ギルドでぶらぶら

「……全体的に惜しい」


 ここのハンバーグステーキは肉質も良くて、屑肉を使っている感じは全くしない。


 ソースは肉汁を使ったグレービー系で、玉ねぎオニオンの代わりに刻んだ赤い野菜が使われている。


 辛味の強い香味野菜で、アクセントが効いていた。


 美味しかったけど……


「ハンバーグならチーズがほしいなぁ」

「キュピ」

「シャアッ」


 シラタマとフカヒレがデザートのチェリーを取り合うようにじゃれているのを眺め、食後のハーブティーで口の中をさっぱりさせる。


「……牛乳、牛肉」


 豊かな平地の多いアルヴェリアは、主要都市から離れた場所で酪農が盛んだ。


 何せ適当にやってるだけで普通に作物が育つ。


 収穫量が多くて余るせい金銭的な収入にはならないけど、農業やりながら家畜を育てるだけで食うに困らない。


「チーズがない」


 メニューにあった牛肉のミルクシチュー、ホットミルク……それとチェリーの付け合せの生クリーム。


 牛と言っても多分魔獣の一種だろうけど、牛乳を使った料理は結構豊富なのに加工品が驚く程少ない。


 因みにゼルギア大陸にもチーズそのものは存在してる。


 いわゆる牛乳から直接作られるナチュラルチーズは産地近辺で消費され、外に出荷されるのは長期保存できるように加工されたプロセスチーズ。


 アヴァロンの市場でも普通に保存用のチーズは売ってた記憶はある。


 うーん、質の良いミルクは料理とバターで消費されるからチーズに加工する分がないって感じかな。


 この生クリームも甘さ控えめだけどすごく濃厚で、ミルクの香りが爽やかだ。


 乳製品の質は良いんだよね、探せば良いフレッシュチーズもあったりするのかな。


 それと付け合せのサラダに入っているトマトに似た野菜。


 これも小ぶりだけど味が濃くて美味しい。


 良質な小麦とトマトが気軽に手に入って、なおかつチーズもあるとなれば……。


「石窯の作り方調べるかな」


 ピザパーティも良いかも。


 あぁ、なんか目的地に着いて気が抜けてる。


「食器の方、お下げしても?」

「おねがい」


 チェリーを取り合うシラタマとフカヒレをチラチラと見つつ、給仕の女性が食器を下げてくれる。


 サービスが行き届いてるなぁ。


 ごはんも終わったし、やることもない。


 朝まで横になるため仮眠室に向かうと……捕物が行われていた。


「ま、待て! 違うんだ! 徹夜5日目で判断力がっ!」

「ジェームズ錬師! ここは女子用です、しかも小さな女の子が使用中だったんですよ!」

「ジェームズ! 女の子をどこに隠した! 言え!」

「知らない! 俺は知らない!」

「なんて変態だ! 錬金術師の恥め! 連れて行け!」

「違う! 俺は無実だ!」

「いえ、女子仮眠室侵入の現行犯です」


 こっそり覗き込むと、ぼくが起きた時にいびきをかいていたおじさん錬金術師が連行されていくところだった。


 ……そっか。


 おじさんが近くで寝ていることに何の違和感も感じてなかったけど、個室でもない仮眠室が男女共用の筈がない。


 眠さの余り間違えて入ってきちゃってたのか。


 徹夜続けると思考力落ちるんもんね、わかる。


「名も知らぬおじさん、安らかに」


 無理筋の無実を主張しながら連行されていくおじさんの冥福を祈っていると、集まっていた何人かがぼくに気づいたようだ。


「あ、居た! アリスちゃん無事です!」

「ごはん食べに行ってた」

「なるほどー」


 安心した様子の女性職員さんにあっという間に囲まれてしまう。


 ぼくに気づいた連行中のおじさんは「ほら! 俺は誘拐犯でも変態でもない! 無実だ!」と主張して、他の錬金術師に「いえ、罪状は女子仮眠室への侵入です、変態です」と冷たくあしらわれている。


 まぁ普通に堂々と出歩いてたから、無事な姿の目撃者はいくらでもいるもんね。


「ここの食堂美味しいでしょ」

「おいしかったけど、チーズもほしかった」

「チーズって? あの硬い奴?」


 ついでの雑談がてら話を振ってみたけど、やっぱりチーズは保存用のやつしか流通していないようだ。


 これだけ酪農が盛んなら、流通してないだけで作っている牧場もどこかにあるはず……!


「フレッシュチーズの方」

「あー、アルヴェリアだとあまり作られてないね。おつまみとしては美味しいけど……」

「有名なのは錬金術師の貴族がやってる牧場産のだけど、高級品だから外周区にはあまり入ってこなくて」


 どうやら料理が開発されてないから需要があまりないのと、有名所が一強状態だから出回ってないようだ。


「そっか……ありがとう」

「いえいえ……今おじさんが変なことしてないかお部屋調べてるから、仮眠室はもうちょっと待ってね」

「疲れてるならラウンジが空いてるから」


 ……なんで話に付き合ってくれるのかと思ったら、ぼくのメンタルケアが目的か。


 普通の女の子なら、起きたら知らないおじさんが近くでいびきかいてるっていうのは怖いんだろうか。


 ぼくは起きたら"サメみたいな咬傷痕"のある"氷漬け"のおじさんが転がってる可能性がある事が怖いけど。


 どっちにせよ仮眠室使えないなら、しばらくラウンジでだらだらしようかな。


 ちらりと見えた窓の外は、すっかり暗くなっていた。

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