錬金術師ギルド・外7支部


 アヴァロン内の錬金術師ギルドの所在地は、第8までの外周区と行政1区にある本部。


 中央街門がある第5地区の支部が最大規模で、港に面した1区と空港に隣接する8区が2番手。


 それ以外の支部は割りとこじんまりしているらしい。


「……こじんまりしているとは聞いたけど」


 外周7区の支部は繁華街にほど近い場所にある、実際に行ってみると驚くほど小さかった。


 いや、一応一般の家屋よりは大きいけど……。


「なんか、隣の支部と比べるとにゃ」

「うん、ちょっと」

「ちっちゃい、ぼろい、かわいくない」

「かわいさは必要なのじゃ……?」


 スフィの率直な物言いに、玄関を掃除していた若い男性の頬が引きつった。


「外7は住宅地だから! そんなに必要性がないんだよ!」


 いくらアヴァロンが街としては広いと言っても、人の足で1日かければ横断できる程度の距離。


「ここ、商業的にはただの通り道だから」


 中間地点にあたる1、5、8の支部に機能を集約してるなら、残りの支部は殆ど事務所代わりになるのも頷ける。


外7アウターセブン支部は中でもしょぼいとは聞いたけど」

「誰から聞いたんだよ!」

「外8にいた作業着姿のおじいさん」

「ただの掃除夫だろそれ!?」


 決めつけはよくないと思う。


「そもそもお前はなんなんだ! ここはガキが遊びに来る場所じゃねーぞ!」

「仕事もらおうかとおもったけど、支部を見て悩んでる」

「仕事ねだりに来たやつの態度じゃねーぞ! クソガキ!」


 10代後半と思わしき青年は何故かどんどん苛立ちを高めているみたいだった。


「アリスちゃん、いい加減コート着た方がいいんじゃ……」

「忘れてた」


 なんか毎回忘れてる気がする。


 汚したくないから別にいいといえばいいんだけど。


「何の騒ぎだね」

「せ、先生! すいません変なガキが! すぐ追い払います!」


 玄関先で揉めていると、騒ぎに気づいたのか建物の中から錬金術師のコートを着た壮年の男性が出てきた。


 体つきはがっしりしていて、顎が四角い。


 歩く度に引き締まった筋肉のたわむ音が聞こえる、この人とんでもない鍛え方してる。


「……おや? おやおや?」

「朝から申し訳ありません! ほらお前ら! しっしっ! 目上に対する態度を改めろ!」

「改めなければならないのは君だよ……アリス錬師だね?」

「……知ってるの?」


 青年を押しのけて出てきた男性は、面白そうな笑みを浮かべていた。


「相応の錬金術師なら当然に。灰色の毛の狼人、しかも幼い少女の双子なんて該当する者が複数居るほうが驚きだ。おかげで上層部がピリピリしはじめている」

「権力争いを人のせいにしないでほしい」

「ははは、稀に見る埒外の才覚を取り合うなと言う方が道理に反するだろう。晩期を察した錬金術師は、己の手では実現しきれぬ夢を如何に後進に託すか……それを常に考えているのだから」


 そんなこと言われてもね。


「ぼくはぼくの夢を見つけたい、見知らぬじじばばの夢を託されても困る」

「はははははは! それでこそ錬金術師!」

「は、え!? このガキが、錬金術師!?」

「いえい」


 壮年の錬金術師によってバラされてしまったので、動揺する青年に向けて両手でピースを作ってみる。


「煽ってんのかこのガキィ!」


 なんで。


「アリス、めっ」

「それはないにゃ」

「…………」


 フレンドリーに接したつもりだったのに。


「ははは、まぁここの支部は私含めて数人で、来るのは簡単な仕事ばかりだ。それでも良いなら仕事を割り振ろう」

「体力に少し自信がないから、そのくらいがありがたい」

「あぁ、わかった。案内しよう」

「あんなガキが……俺より……」


 何故かとても落ち込んでる様子の青年を余所に、ぼくたちは建物の中へと案内されていくのだった。



「彼は王立学院を出て、錬金術師ギルドの附属校に通っている学生だよ。この時期は休みを利用してアルバイトをしているんだ、何か用事があれば彼に言いつけるといい」

「わかった」


 見習いかと思えば学生さんだったみたいだ。


「錬金術師の学校なんてあるにゃ?」


 そういえばまだノーチェたちには話したことなかったっけ。


「錬金術師になるには直弟子になる道と、ギルドに見習いに入る道と、学校を出る道がある」

「一番ポピュラーで簡単なのは学校だね、見習い入りは独学で学習できる能力が、直弟子は見出されるだけの才覚か運が必要になる」


 ぼくの説明を壮年の錬金術師が補足してくれた。


 そういえばまだ名前を聞いてなかった。


「自己紹介がまだだった。ぼくはアリス、よろしく」

「ん? あぁ。私はモルドだ、ここの副支部長をやっている。よろしく頼むよ、アリス錬師」


 チラリと見えたバッジは第4階梯フィロソファのもの。


 だけど雰囲気からして、恐らく戦闘錬金術師バトルアルケミスト


 最低ひとりは居るって聞いたけど、こんな長閑な支部でもなのか。


「とはいえ斡旋できる仕事なんてたかがしれているのだがね」

「忙しいよりはいい」

「ははは」


 忙しい支部なら稼げはするだろうけど、今度は暇がなくなる。


 五体満足でアルヴェリアにつけたのに、無理して倒れたら元も子もない。


「そうだね……薬学はいけるかな? 近隣のギルド附属の治療院が一番おすすめなのだが」

「宿屋通りの端にある?」

「そう、そこだ」

「いいかも、薬学も中級までなら問題ない」


 頭の中に街の地形を浮かべる。


 宿屋通りの端にある治療院は、今使っている宿屋と冒険者ギルドの外8支部のちょうど中間地点にある。


 今までと比べて移動距離は増えるけど、使うルートを1本化できる。


「では紹介状を書こう、少し待っていてくれるかな?」

「うん」


 モルド錬師はそういうと、奥にある執務室に入っていった。


「すぐ決めて良かったにゃ?」

「魔道具修理とかの仕事は外8支部の方、他は体力仕事だから」


 錬金術師のアルバイトは種類は多いけど、短期のものとなると意外と現場仕事が多い。


 建築なら現場作業だし、魔道具扱うなら工房務め。


 ぼくが出来るのは薬品関係と魔道具関係。


 建築の手伝いなんて現場仕事はとてもじゃないけど身体が追いつかない。


 外8支部なら魔道具や製薬関係の仕事もギルド内にたくさんあるだろうけど、ここからだと移動がね。


「大変なお仕事じゃないといいんだけど」

「そこは交渉次第かな……」


 場合によっては決裂する可能性だってある。


 見た感じ、小規模な治療院っぽいから多忙ってほどじゃないと思う。


「近くに真新しい建物の大きな治療院もあるから」

「……それ、大丈夫なのにゃ?」

「どうちがうのじゃ?」


 首を傾げるのはノーチェとシャオ。


「新しい方は独立してる治療師が開業した治療院で、小さな方はギルド直営……経営母体が違う」


 治療費が高い代わりに治療内容が充実してたり手厚いのが個人経営、研究目的の代わりに治療費が割安なのがギルド直営。


 って考えるのが近い気がする。


「ほーん」

「待たせたね、この紹介状を持っていきたまえ」

「ありがとう」


 封がされた手紙を受け取り、懐にしまう。


「外はぼろっちいけど、中は綺麗だにゃ」

「仮にも錬金術師ギルドの支部だからな」


 言われてみれば、内装は質素だけど質の良いもので揃えられている。


 外装は年代物って雰囲気のコンクリっぽい四角い建物だったけど、木製の内装はシミやひび割れひとつない。


 丁寧に修繕されながら使われてきたのがわかる。


「さて……見るところいっても、ここには事務室と執務室の他には倉庫と休憩室くらいしかないが」

「邪魔するのも悪いから、この辺で」

「そうか、次に会うのは発表会かね?」

「考え中、紹介状ありがとう」

「あぁ、壮健に」

「ばいばいおじちゃん」

「ばいばいにゃー」


 手を振るぼくたちに、モルド錬師は微笑みとともに手を振って見送ってくれた。


 学生の青年は箒片手にまだ放心しているようだったけd……まぁ立ち直るのは自力でお願いしたい。


「あとは治療院にゃ?」

「そういえば、物件の仲介お願いはいいの?」


 ノーチェに続いて発せられた、スフィの一言でぴたりと足を止める。


「……忘れてた」


 見た目の古さの衝撃で悩んでるうちに、頭に浮かんだ仕事探しばっかり前面に出てしまった。


 結局、別れを告げたばかりだというのに慌ててギルドに逆戻りし、物件の仲介もお願いすることになった。


 気まずかったのは言うまでもない。

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