もふもふひとりの夕暮れ
旅の疲れが出た。
事務員のお姉さんが読んでくれた治療師が、仮眠室で横たわるぼくを見て出した診察結果だ。
パナディアの長めの休息で回復したとは言え、船旅に湿地越え、そこからはじまる空の旅。
ぼくの体力から考えれば、たしかに無理をしたと言ってもいいかもしれない。
……いや、よく考えたら普通の子どもでも疲れが出るでしょこれ。
スフィたちの体力がずば抜けてるだけで、ぼくだけが過剰に弱い訳じゃないはずだ。
「キュピ」
そんな言い訳を自分にしながら身体を起こす。
部屋の中に備え付けられた時計が示すのは夕刻。
「ぐー……がっ、がー……」
「……」
起きた……というか寝てられなかったというのが正確かもしれない。
少し離れたソファの上で、太った40代くらいの男性錬金術師がいびきを立てているのだ。
これがうるさいのなんの。
「身体は多少マシか」
柔らかいベッドで休んだおかげか、熱は微熱くらいに下がっている。
錬金術師なら誰でも使えるとは言え、仮眠室を占領しているのもよくない。
スフィたちも夕方には迎えに来るだろうし、そろそろ出よう。
「よい、しょ」
頭の上に小さいシラタマを乗せてベッドから降りる、おじさんの横を抜けて扉を開ける。
「んー……」
髪の毛の寝癖を直し、廊下を抜け階段を降りて1階のラウンジへ。
ラウンジの奥に併設されてるカフェテリアでは食事も提供しているようで、ソースの焦げるいい匂いがする。
「あ、アリスちゃん。起きたの?」
「どうも」
ふらついていると、資料を抱えて事務室の中から出てきたお姉さんのひとりが声をかけてきた。
「アリスちゃんのお友達から伝言を預かってるよ、今日は仕事で帰れないかもって」
「え」
想定外の言葉に思わず固まってしまった。
どういうこと、初日だから軽く流すはずでは。
「さっき配達依頼の受け取りで錬金術師ギルドに来てね」
事務員のお姉さんが教えてくれたところによると、ついさっきノーチェたちがしょんぼりした様子で来たらしい。
何でも冒険者ギルドで配達の依頼を請け負ったものの、配達先への距離的に帰りは夜半を過ぎてしまうことに気づいたらしい。
「断ればいいのに」
「難しかったみたいね」
依頼が通される前ならキャンセル処理もできるはずなんだけど、一度受けると言ったことをすぐ覆すのは難しかったみたいだ。
「草原監視所で朝まで厄介になるんじゃないかな、騎士さんたちが夜に子どもだけで帰すとは思えないし」
ノーチェたちが受けたのは、草原監視所っていう街の周辺施設への配達。
そこは草原の魔獣からの防波堤になる場所のようで、騎士や兵士の駐屯する基地と出征する冒険者向けの施設が併設されている。
調査のため錬金術師ギルドの派出所もあって、そこに居る錬金術師への配達物があったみたいだ。
頭の中に入っている地図を思い出す、確か草原は南部から東部にかけて……外周第9地区の南東部。
門から少し距離があるし、昼から行くならたどり着くのは日暮れ直前。
帰りには日の落ちた草原を歩くことになるけど、近代に近い文明と治安の地域に住むまともな騎士が『小さな女の子だけの集団』に夜道を歩かせるとは思えない。
無理矢理帰ろうとしても引き止められる、か。
錬金術師ギルドに居るならノーチェたちもさほど心配しないだろうし、今日はこっちに泊まるか。
「それから、泊まるならこのまま仮眠室を使ってていいって事務室長が言ってたから」
「わかった、ありがとう」
「いーえ、じゃあ失礼するね」
資料を抱えて歩き去るお姉さんを見送り、ぼくは予定を変えてカフェテリアへ足を運ぶ。
「シラタマ、何食べる?」
「キュピ」
果物かぁ……。
頭の上のシラタマと会話しながらカフェテリアに入る、錬金術師のコートを来た人、事務員さん、錬金術師に付き添っている弟子の人。
やっぱり関係者ばっかりだ。
獣人の子どもがひとりでうろつくのは異様みたいで、視線が集まる。
……コート着てくればよかった。
流石にここでポケットからコートを出すと悪目立ちしすぎるから我慢するしか無いけど。
「あの子が噂の?」
「たしかハウマス老師の」
「あんなに小さい子が」
ひとりのときにジロジロ見られると、なんか居心地が悪いなぁ。
「ご、ご注文ですか?」
「……フランクステーキセットって、ネギ抜きできる?」
「ええっと……確認しますね」
カフェテリアはカウンターで注文して、出来上がったらもってきてもらう形式だった。
メニュー表にハンバーグらしき料理があったので、気になって注文してみる。
全体的に洋食のラインナップ、肉料理とパスタ類が多いっぽい。
地球で言うと傾向はイタリアやドイツあたりに近いかも。
「ご注文承れるみたいです、少々お時間を頂ければ狼人用に作れると」
「じゃあおねがい、飲み物とデザートは……」
注文をして、大銅貨2枚を支払って席を選ぶ。
街を見て回った時に見た限り、大衆食堂なら大銅貨1枚から2枚くらいが相場だからちょっとお高めかな。
ただメニューを出せるのと、厨房の柔軟な対応からしてやっぱり質は高い。
「味には期待できるかな?」
「チュピピ」
透明度の高いガラス窓から見える景色が徐々に夕暮れに染まっていく。
街をゆく人々が帰り道を歩くのを見て、少しだけ切ない気持ちになった。
……やっぱりごはんは、皆と食べたいな。
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