騒がしさの前兆
「いやぁ、おおかみちゃんは小さいのにすごいねぇ。君の薬が一番効くよ」
早くも2週間がすぎ、薬局の仕事にも慣れてきた。
「アントンさんはどんだけ来るの」
「この時期は飲みが多くてさぁ」
暫く滞在していると、客に顔なじみなんかも出来てくる。
例えばアントンっていう30代前半の制服の男性。
警邏騎士団所属の衛士長、独身子持ち。
奥さんとは色々あって別れたそうな。
騎士は貴族位と連動してるから、衛士は民間用の職位。
30代で衛士長って結構優秀なんだろうか、見た感じ冴えなくて強そうにも見えないけど。
「中間管理職ってのも大変なんだよなぁ」
「子どもに何語ってんすか」
「たはは」
材料を倉庫からもってきてくれたマクスが、アントンを軽く睨んで言った。
アントンはここのところ2、3日に1回くらいのペースで来てる。
彼はこの周辺の警備主任のようで、この時期入ってくる新人の歓迎会なんかで飲みが多くなっているそうだ。
身体から妙な音はしないし、無茶な飲み方はしないように気を使ってはいるんだろう。
それでも若者の手前飲み食いしないわけにもいかず、数日置きに胃薬を貰いにきているのだとか。
「俺はてっきりちびっ子を狙ってるのかと思いましたが」
「いやいやいやいや、おおかみちゃんは息子より年下でしょ。冗談でもきついよ」
冗談めかして言うマクスに、アントンは少し顔を青ざめさせて手を振る。
法的にどうこうはまだないけど、一応アルヴェリアにも"ロリコン"っていう概念はある。
当然顔をしかめられる嗜好だ。
「ぼく狙われてる?」
「……まぁ色んな意味で、ひとりで出歩いちゃダメな子だとは思うよ?」
乗っかった冗談に、アントンは割と深刻そうな顔で言った。
「君みたいな子を連れて帰りたいって人は多いだろうからねぇ」
「事務方のお姉さんたちからはよく言われる」
「たははは」
アルヴェリアの人間からは、獣人に対する偏見は感じない。
他の国から来た旅行者からは微妙なラインだけど、7区に入ると「獣人の子どもだ、珍しい」以上の反応を受けたことはない。
その代わりというべきか、予てから危惧していた獣人愛好家の気配を感じるようになった。
一部の人からのしっぽや耳への視線が熱いというか、怖いというか。
「みんな、妙に膝の上に抱き上げたがる」
「軽そうだもんなぁ」
「昨日、職員健診で測ったら13キロだった」
「え、軽すぎじゃない? うちの息子8歳だけど22キロくらいだよ」
担当の治療師にも同じこと言われた。
ごはんはしっかり食べてるし、検査結果は健康体だったんだけどなぁ。
「健康体だから大丈夫」
「へぇー、そうなんだ。じゃあ特別軽い体質なのかねぇ」
「アリス錬師ー、本来なら入院適用だからねー?」
結果を知ってる薬局長が遠くからなんか言ってるけど、客対応中のぼくの耳には残念ながら届かなかった。
「医者の不養生にはならないでよ、おおかみちゃんの薬最近評判なんだからさ」
「健康体だから大丈夫」
「言いくるめられた治療師が『もし倒れたら本院の集中治療室に叩き込んでやる』って息巻いてたからねー」
薬局長がよくわからないことを言う、病名つけられなくて検査結果がギリギリ健常範囲なら健康体って判定なのは当然でしょ。
「……おおかみちゃん、本当に大丈夫なの?」
「健康体だから大丈夫」
「具合悪くなったら無理しちゃダメだよ、育ち盛りなんだからね。仕事なんか若くて力が有り余ってるのに任せればいいんだから」
「うん」
「それ俺のことですかね!?」
そうだよマクス、だからひとっ走り裏の倉庫から予備の梱包材取ってきて。
「裏倉庫、追加の梱包材、はよ」
「俺は
「使いこなしてるねぇ、これは将来魔性の美狼かな」
「ちがう、ゼルギア大陸で一番いかついタフでワイルドな狼」
「たはははは! そりゃあいい!」
小走りで倉庫に向かうマクスを見送って言ったら、冗談でもなんでも無いのに今日一番受けてしまった。
なんでだ。
■
時計が16時を回り、日が沈みはじめる頃。
いつものようにスフィたちが迎えに来た。
「こーんにーちはー! アリスいますかー!」
「あぁ、ちょっとまってね。アリス錬師、お姉さんがお迎えにきたよー!」
「目算2メートル先の視認範囲内に存在する対象に向かって行うやり取りではない」
ここは保育園でも幼稚園でもないんだが。
「アリス、いい子にしてた?」
「いつもどおり生意気に俺を顎で使ってたよ」
「じゃあ問題ないにゃ」
「少なくともお前らは俺を敬え!?」
こんな態度だけど、マクスは兄弟が多いからか面倒見が良い。
ぼくの手伝いをしているうちに、ノーチェたちとも仲良くやれているようだ。
「あ、あの、マクスお兄ちゃん、いつもアリスちゃんのことありがとうございます」
「はぁ……いいんだフィリアちゃん、君だけが俺の癒やしだ」
「……フィリア、あまり近づくでないのじゃ」
「おい、変な意味で取るんじゃねぇよ狐っ娘」
「うそつけ、知っておるのじゃ! おぬしみたいなのをこっちでは
「ざけんな! つるぺったんに興味ないわ!」
「本性を現しおったな! フィリアはおっぱいでかいのじゃ!」
「シャオちゃん!?」
「知るか! ……え、マジ?」
アホなやり取りを横目で見ながら荷物をまとめた。
「今のうちだけにゃ、すぐにあたしが追い抜くにゃ」
「スフィも!」
「スフィ、よくわかってないのに張り合わないで」
「んゅ?」
簡単に荷物を入れたカバンを肩にかけて、スフィと手をつなぐ。
第二次性徴の時期はゼルギア人……
フィリアは9歳で、ちょっと早めの第二次性徴期真っ只中。
ノーチェとシャオが微妙に対抗心燃やしてるけど、ぼくたちにその時期がくるのはもう暫く先になるだろう。
「いひゃい! 頬をひっひゃるのをひゃめるのじゃ!?」
「シャオちゃん! 変なこと言わないで! マクスお兄ちゃんも聞かないで!」
「悪い、いや本気で悪い、聞かなかったことにさせてくれ」
「おーい、遊んでないで帰るにゃー」
「今ばかりはお前に感謝するよ黒猫娘……」
あっちはノーチェに任せて、ぼくは微笑ましくこちらを見守っていた薬局長たちに向き直る。
「じゃあ、おつかれ」
「あぁ、おつかれさま。マクスもおつかれ」
「またなー」
「おう……」
手を振って薬局を出て、通りの端っこをみんなで並んで歩く。
「ほっへたいひゃいのじゃ……」
「変なこと言うからだよ!」
「にゃははは!」
そんなやり取りをしながら、赤く染まる白い町並みを通って定宿に向かう。
早くも慣れてきた、日常がここにはあった。
「道を開けろ!」
「警邏騎士団だ」
「またか……」
赤く染まった道の真ん中を、鎧を鳴らしながら集団が走ってくる。
今年は星竜祭が開かれる年。
交通の便が良いとはいえないこの世界で、国をまたぐ移動は往復で数ヶ月……場合によっては年単位の長期計画が必要になる。
星竜祭では武術や魔術、職人たちの競技大会も開かれるという。
十分な準備期間を得るため、去年あたりから滞在をはじめる人もいるとか。
そういった事情もあり、年末に向けて春の終わり頃から外国人の長期滞在者が到来しはじめるという話は聞いていた。
人が増えればトラブルも増えてくるもので、街を歩く警邏騎士団も到着した頃と比べて明らかに多い。
巻き込まれないといいなと思いながら、ぼくは去っていく兵士の姿を見送るのだった。
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