるのなら助かるけどよ、一応言っとくが俺は片付け手伝わねぇぞ」

「そういうのは全部こっちでやる、挨拶金の銀貨9枚は契約書の締結時に渡す」


 家賃の3ヶ月分を挨拶金として契約時に渡すのがアルヴェリアの通例だそうだ。


 保証金と手間賃とその他諸々含んだお金になる。


「建築物の保持はふくまず、再建築する権利はこちらが持つ。契約更新を行わず退去する場合、建築物ならびに使用した建材の権利は……」

「お、おう……あ? え、お」


 それから権利関係の話もガンガンぶち込んで、メモ書きに同意した旨のサインをもらう。


 簡単に言えば敷地内に存在する建築物を、アルヴェリアの建築法に則った範囲内で自由にする権利をもらったと言って差し支えない。


「このメモを元に契約書をつくってもらうので、少し待っていて」

「……お、おう」


 なんか妙にふらふらしている青年が、こめかみを押さえながら門をしめる。


 こうして月に銀貨3枚で土地を借りる契約が成立した。


 ちょっと無理矢理気味ではあったけど、あちらとしても悪くない取引だと思う。


 何せ年間で銀貨15枚くらいだろうからね、ここの使用権の税金。


 何はともあれ拠点の目処はたった、明日からは改装工事の準備だ。

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