├ある意味デビュー
冒険者ギルド、アヴァロン外周第8地区支部。
午前中の仕事を終え、報告に来た冒険者たちの姿が増える受付前。
「こ、これはまた」
「これが実力ってやつだにゃ」
「ふふーん」
カウンターに積み上げられているのは100枚近い魔獣の納品証明の札。
それをトレイに乗せ自慢気にしっぽを動かす幼い2人の獣人少女を前に、受付嬢は頬を引きつらせていた。
「全て角兎、状態は……ふむ」
アヴァロンにある支部では納品受付に素材を渡し、引き換えに貰える証明札を会計受付で換金する形式を取っている。
現在自然公園では繁殖期を終えた角兎が大量に発生しているため、納品数そのものは珍しくはない。
ただし、あくまで身体の出来上がった成人済みのEランクの話。
やったのは見た目は2桁にも届いていない、実際タグに記載されている年齢を見れば7歳から9歳の子どもたち。
「(特例を受けているだけはあるってことね)」
本来なら年齢で討伐系の依頼は弾かれるが、ノーチェ率いる『
特例の理由に納得しながら、会計カウンターの受付嬢は慣れた手付きで札をまとめていった。
「全部で4320グレドですね」
「それって、えーっと」
「銀貨4まいとー、大銅貨と銅貨が3枚と2枚だよ」
「……結構狩ったつもりなんだけどにゃ」
「解体はギルドで、残念ながら傷の状態が悪いものも含まれていたので……」
金額に不満そうなノーチェを見て、受付嬢は努めて穏やかに告げる。
解体を任せたことによる手数料と、2人揃って全力で戦ったのが主な原因だ。
「ノーチェが調子のってバチバチするから」
「おまえだって雑にぶっとばしてたにゃ!」
「2人とも落ち着いて」
西側諸国では目立つわけにもいかず、ハイドラではギルドには寄らなかった。
強力な武器も新調し、自分でも強くなったという自信がついてきた。
なのに思い切り戦った成果を自慢することができない。そんなフラストレーションの反動による大暴れだった。
「ぐぬぬ、やっぱり大物狙いじゃないとダメにゃ」
「それはアリスがダメだって言ってたよ」
「ノーチェちゃん、流石に危ないよ」
「わしも反対なのじゃ」
ノーチェは少し焦っていた。
冒険者として得られる収入はランクに依る、力だけ強くなってもそれは変わらない。
安宿でコツコツ暮らすなら十分でも、目指すはもっと上なのだ。
「……報酬を上げたいのでしたら、信任依頼を受けてはどうでしょうか」
そんな子どもたちの様子を見て、受付嬢は考えた様子で口を開く。
「信任依頼にゃ?」
「えぇ、少々お待ちを」
受付嬢がカウンター奥から取り出したのは、大量の書類が挟まれた革製のバインダー。
「本来は信頼できるCランクの冒険者の方に斡旋される依頼です、依頼料も高いのですが、難易度も相応に……」
実は受付脇の掲示板に掲載されている依頼は、ほとんどが駆除、清掃、運搬、ボランティア。
冒険というよりギルドが責任を持って仲介する短期アルバイトといった趣が強い。
一方でギルドが信頼できると判断した冒険者に斡旋する依頼がある。
それが信任依頼と呼ばれているものだった。
「もっと上の依頼を受けられるにゃ?」
「いえ、残念ながら……ただランクを問わないものもいくつかあります」
もちろん、ただの子どもに任せられる依頼なんてひとつもない。
「(小さな子だけパーティなのに、タグの信用情報は驚くほど綺麗ね。リーダーの子は少し危うさがあるけど……冷静なストッパーがいるのかしら)」
タグには依頼の達成情報が独自の暗号で記入されており、ノーチェ率いる『しっぽ同盟』はとても真面目に依頼をこなしていることが読み取れた。
一桁年齢向けの見習い制度は、冒険者志望の子どもたちに「冒険者の仕事とは何か」「冒険者が依頼を受けるとはどういうことか」を教えるための期間である。
依頼人とトラブルを起こさず、受けた依頼を真面目にこなす。
これを最初から完璧に出来る子どもはそう居ない。
「……ランクを問わない配達の依頼ならありますが、どうしますか?」
「ふぅむ、配達にゃ」
「見せて!」
身を乗り出したスフィがバインダーを受け取る。
提示された依頼書は外周第9地区への荷物の届け物。
依頼主は錬金術師ギルド第8地区支部、届け先は東部草原監視所。
「ここってどこにゃ?」
「第9地区の門外にある草原の監視所……騎士達の詰め所です。街の近隣は結界魔道具の影響で危険度は高くないのですが、資材の配達ということで信頼できる冒険者の方にしか依頼できないんですよ」
「ほへー」
「何をはこぶの?」
「客先駐屯中の錬金術師の個人的な購入物だそうです」
当然、大規模な資材の運搬となれば商人ギルドの輸送隊に任せるのが基本だ。
届け物や手紙なんかも同様に、輸送隊や行商に託すのが一般的。
一方で時期がずれたりなどでその手段が使えないこともある。
そういった時に、緊急手段として冒険者ギルドに依頼が出される。
受付嬢が提示した依頼もそのひとつだった。
「何でも本日中に届けてほしいとのことで、斡旋先を探していたんですよ」
元々脚の速い獣人の冒険者にでも依頼しようと思っていたが、彼女たちも条件には合致する。
「(タイミングとしては少し早いけど、無事にこなせればここでの評価も上がるでしょう)」
冒険者は基本的にむさ苦しい男ばかり。
初々しい見習いの少年たちも、数年すればあっという間に汗臭い先輩連中の仲間入りだ。
少ない女性冒険者も男に負けじと"可愛らしさ"を捨てていく者ばかり。
この支部でもまた、染まり切っていない獣人の少女たちは貴重な癒やしだった。
「どうしますか?」
「荷物届けるだけで銀貨2枚……やってみるにゃ」
「では受諾しておきますね、この依頼表を持って隣の棟にある管理部から荷物と伝票を受け取って下さい」
「わかったにゃ」
かなり高額だが、これは今日中という指定のため特急料金。
こういった配達依頼の中でもかなり割の良い部類だった。
「距離ってどのくらいだっけ」
「街周辺の地図ならあちらにありますよ」
「わかったにゃ」
依頼を受けることを決めたノーチェたちは、受けとった報酬と伝票を抱えてしっぽを揺らして壁に貼られた街の全体図の前に向かう。
その後姿を微笑ましく見守り、受付嬢は再び業務に戻るのだった。
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