薬局のおおかみちゃん

「じゃあアリス、おねえちゃんたちお仕事行ってくるから」

「いい子にしてるにゃ」

「治療師の先生の言うことをちゃんと聞くのじゃぞ」

「うん」


 なんだろう、このやり取り。


 錬金術師ギルド外7支部で紹介状を受け取った足で宿屋通り端の治療院へ行き、ぼくの短期アルバイトが決まった。


 ベテランの薬剤師がひとり、腰をやって休んでしまったようで丁度いいタイミングだったらしい。


 仕事内容についても交渉はスムーズに行き、週4日の午前中のみで日給銀貨2枚と決まった。


 午後や夜勤までしたら銀貨7枚越えるそうだけど、生憎身体が追いつかない。


 物価考えたら妥当なところかと思う。


 そんなわけで労働契約そのものはスムーズだったんだけど、みんなの態度のせいで保育所に預けられてる気分にさせられる。


「その、アリスちゃんもお仕事頑張ってね」

「理解者はフィリアだけ……」

「ええ……」


 階梯に固執つもりなんてないけど、薬局では一応ぼくが一番上の階級になるんだよ。


 土地柄ゲスト参戦そのものは慣れてるようだけど、さすがに"自分より階級が上の7歳の女の子"は扱いに困るらしい。


 軽く顔合わせした時に、薬局の人たちみんな揃って困惑を顔に貼り付けてた。


「おねえちゃんがいちばんの味方なのに!」

「釜を同じくして歩幅揃わんとすれば、臨席相対し箸を構えんとすりゅもりゅむにゃ」

「むー!」


 ほっぺたむにむにしないで。


「……どういう意味にゃ?」

「えっと、たしか味方だからって自分を理解してくれてるとは限らない……って感じの、昔の武将さんの言葉だっけ?」

「武王八戒じゃったかのう、大昔に帝王学で習ったのじゃ」

「大昔って……」


 じじくさい喋り方だけど、シャオは8歳でノーチェとタメだ。


「のーぶるすたでゅぅー……?」

「貴族とか、人を従えるたちばのひと用の学問だよ?」


 ほっぺをむにられて返事ができないぼくに変わって、フィリアが説明してくれている。


 聞き流してたおじいちゃんの授業から言葉を拾って適当に言っただけなのに、なんかあらぬ方向へ走っていってる。


「……なんでおまえらそんなの知ってるにゃ」

「え、えっと、あの」

「わし、ラオフェンの姫じゃぞ?」

「あぁ、そういや元姫だったにゃ」

「いまもじゃ! ねねさまに会えば現役復帰なのじゃ!」


 シャオもよく知ってるなと思ったら、そういえば一応都市国家の姫だった。


 ……完全に忘れてたことは胸にしまっておこう。


「それまでは同じストレートチルドレンにゃ」

「一緒にするでない!」

「じゃあここでお別れだにゃ、どうか元気でやってくださいにゃ、お姉さまと出会えることを祈っておりますにゃ」

「しばらくすとれーとチルドレンで良いのじゃ!」


 そして、言い合いは口を挟む間もなくノーチェの完勝で終わった。


 ノーチェが強いのか、シャオが弱いのか……後者だろうなぁ。


「あ、あのね、たぶんね、ストリートチルドレンだと思う……んだけど」


 真面目なフィリアがいい感じの緩衝材になってることだけが、間違いのない事実だった。



 数分後。


 冒険者ギルドへいったみんなを見送ったぼくは、ようやく仕事場へ入った。


「よひょひく」

「……アリス錬師、何かあったのかい?」


 痛くはなかったけど、しばらく頬をむにむにされて発音がおかしくなっている。


「きにひないで」

「そ、そうかい」


 治療院に併設された薬局には、薬学専門の錬金術師が常勤で2名、非常勤がぼく含めて3名。


 あとは雑用係と補佐が2名ずつで回されている。


 業務内容は薬を買いにきたお客さんの相手と調薬だ。


 さっと若草色のエプロンを身につけ、カウンターに並べられた椅子に座る。


 ……向こう側が見えない。


「あぁ、流石に子どもサイズはないからなぁ」

「どうする?」

「……勝手に弄っていい?」

「おぉ、構わんよ」


 あ、発音戻ってきた。


 薬局長の許可を得たところで錬成で高さとサイズを弄る。


 大人が座るには強度が不安だけど、生憎とぼくは体重15kgもない。


「へぇ、綺麗に錬成を使うねぇ」

「器用なもんだ」

「どうも」


 大したことない、うぬぼれてはいけないと思っていても、やっぱり褒められると嬉しい。


 思わずしっぽが揺れそうになるのを堪えながら、咳払いして椅子によじ登る。


「よい、っしょ……ぜぇ、ぜぇ……よし」


 今度はちゃんと上半身が出る、登るのが一苦労だけど……あとで台でも作ろう。


「開院しますよー」

「今日も一日よろしくなー」


 丁度入り口付近を確認していた見習いの少年が声をかけてきて、始業の鐘が鳴らされた。


 どうか、ほどほどに暇でありますように。



 流石に人通りが多いだけあって、お客さんの数は意外にも多かった。


 午前中だけでも、騎士団の制服を着た人たちが結構な割合で来る。


 例えば飲み過ぎによる胸焼けで来た、制服姿の30代中半の男性。


「処方箋」

「はいこれ。いやー、今朝から腹の調子がね……」

「既往歴、服薬ともになし、飲食過多による胃酸焼けで胃薬と整腸剤……ストリマとマルカプってどこ?」

「それなら4番と5番の棚にあるよぉ~」


 商品としてパッケージされてる薬品を出すこともあれば、ストックされてる素材から生薬を作って出すこともある。


 今回の場合、生薬のほうが効果があるし安く済む。


 ちょっと大変だけど椅子から降りて薬剤棚へ。


「ねぇ君随分若くみえるけど、いくつ?」

「ななつ」

「へぇ7歳かぁ……え?」


 なぜか不思議そうな顔をしている男性を置いて、薬草棚から乾燥した茶色い草と植物の根を取り出す。


 乳鉢の中に入れた素材を『粉砕デモリッション』で粉にして『錬成フォージング』で混ぜ合わせる。


 処方箋に書かれている年齢体重、ここからでも聞こえる内蔵の音と血流の音。


 胃そのものより腸の調子が悪い感じかな。


 規定の薬価の範囲内で成分を調整して、整腸作用の方が強く効くようにしてっと。


 こういうの、地球の近代社会では出来ない処方だよなぁとやりながら思う。


「ミスター・アントン、薬できた」

「早いね!?」

「3日分ある、飲むタイミングは食後30分以内が目安、1包ずつ飲んで」

「あ、あぁ」


 出来上がったものを一包ずつ詰めたものを紙袋に入れて、代金と引き換えに渡す。


「じゃあはい、大銅貨3枚」

「確かに、お大事に」

「……ねぇ、あの子って本当に薬局の?」

「あぁ、正式な錬金術師の子だよ」


 とまぁ、業務の流れはこんな感じ。


 ぼくのところに振り分けられた客が必ず他の錬金術師に確認していくけど、問題はない。


 やってみてわかったけど、処方箋の内容は割りと大雑把だった。


 何か理由があっての明確な指定以外だと、"細かい調整は調薬担当に任せる"みたいなノリの指示も多い。


 パンドラ機関の施設にあった医療所と比べると随分おそまつに感じるけど、処方箋出した治療師に疑問部分を聞くとか気軽に出来ないし仕方ないのかもしれない。


 他の錬金術師の仕事も大差ないので、多分問題ないんだろう。


 それ以外にもふらっと寄ってパッケージ品の薬を買っていく客がきたりしながら、午前中は穏やかに過ぎていった。


 ひとまず、なんとかこなせていけそうだ。

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