第7地区へ

「お客さん全然だったね……」

「場所が悪いにゃ、場所が!」


 まったくもってノーチェの言う通り、人が集まる場所ではない。


 そういうところを選んだからね。


「わしが行っておれば3倍は集めておったのじゃ」

「……うん」


 シャオの言葉にフィリアが首を傾げてる。


 本人は大きく言ってるつもりだけど、計算すると意外と現実的な数字なのでどうツッコめばいいか悩んでるみたいだ。


 スルーでいいと思う。


「このあとどうしよー?」

「夜まで暇だにゃ、今からギルド行くのもにゃー」


 昼を過ぎたあたりで露店を片付け、ぼくたちは街を散策中。


 日暮れまでは時間もあるし、素泊まり宿に戻るにはまだ早い。


「ていうか、そろそろ宿変えるにゃ、あそこちょっと怖いにゃ」

「それはたしかに」


 夜中に部屋の中を伺う気配があるのはぼくも把握してる。


 宿屋の店主からも言葉少なに早めの転宿を勧められているくらいだ。


「錬金術師ギルドさんにはお願いできない?」

「うーん……」


 ここでも寮を借りることは可能だと思うけど、その場合は外周第8地区に暫く留まることになる。


 このあたり、正直あんまり治安よくないみたいなんだよね。


 アヴァロンの街は王城のある聖王区を頂点にした扇形。


 縦に聖王区、貴族街、商業区と行政区、外周区と並び、西から順に番号がつけられている。


 外周第9地区は空港が存在する出入り口で、外門は未踏破領域が存在する草原が近い。


 出入りするのは旅人が主で、特に冒険者が逗留する第8地区は少々治安が悪いとされている。


 海側の入り口である第1、第2地区も似たような感じ。


 外周区で最も治安が良いのは貴族街への入り口がある第5か第6地区。


 その分、真ん中の地区は宿にせよ何にせよ滞在費が高い。


 子どもだけで暮らすにも、保証人やらの関係でちょっとややこしい。


 一番楽なのは錬金術師ギルドに頼ることなんだけど。


「あんまり頼りっぱなしにはなりたくないんだよね」


 学術機関とは言え、隙を見せ過ぎると絡め取られそうで怖い。


「まぁわかるけどにゃ、銀貨6枚でどのくらい過ごせるにゃ?」

「うーん、『鋼鉄はがねの枝亭』なら2週間くらいはいけるけど」


 あそこは1部屋1晩200グレド、大銅貨2枚なので単純計算で30日。


 食費やらなんやらを考えれば15日くらいと考えておくべきかな。


「普通の宿ならどうにゃ?」

「2、3日」


 セキュリティがしっかりした、それなりの宿って条件なら5人で一晩銀貨3枚は必要になる。


「中々厳しいにゃ」

「なんで、店舗兼工房兼住宅を借りたいんだよね」


 錬金術師ギルドに相談したところ『仲介なら出来るが、物件の紹介はできない』と言われてしまった。


 保有してる物件なんかはあるみたいだけど、基本的には支部や本部の勤務者用。


 滞在しているだけの"旅の錬金術師"には渡せないってわけだ。


「露店やりながら物件探しって考えてた」

「でも、そんなの買う金あるにゃ?」

「買うのは難しいけど、賃貸ならいける」


 保証人は錬金術師ギルドが請け負ってくれるし、錬金術師として工房を持つなら融資もしてくれる。


 寮に家族一緒に留まらせてもらうのはギルドからの好意、こっちは正規の錬金術師が受けられる正式な権利だ。


「ってことはお家探し?」

「そう、第6と第7地区の境目あたりで良いのがないか見て回ろうかと思って」


 気になる空き物件があれば、錬金術師ギルドから商人ギルドと行政に仲介してもらえるというわけだ。


 ただし、自分の足で探さないといけない。


「じゃあ今日は夜まで街の探検にゃ!」

「ノーチェちゃん、宿はどうするの?」

「一泊くらいなら普通の宿でいいにゃ、あたしらもまだ金持ってるし!」

「みんないくら持ってる?」


 ノーチェに応じたスフィが首を傾げて、みんなそれぞれ財布を出そうとする。


「みんなストップ」

「こ、ここで出しちゃダメだよ!」


 ぼくとフィリアの声が重なった。


 普通の住宅街ならまだしも、旅人の多い地区は必然的にスリも増える。


 聞いた限りでは外周第8地区にはスラムもあるので、子どもが金をチラつかせるとろくなことにならない。


「じゃあ、あっちにゃ!」

「こっそりね、こっそり!」

「バレないようにせんといかんのじゃ」


 スフィ、ノーチェ、シャオがあからさまに周囲を警戒しながら、こそこそと物陰に移動していく。


 ……わぁ、わかりやすい。


「大丈夫かな……」

「まぁ、スリが近づけばわかるから」


 ああいう手合の出す音は独特で、近づいてくるとわかりやすい。


 事前警告くらいならできる。


「フィリアはいくらあるにゃ?」

「おっきな声でいわないで!」


 まぁ、第7地区ならそこまで警戒しなくてもいいかもしれないけどね。



 ぼくはみんなの財布の中は把握してなかったけど、意外とみんな金が残っていた。


 使い所が無かったとも言えるけど、これはラッキーだった。


 スフィ、ノーチェ、フィリアは3人共金貨1枚半。


 シャオが餞別として渡されたお金の残りが金貨4枚。


 ぼくが預かっているパーティ資金は残り金貨4枚。


 みんなの露店の売れ行きを見るに、一時的にちゃんとした宿に移っても大丈夫だろうか。


 長距離移動になるのでスフィに背負われながら第8地区の通りを歩いて、第7地区に入る。


 境界線があるわけでもないのに、地区をまたぐと雰囲気がガラリと変わった。


 第8地区は街並みは綺麗でも、雰囲気そのものは今までの街とそこまで差はなかった。


 だけど第7地区はより近代的に整った白レンガの街並みが広がっていた。


 大きな違いは色の扱い方だろうか。


「……なんか綺麗だねー」


 白基調の中に、鮮やかな赤や青のレンガが混じっている。


 冒険者向けの施設や店はがらっと減って、カフェやレストラン、雑貨店なんかが目立つ。


「そっくりだけど、別の街みたいにゃ」

「アヴァロンの街並みは美しいとは聞いておったが、ここまでとはのう」

「…………」

「フィリア、どうしたにゃ?」

「あ、ううん、なんでもない」


 フィリアには見覚えでもあったのかな。


 こっちには店を出入りする貴族のものらしき馬車がちらほら見える。


 ……あまり近づかないほうがいいかな。


「空き物件ってどのへんにあるにゃ?」

「えーっと……北の方かな? 店舗兼用は諦めたほうが良さそう」


 ざっと見た感じ、第7地区で通りに面した良さげな立地の店舗物件は埋まっている。


 これなら工房と住居をメインに探したほうがいいかもしれない。


「じゃあ北へ向かうにゃ!」

「おー!」


 立地の良さにそこまで拘らないから、良い物件が見つかればいいんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る