路地裏の『しっぽ亭』
「なんでわざわざこんなトコにしたにゃ」
「都合」
アルヴェリアの聖都アヴァロンについて7日目。
錬金術師ギルドを通じて発行してもらった露店許可証を手に、ぼくたちは出店予定地へ赴いていた。
外周第8地区、外門通りから繋がる露店通り市場。
ぼくが希望したのは、その通りから少し路地に入ったところ。
アヴァロンの季節はまだ春先だけど、陽射しが強い。
必要以上に目立ちたくないのと、長時間居座るなら日陰がいいという理由でここになった。
実際に現地を見ると表通りから見れないわけじゃないし、路地と言ってもすぐ向こう側は別の通りで治安も良い。
商売って意味じゃ微妙だけど、のんびりやるには丁度いい立地だ。
「パナディアみたいにいっぱい売れるかなぁー」
「危ないものは省いたから、どうだろう」
ラインナップは、スライムカーボン素材で作った小物関係。
あとは練習で作った魔道具と装備品の類。
本格的に売るなら工房や店舗を借りてからにしたいので、強烈な物は省いてある。
「エナジードリンクは?」
「製造ラインがないから」
こっちでも広めたいけど、エナジードリンクはまだ製造の目処が立ってないので無理。
売ろう作ろうと思ったからって、すぐに実行できるわけでもない。
そもそも、日陰で獣人の子どもが売ってる謎のドリンクなんて売れないだろうし。
「設営できたよ」
「こんなもんじゃろうか」
「いいと思う」
駄弁っている間にフィリアとシャオが黙々と作業して、シートの上に在庫用の箱を積み上げていてくれた。
「なーに、わしのような美少女が売り子をしたら、すぐに売れるのじゃ」
むふーと鼻息荒く胸を張るシャオ。
冷遇されてきたんだろうに、なぜここまで自信満々なのか。
素直にすごいと思う。
「じゃあ商品ならべちゃおう!」
「こっちはあたしがやるにゃ」
ぼくがポケットから在庫入れに品物を移し終えると、陳列担当のふたりが飛びついた。
スフィはアクセサリーや魔道具。
ノーチェは主に武器関係。
こういうのも性格が出ると言うんだろうか。
「アリスちゃん、それは?」
「店の名前考えてきた」
旅の間ずっと考えていたことだけど、やっぱりぼくは自分の作った物を使ってもらえるのが好きみたいだ。
この街でなにかするなら、物を作って売る仕事をしたい。
その第一歩として、自分のやる店に名前をつけようと思った。
「名前は『
「しっぽ亭……しっぽ同盟のお店だから?」
「うん」
出来ることならスフィたちのチームと一緒に、この店も育てていけたらいいなって思ってつけた名前。
ぼくはたぶん、思うように冒険についていけないけど……。
だったらせめてみんなの拠点になるような店を作りたい。
カウンターとして用意した適当な台の上に、店の名前を書いた看板を置く。
丁度スフィたちも自分好みに商品の配置を終えたみたいだ。
しっぽ亭、開店だ。
■
「暇にゃ」
「知ってた」
とはいえ、路地裏で子どもがやってる店なんて基本的に客なんて来ない。
宣伝もしてないし、アヴァロンには知り合いもほとんど居ない。
「宣伝してくるにゃ?」
「ちょっと悩んでる」
商品には自信がある。でも果たして今の段階で人を集めに走っていいものか、まだちょっと判断がつかない。
「たまにはこういう日があってもいいんじゃないかって」
今日は寒すぎない心地良い風が路地を吹き抜けている。
たまにはこういった落ち着いた日もいいんじゃないかと。
「物理的に金が減ってると思うにゃ」
思ったけど、確かにその問題があった。
「ギルドで仕事の斡旋でもしてもらおうかな」
さすがに本部の所在地だけあって錬金術師が多いから、人員は足りているみたいだけど、仕事そのものはある。
「お客さん集めてくる?」
「お願いしようかな」
背後から抱きついてきていたスフィが言う。
ぼくが錬金術師ギルドの仕事をすると、一緒にいられる時間が減るから嫌みたいだ。
生憎とぼくにはそういった才能はないので自分じゃ集客できないけど、スフィたちがやってくれるなら……。
「んじゃ、ちょっくら客集めて来るにゃ」
「いってくるねー!」
「ふふん、わしの魅力で……」
「あ、シャオはフィリアと店番手伝って」
シャオも同行しようとしたのを止める。
初対面のときのコミュ障っぷりを見てると、声掛け任せるのはちょっと不安がある。
張り切ると空回りするタイプっぽいからね。
「なんでじゃ!」
「シャオちゃん、そういうの向いてないと思う」
「のじゃ!?」
それについてはフィリアも同意見のようだ。
「あたしらに任せとくにゃ!」
「まかせて!」
というわけで、ぼくたちの中で一番人当たりの良いふたりが路地から露店通りへ駆けていく。
「ぐぬぬ」
「さて……ちょっと埃被ってるのあるから、綺麗にするの手伝って」
「手伝うね」
「仕方あるまい……」
暇を持て余している様子だったのでそう告げて、並んでいる商品のうち砂埃をかぶったいくつかを布で拭き始める。
客が来なくてグラスを磨き続ける店主の気持ちがなんとなくわかってきた頃、スフィたちが人を連れて戻ってきた。
思ったよりずっと早い。
「本当かぁ?」
「嘘じゃないもん!」
「本当にゃ、いいナイフも置いてるにゃ」
連れてきたのは20手前くらいの青年。麻のシャツにズボン、私服姿だけど見える手足はがっしりしてる。
力仕事の筋肉の付き方じゃない、足取りからしても鍛えてる方かな。
「ま、実際に見ればわかるか……明るくて人目もある、中々いい場所選んだじゃないか」
青年は広げたシートの上を見て、路地の立地を見て感心したように言う。
……雰囲気と着眼点からして冒険者って感じじゃないな。
「この子たちに誘われてきたんだけど、商品見せてもらえるかい?」
「いいよ」
承諾するなり、青年は適当なナイフを手に持って眺めはじめる。
「……いいなこれ、どこで手に入れたんだ?」
「この街に来るまでに、遺跡で」
「へぇ、未発掘のか?」
「そう」
なんか尋問されてるみたいな気分になってきたんだけど。
「発掘品にしては随分と様式が揃ってるけど」
「遺跡の同じ場所にあった、地下迷宮みたいなやつ」
「へぇ……」
青年の視線が、一瞬カウンターの上の看板へ向かう。
正確には、その隣に置かれた露店許可証か。
「これ1本貰うよ、いくらだい?」
見せてきたナイフはやや小振りな作業用、在庫品だから……
「銀貨6枚」
「いい値段取るな、まぁ物はいいけど。5枚あったかな……」
懐を探り、色々確かめて青年は何とかお金を出してくる。
「えーっと、銀貨4枚と後は……」
「大銅貨18枚、銅貨20枚……ピッタリ」
「ほいよ、お陰ですっからかんだ」
苦笑する青年に、ついでに小さめの砥石も付ける。
そこらで拾った石から手慰みに作ったもので、簡単なものだから原価はほぼゼロ。
「暫く店やってるのか?」
「滞在している間はこのへんでやるつもり」
「そうか、じゃあまた覗きにくるよ。他にも掘り出し物が多そうだしな」
青年はそう言って立ち上がり、手を振りながら露店通りへと戻っていった。
「またのお越しを」
「お買い上げありがとー!」
「兄ちゃんありがとにゃー」
無事にお客さん第一号を連れてきたスフィとノーチェが手を振って青年を見送り、ぼくを振り返った。
「えっへん」
「どんなもんにゃ」
「いい腕してる」
おもったよりずっと早くお客さんを捕まえてきたことを称賛すると、ふたりは自慢気にしっぽを動かし、鼻を鳴らした。
「ぐぬぬ……わしだって」
「どうどう」
背後で唸っているシャオの気配に苦笑しながら、路地から明るい通りへと姿を消す青年を横目で見た。
……わざわざ客引きに捕まってまで覗きに来るなんて、衛兵関係かな?
疑いは持たれずに済んだみたいだけど、ああいうチェックはこまめにやってるのかもしれない。
その後、スフィたちは張り切っていたけど次のお客さんは捕まえられなかった。
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