過ぎる一日

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、日常を過ごしているだけであっという間に時間が過ぎていく。


 朝は宿からみんなと一緒に治療院に行き、午前中の勤務を終えたら夕方にみんなが帰ってくるのを待つ。


 揃って宿に戻ってその日の出来事を報告しながら食事を済ませ、部屋にこっそり設置してある404アパートでお風呂や所用を済ませる。


「今日はにゃー、監視所で騎士の兄ちゃんに相手してもらったにゃ」

「あのお兄ちゃん強かったよね」


 スフィ達の日課は、もっぱら草原監視所へのマラソンだ。


 朝に届け物を持っていき、帰りに魔獣を狩って帰るというルーチンが出来上がっている。


 アヴァロンでも獣人の孤児、しかも女の子が出歩いているのは珍しい。


 基本的には大人に即保護されるか、男の子たちに囲われて表には出て来ないそうだ。


 それもあってか心配されてるようで、主に騎士や兵士たちに仲良くしてもらってるらしい。


 実際ぼくも、薬局で働いている時にやってくる獣人の客から物凄く心配される。


 後で聞いたところ、『ミカロルの玩具箱亭』の女将さんも保護しようか悩んだそうだ。


『もしお金が不安だって言ってたら、しばらく無償でうちに置くつもりだったのよ~』


 なんて言ってた。


 ところが銀貨3枚ぽんっと出すのを見て、自活できる子たちだと思い見守ることにしたと。


 いい人も悪い人もいる、それはどこの国でもそんなに変わらないのかもしれない。


 後の決めてはどれだけ住みやすい国かだけど……正直まだ計りかねている。



 おおむね満足している薬局での仕事だけど、ひとつだけ物凄い不満がある。


「いやぁ、この間貰った薬、試しに同僚に飲ませてみたら随分効いたみたいでさぁ」

「前にもらった胃薬、仲間に飲ませてみたらすごく調子良くなったって」

「君の二日酔いの薬を弟に飲ませてみたら取られちゃってさ、もう一度作ってくれないかな」


 以上、ぼくのカウンターに並んだ2回目のお客さんが必ず口にする台詞である。


 自分に処方された薬を他人に飲ますんじゃねぇよ。


 ぼくの出した薬は一度他の人で試すのがルール化されてるんじゃないかって疑問が出てくるレベルだ。


 薬品を扱う人間として1発ずつぶん殴ってやりたいんだけど、悪意を全く感じないのが手に負えない。


 仕方なくジト目でにらみながらこんこんと説教をして、明らかに聞き流している患者に薬を渡している。


 因みに3度目からは流石に自分から渡すことはないものの、『分けてくれとねだられるから多めに欲しい』と言われる。


 自分で買いに来いよ……!


「もうやだあいつら」

「まぁ、慣れだねぇ」

「薬局は初仕事だもんねぇ」


 同僚の錬金術師はいじわるなんて以ての外で、体力のないぼくの代わりに材料を取ってくれたり、薬局業務を色々教えてくれたりする。


 初出勤の翌日、椅子に昇り降りしやすいように台を用意してくれていたりもした。


 職場はいい人たちばっかりなのに、こんなに窓口との兼任が大変だとは。


「はぁ……マクス、ラゼオールとマルカプだしといて」


 ひとしきり愚痴って慰められた後、手伝いの青年に指示を出す。


「呼び捨てかよ……!」


 彼はマクスウェル・コート、歳は18歳。外7支部の門前を掃除していた青年。


 どうやら薬学部志望だったようで、ぼくから少し遅れて雑用係として入ってきた。


 コート騎士爵の五男坊で、一族の期待を背負って王立学院に入学。


 実家に屋敷を用立てるお金がないから、アルバイトをしながら外周区で暮らしているらしい。


 アルヴェリアの田舎に領地を構える貧しい貴族ではよくあることだそうな。


「……豊作は約束されてるのに」

「金にならないんだよ! どこでも大量に穫れるからな!」


 どこの国にも居る"田舎の貧乏貴族"と一味違うのは、飢えとは原則無縁なことだろうか。


 僻地になると星竜の加護が薄まるのか天候不順もあるようだけど、アルヴェリアの凶作は他の国の普通の収穫。


 彼いわく贅沢できた記憶はないけど、食べ物に困った記憶もないそうな。


 そりゃ他国から土地を狙われる。


「苦労してようやくここまで来たってのに……!」

「あとで錬成術みてあげるから」

「ちくしょう! お願いします!」


 正会員の登用試験は筆記と実技。


 きちんとした錬金術の知識があるか、基礎技術である『錬成フォージング』を規定のレベルまで使いこなせているかを見られる。


 軽く聞いた限り、どうしてかみんなして実技で詰まるらしい。


「課題見たけど、あのくらいなら練習したらすぐ出来るようになるでしょ」

「なったら苦労しねぇんだよ……!」


 マクスが取ってきた素材を入れた箱を乱暴に作業台に置く。


「素材を乱暴に扱わない」

「うぐぐ……」


 彼は猛勉強をして学校を出たのに、浮浪児一歩手前に教えを請うことにプライドが揺れているらしい。


 結果を拠り所にしないプライドなんて犬の餌にもならないのに。


「いいねぇ、若いもんは」

「老け込むには早すぎんだろ」


 背後で若者を見てにやつくのは、同僚である30代のおっさん錬金術師たち。


 台を用意したり、椅子のクッションを取り替えたりしてくれた人たちでもある。


 おっさんたちの視線を背中に受けながら、最近妙に需要が高い胃薬を作る。


「粉にするところから錬金術でやるのかよ」

「手っ取り早い」

「撹拌まで錬成で……ありえねぇ……」


 手でやるより疲れないし、均一に成分を混ぜられるしいいと思う。


 手作業で作った物はどうもムラが多くて、同じ薬なのに効果にばらつきが出やすい。


 なのに何故か、みんな錬金術は最小限で済ませようとする。


 ぼくにはそっちが不思議でならないんだけど。


「並の術者がやったとこで、針で粉を混ぜるようなものだしな……」

「あれで7歳だろ、噂にゃ聞いてたが……技師派の御歴々が取り合う訳だよ」

「互いに牽制しすぎて逆にどこも動けないんだってな」


 狼の耳にはこそこそとした噂話が聞こえてくる、当人の預かり知らないところで牽制合戦が起こっているらしい。


 なんて迷惑な。


「そろそろ昼だし、アリス錬師は先にメシいっといで」

「じゃあお先に」


 紙に包んでストックを増やし、席を立つ。


 奥にある給湯室に簡単なソファとテーブルがあるので、そこでお昼休憩だ。


「マクス、道具片付けといて」

「当然のように顎で人を使いやがるな!?」

「マクスウェル君、アリス錬師は君の上司だからね?」


 カウンターの脇で居眠りしているフカヒレを胸に抱え、指示を出してから奥の部屋に。


「頭でわかってるんです、でも幼女に諂うのは俺の心が……プライドが……!」

「悪いこと言わないからそのプライドは早めに捨てときなさい、錬金術師の世界は残酷だよ」


 若人の人生相談が始まるのを横目に扉を閉じる。


 部屋の作りはしっかりしているので、耳を傾けなければ外の会話は聞こえなくなった。


 人の気配がなくなったことで、頭の上と腕の中で物静かなマスコットと化していたシラタマとフカヒレが動き出す。


 別に隠す必要もないとは思うんだけど、この子たちなりに警戒しているようだった。


「今日はフィリアがお弁当つくってくれた」

「キュピ」

「果物は……入ってる、ミニベリー」


 アヴァロンの市場で売ってた木苺みたいな果実、早摘みで小振りだけど甘みが強い。


 熟すのはラズベリーと同じで夏前なんだけど、熟すと酸味が強くなるので早摘みが一番美味しいって言われてる。


 ちらっと見ただけでも、豊かな土地柄のためか果物も豊富だった。


「シャア」

「バカップルは食べ物じゃない」

「シャー?」


 昨日の夕方に仕込んだローストビーフの残りを使ったサンドイッチを眺めていると、フカヒレはおかしな事を言い出した。


 語彙が増えてきたのはいいんだけど、たまに変なことを言うんだよね。


 ぼくも当人も言葉の意味を理解しかねてるけど、『ミズギビジョ』とか『バカップル』とか『ジョック』を食べ物だと思ってるらしい。


 かろうじて『バカップル』が『場をわきまえず公然といちゃつく人間の番い』を指す言葉なのは知ってるけど……まさか知らない間に人を食べたりしないよね、この子。


 サンドイッチにかじりつく姿は、デフォルメされたような可愛らしいぬいぐるみなんだけどなぁ……。

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