おうちを探そう

「それで、君たちが家を借りたいっていう?」

「そうだにゃ、パーティで使うつもりにゃ」


 ゼルギアも1年を12の月に分けている。


 正式名称はぜんぜん違うけど、ややこしいので地球と同じ数字で呼ぶことにする。


 4月も終わりに近づいた頃、ようやく目星をつけた物件の保有者のひとりと都合が合った。


 何分連絡ひとつ取るだけでも中々大変な通信事情、これでも相当に早いほうだ。


「じゃあ中見せるけど……あんまり時間はかけられないよ」

「オーケーにゃ」


 待ち合わせ場所に現れたのは、まだ青年と言っていい年齢の男性。


 木工職人で、亡くなった親族が使っていた土地家屋の使用権を継承したらしい。


 表情と態度からさっさと見せて済ませたいという感情が見てとれる。


 まぁ、子どもでしかも女の子だけの5人組だから冷やかしと思われるのも無理はない。


 曲りなりにもきちんと対応してくれているのは、仲介者の名前に錬金術師ギルドの支部長が入っているからだろう。


 そんな訳で、迷惑そうな態度の男性と共にぼくたちは大通りから少し奥へいった、住宅地の中へと入っていった。


 彼の持っている物件は住宅地の中ほどにある、古ぼけた庭付きの一戸建て。


 水路も近くて庭もそれなりに広い、洗濯物を干すには少々日陰になっているけど、その代わり風の通りが良い。


 立地を見れば好条件の家。


 しかし建物は完全な廃屋だった。


 木の門をくぐり、荒れ放題の庭を踏み越えて男性は玄関の扉を開ける。


「床抜けるから、気をつけろよ。手早く済ませてくれ」

「はーいにゃ……中がおもったよりボロボロだにゃ」

「わ、へんなむし!」


 家の中は、朽ちた床に穴が空きまくり、そこからムカデに似た虫が這い出して闊歩している。


 ……家と呼ぶには崩壊が進みすぎている。


「正直俺もあんまり近づきたくなくて、早く借りてくれるなり買ってくれるなりしてほしいんだが」


 アルヴェリアの都市部や領主の保有地で、平民が手に入れられるのは土地の使用権のみ。


 毎年、価値に応じた税金を払って其の場所を独占的に使うことを認めて貰える権利だ。


 逆に言えば保有しているだけでも税金がかかるし、活用しようにも家を解体する費用は馬鹿にならない。


 しかも家屋の解体と新設には区役所での手続きと審査が必要。


 じゃあ手放せばいいのかと思いきや、この"使用権"が権利としてめちゃくちゃ強い。


 持っているのが貧乏な平民だとして、力づくじゃ例え貴族でもどうにもならないくらいには強い。


 そんな権利だから手に入れるのも大変で、仮に1度返却してしまうと数十年は新規で土地の使用権を持つことは認められない。


 住民台帳に『この一族には現状、土地の使用権を保持する能力が無い』なんて正式に記録されてしまうのだ。


 どのくらい影響するかというと、『名前しか知らない大叔父が土地を持て余して返却するのを無関係だと眺めてたら、自分の息子への使用権引き継ぎが認められなくて4代続いた店を失った』なんてことが起こるレベル。


 この国に限ったことではないけど、ゼルギア大陸では個人単位ではなく一族単位で判定される事象が多い。


 なので彼も扱いに困り果てていたのだろう。


「ったく、あいつらも積極的なのは返却するのを妨害するときだけだし……貧乏くじにも程が……」


 聞こえてくる愚痴からもそれが読み取れる。


「アリス! 裏にちっちゃい滝があるよ!」

「崖の上の貯水池から漏れ出てるのかな」


 青年から目を離し、スフィに手招きされて庭を見に行く。


 少し薄暗い庭は草がぼうぼうと生えていて虫の歩き回る音がする。


 苦手な音で反射的にスフィの裾をつかんでしまう。


「むしさんこわい? おんぶしてあげようか?」

「…………うん」

「なんじゃおぬし、虫が怖いのじゃ?」


 少し恥ずかしいけど背に腹はかえられない、スフィにおんぶしてもらって庭を歩く。


 古ぼけた資材倉庫……そこから少し奥に行った場所に崖の側面があって、上から確かに水が流れ落ちている。


 上は……公園っぽいな、じゃあ貯水池じゃなくて溜まった雨水が流れ落ちているのか。


 透明に近い水が庭に水たまりを作っている。


 水量が安定してるし庭も広い、整備すればビオトープとかも作れそうだ。


「アリス、アリス」

「ん?」


 色々頭の中で計算していると、シャオが背中をつついてきた。


 振り返ると、ニタァと嫌な笑みを浮かべる狐と目が合った。


「ほれっ」


 右手に持っていた何かを、ぼくの視界を横切らせるように放り投げてくる。


 それは、丸っこい胴体で、大量の足がかさかさしている虫だった。


「きゃっ!」

「ヂュリリッ!」

「ひゃ!? 何!? アリスどうしたの!?」


 シラタマが即座に雪玉ではたき落とし、真っ白な塊となった虫は草むらの中に落ちて消えた。


「くふふふ! しっぽの毛が爆発してるのじゃ! おぬしも可愛いところがあるのじゃのう。安心せい、どこにでもおる丸虫じゃ」

「シャオ! アリスむしさん苦手なの! いじわるしないで!」

「すまんすまん、ついつい悪戯心が出てしまったのじゃ! 悪かったのじゃ!」


 弱点見つけたとけらけら笑うシャオの視線が、庭を探検してたノーチェに向かう。


「しかし意外じゃの、ノーチェはこういう悪戯好きそうなのじゃが」

「まぁ、割と好きなのは否定しないにゃ」


 ノーチェは意外と悪戯っ子なところがあるけど、状況的にも極力抑えているしぼくには絶対にやってこない。


「アリスに悪戯してびっくりさせてやろうと思ったことはないのじゃ?」

「末っ子いじめるほど腐ってにゃいし、危険に飛び込むほどスリルに飢えてないにゃ」

「のじゃ?」


 えーっと、この環境なら多分居てもおかしくないんだけど。


 水源近くて湿度の高い、日陰になっている樹の根に近い部分……。


 ……あ、居た。


「フィリア、そこの樹についてる紫のぬめぬめしたの取って」

「え゛、この……なんかヌメッとした足いっぱいの紫色の虫さん?」

「そう」

「ちょ、ちょっとまつのじゃ、さっきのは悪かったが、得体の知れないものを」


 大丈夫、得体の知れないものじゃない。


「学名ビオテルトエルムスリク、軟体動物門多足亜門多脚網、通称アメジストスラッグバグ。蒸留水に数日つけて泥を吐かせた後、日陰でよく乾燥させてすり潰して皮膚粘膜の抗炎症剤として使われる」


 不思議と寄生虫は居なく、薬の素材として割りとポピュラーなもの。


 ただビジュアル的に問題があるため、これを利用した薬品を微妙に嫌がる錬金術師は多い。


「の、のじゃ?」

「一部の獣人の間では、泥抜きをして乾燥させたものは珍味として珍重されてる。粉末は調味料にもなるらしい」

「……あ、アリス? あの、そのじゃな」

「シャオ、ごはんたのしみにしててね」

「ひ、ひえええ……」


 高貴なる身分の狐さんに、兵站統括に喧嘩売ることの意味を教えてあげなきゃいけない。


「ふえええ、アリスちゃん! 無理! やっぱ無理だよ! 自分で取って!」

「ぼくもやだ、お姉ちゃん」

「やだ!」

「おね」

「絶対やだ!!」


 問題は、資材の確保が困難を極めることだろうか。

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