早朝の出来事

 ラウンジで軽く見世物になりながら過ごし、仮眠室で夜を過ごした。


 なれない場所だからかいまいち熟睡できず、うつらうつらしている間に外が明るくなっていた。


「チュピピピピ、チュピピピピ」

「……」

「チュピピピピ、チュピピピピ」

「……シラタマ」

「チュピピピピ、チュピピピピ」

「起きたから」

「チュピ」


 目覚ましかな?


 枕元でアラームを鳴らしているシラタマの頭を撫でて身体を起こす。


 ……体調は少しマシになった。


「シャッシャ……シャ」

「真似しなくていいよ」


 辿々しくシラタマの真似をするフカヒレを止める。


 目覚まし2個はいらない。


「朝一で砦を出るなら……帰宅は正午か」


 下手に出歩いてすれちがいになるわけにもいかないし、ただ待機するのって結構きつい。


「チュピ?」

「朝ごはんは、みんなと合流してからでいい」


 シラタマに『ごはんどうする』って聞かれたので、少し考えて答える。


 昨日ハンバーグ食べたのと、寝不足で胃がもたれているのとのダブルパンチで食欲がない。


「チュピピ」

「わかってる」


 『顔色悪いと、心配される』……たしかにね。


 とはいえここでぐっすり眠るのは無理そうだ。


 仮眠室を出ると、早朝だというのに既に出勤してきている事務員の人たちがいた。


 邪魔するのは悪いし、ラウンジの隅で縮こまっていようか。


 流石にラウンジには誰も……いや、ひとりだけ居る。


「おや、随分と早いの」

「おじいさんこそ」

「わしゃ年寄りじゃからな」


 外を眺められる窓際のソファに腰掛け、湯気立つ香ばしい匂いの飲み物を前に座る長い白髪のおじいさん。


 掃除や雑用をしている人のものとそっくりな作業着、シワだらけの顔に長いひげで、ホッホッホッと笑う。


 見た目、口調、態度。あまりにもわざとらしい"おじいさんキャラ"だ。


「眠そうじゃな」

「寝不足」

「錬金術師にはつきものじゃが、子どもは寝るのも仕事じゃぞ」

「人の気配多くて落ち着かない」

「ホッホッホッ、じゃあ少し爺の話に付き合ってくれるかのう」

「うん」


 どうせ暇だし、いい時間つぶしになるかもしれない。


「アルヴェリアには慣れたかのう?」

「まだまだ全然、この地区すら見回れてない」

「ホホッ、この街は広いからのう。良いところも沢山あるでな、例えば……」


 会話は意外とはずんだ。


 アヴァロン出身だというおじいさんは街のことを色々と知っていて、おすすめの店や遊びにいける場所をいくつも教えてくれた。


 子どもたちの秘密の遊び場になっている地下水路。


 夕焼けに沈む街を一望できる絶景ポイント、地元民しか知らないような美味しい店。


 偏屈だが貴重な本を揃えている古書店、変わり者の魔道具職人の店とか。


 問題も癖もあるせいで普通の客が寄り付かない、いかにも掘り出し物がありそうな店ばかり。


 流石は年の功、本当に詳しい。


「……そういえば、チーズって作られてないの?」


 一通りの会話を終えて物知りなことがわかったので、気になっていた情報を聞いてみる。


 昨日からずっと不思議だったのだ、酪農が盛んなのにチーズは殆ど作られてないことが。


 生産した分を全部消費できるわけでもあるまいし、今の文明技術じゃ遠方への輸出も容易じゃない。


 保存期間の短いフレッシュチーズならまだしも、なんで熟成チーズまで作られてないんだろうって。


 チーズは大陸に存在してるんだから製造技術もあるはず、なら保存のきくチーズは牛乳の加工先として有力候補のはず。


「ふむ。答えるのは容易いが、自ら読み解いてこそ錬金術師じゃぞ」

「……確かに」


 教えてくれるかと思えば、ニヤニヤといたずらっぽく笑いながら否定されてしまった。


「なに、お前さんなら街を歩いていればすぐわかるじゃろう」

「――それ、一番難易度高い気がする」

「ホッホッホッ」


 街歩きに答えがあるとしても、ぼくの肉体性能がそれに対応してない。


 まぁ慌てて知らなきゃいけないことじゃないし、のんびり過ごそう。


「さて、人も増えてきたの」

「うん」


 お茶のお代わりがなくなった頃、ギルドの開館がきて人が増えてきた。


 ラウンジを利用する人たちに紛れて、ずんぐりむっくりした体型の男がズカズカとぼくたちに近づいてくる。


「おい、そこは偉大なるドーマ一門の錬金術師であるバルフロイ様の席だ! 獣人の子どもと作業員の爺が座っていい場所じゃない! どけ!」


 がなり立てる男は、一緒に入ってきた豪華な服を着た錬金術師のお付きのようだ。


「ホッホッホッ、騒がしいのは好かんでな。"錬金術師様"も来てしまったようじゃし、ワシは失礼するとしよう」

「ぼくもそろそろ移動する、色々教えてくれてありがとう」

「また会える事を願っていよう」

「ええい、無視するな!」


 面倒なので揃って立ち上がって別れの挨拶をしているのに、ジレた男がつばを飛ばしてくる。


 終始穏やかだったおじいさんの顔が少しだけ歪められ、面倒くさそうに男に手を振る。


「騒がしいのう。話は終わった所じゃ、いま退くわい」

「ええい! 作業員の分際で生意気な! あちらのお方は第6階梯の錬金術師だぞ! それを……ってバルフロイ様!?」


 振り返った男の視線を追うと、豪華な服の錬金術師は何故か真っ青な顔でふらついている。ここからでもわかるくらい脂汗をかいて、過呼吸を起こしているみたいだった。


 見るからに体調を悪化させた錬金術師の姿に、人がわらわらと集まっていく。


「ば、バルフロイ様! 一体どうしたというのですか!」


 男がすっ飛んでいってくれたので、おじいさんと目線だけで会釈した。


「今のうち。おじいさん、ばいばい」

「あぁ、この街を気に入ってくれることを願うよ。またのう」


 そう言い合って、別々の方向に歩き出す。


 背後の喧騒を無視して玄関に向かうぼくの耳に、ずっと聞きたかった足音が聞こえてきた。

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