のんびり


 玄関口に出ると、通りの先からスフィがものすごい勢いで突っ込んでくるのが見えた。


「アリス!!」


 はや…………受け止める、無――。


「ごふっ」

「ただいまぁっ!」


 久々の突撃を回避しきれず、全身で受け止めることになったぼくは一緒にギルドの中に転がり込んだ。


「アリスよかった! ぶじ? 元気!?」

「3秒前までは」


 緊急事態ではぐれていた事はあっても、離れて夜を明かしたことはない。


 ひとり寝が寂しかったのはぼくだけじゃなかったみたいだ。


 よかっ……た……。


「あれ? アリス?」

「スフィちゃん! 勢いつけすぎ!」

「アリス巻き込んで大丈夫にゃのか!?」

「ちゃんと怪我させないようにしたもん!」


 ……確かに押し倒しつつ受け身とってぼくへのダメージを無くすっていう器用なことしてたけど、タックルそのものの衝撃はなくなってないんだが?


「無事にゃ?」

「31秒前までは」


 体調不良と寝不足に愛が効いてぐっすり眠れそうだよ。


「うぅ……アリスごめんね、おねえちゃん心配で……」

「ぼくも、スフィが帰ってきた時、嬉しかっ……た」

「……遺言かにゃ?」

「ノーチェちゃん、洒落にならないよ」


 流石にそこまで脆くはない。



 予想通り、スフィたちは夕方に監視所につき、警備中の騎士に留められて一晩あっちで過ごしたみたいだ。


「ぜぇ、ぜぇ」

「シャオって結構体力ないよね」


 日が昇ってすぐに出発し、途中から走りはじめたスフィを追いかけてきたという。


 そのせいでシャオひとりが遅れて到着し、今はラウンジで虫の息となっているのだ。


「ちょっと親近感」

「おぬしとっ、ぜぇ、一緒の扱いは、ぜぇ、心外……」

「流石にひどいにゃ、アリス」

「アリスちゃん、それはひどいよ」


 君らも大概酷いと思うが。


「それで、何の騒ぎにゃ」

「急病人」


 スフィと手をつなぎながらラウンジで身体を休めているんだけど、周りがバタバタしている。


 さっき倒れた錬金術師の男性の介抱をしているのだ。


「バルフロイ様! しっかりして下さい! 何があったのですか!」

「く、クビだ、こいつを……つ、つまみ……だせ!」


 あっちは大変だなぁ。


「誰にゃ、あのキンキラマント」

「金細工がいっぱい……」

「ドーマ一門の第6階梯アデプト・メジャだって」

「どーま? スフィそれ聞いたことある」

「有名にゃのか?」

「んー……」


 有名というかなんというか。


「グレゴリウス・ドーマは錬金術師ギルドの創設者。ドーマ一門はその流れを汲む錬金術の門派……つまり錬金術師最大派閥。あのおじさんはそこの高弟、かなりのお偉いさん」


 最低でも支部長とか工房長とか、そのレベル。


「そのお偉いさんがどうしてああなってるにゃ?」

「よほど怖いものでも見たんじゃない?」


 ぼくは作業着姿のおじいさんと話していただけだし、あの人が何を見たのかまではわからない。


 でもあそこまで心身を乱すってことは、よほどの悪夢でも見たんだろう。


 たぶん。


「たしかね、今のギルドマスターさんもドーマの人だよね」

「うん、ローエングリン・ドーマ。初代の子孫で飛空石の発明者」


 大陸東部に流通革命を起こした人物だ、その名前を知らない錬金術師は居ない。


「ほーん」

「……そういえば、露店の許可取れそう」

「お、ほんとかにゃ?」


 興味がなさそうなので話を切り替える。


 露店許可証はやっぱり商人ギルドの管轄だけど、錬金術師ギルドから話を通してくれるという。


 手数料はかかるけど、お願いするつもりだ。


 いや、個人で取れなくもないんだけど、騎士団と市場管理局と区役所と……許可を取らなきゃいけない場所が多すぎた。


「あとで申請書出すけど、そっちは初仕事どうだった?」

「バッチリだったにゃ、でも配達依頼はあんまり儲からなかったにゃ」

「単独で受けるものじゃないからね」

「にゃ?」


 ああいう配達依頼っていうのは本来"ついで"で受けるもの。


 たぶん、草原部の魔獣を狩るのが目的の冒険者が、草原に行くついでに受けるものだったのだ。


「説明されなかった?」

「……されなかったにゃ! 文句言うにゃ!」

「それは筋違いかも」


 親切ではないけど、説明に不備があるってほどでもない。


 どう依頼を受けてどうこなすか、そういうスタイルは冒険者によって千差万別だって聞くし。


「ぐぬぬ」

「そういった依頼を回してもらえるくらいになってきたってことだから、効率は次から考えればいいとおもう」

「それもそうだにゃ……だったら帰り道の魔獣無視するんじゃにゃかった」

「でもアリスが心配だったもん」

「それはわかるけどにゃ」


 心配してくれるのは嬉しいんだけどね。


「近くの魔獣は?」

「楽勝だにゃ、やばい感じのは街中にはいにゃいっぽい」

「街中にそんなのいたら、私やだよ……」

「そんな街、わしも嫌なのじゃ」


 ぼくがツッコミを入れる前にフィリアと復活したシャオが言った。


 やばいやつの駆除は冒険者じゃなく騎士や軍部の仕事だ。


 それに、街中に危険な魔獣が入り込んでいるのは洒落にならない。


 街の滞在時間が短いから詳しいわけでもないけど、自然公園の由来とか在り方くらいは耳に入ってる。


 自然環境でしか生育できない植物や魔獣の素材の確保、だっけか。


 弱い魔獣しかいないから、下位の冒険者の育成や学校の演習にも使われている。


「でも、草原の向こうにはやばいのが居るって聞いたにゃ」

「草原監視所は奈落から出てきた魔獣が街に近づかないかを監視するところだって聞いた」


 全体で言えば、未踏派領域の大半は大陸西方に存在する。


 だからといって大陸東方に全くないかといえばそんなこともなく、東方の未踏破領域は北部に集中しているのだ。


 アルヴェリアは国の中にいくつもの未踏破領域を抱えている。


 アルビオン山の一部もそうだって聞いたし、神星竜の領域である『星降の谷』もそう。


 草原の向こうには『奈落アビス』って呼ばれてる空間異常を起こしてる大穴があるんだっけ。


「未踏破領域……『奈落アビス』にゃ」

「行かないよ」

「アリスちゃんに賛成!」

「そんなところよりねねさまに会うのが先なのじゃ!」

「あたしだって行くつもりはないにゃ、まだにゃ!」


 ノーチェは未踏破領域をいくつも越えてきたせいか、よくない自信がついてしまっているみたいだ。


 だからといって、ぼくが注意するのも違うしなぁ。


「未踏破領域って、結構あちこちにあるんだね」

「そんなぽんぽん当たるものでもないのに、何故か行く先々にある」


 本当に、どうしてこんなに縁があるんだろうか。


「不思議だよね、シラタマ?」

「チュピ」


 「ふしぎ」とすっとぼけるシラタマから、答えは聞けそうもなかった。

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