├冒険者生活

 ノーチェの朝は早い。


 パーティの中で誰よりも早く目を覚まし、身体を伸ばしながら毛布から這い出る。


 滞在している素泊まり宿は、時おり夜中に部屋の外から中を伺う気配のせいで安眠は出来ない場所だった。


 仲間の安全を守るのもリーダーの努めだと考えているノーチェは、ここ数日やや寝不足気味だった。


「……どこが治安がいいのにゃ」


 思わず出たぼやきは当然のもの。


 アリスは錬金術師ギルドで色々確認した時に「とても治安がいい」と呟いていた。


 しかし街についてから、近寄ってくるスリや変態の警戒で気が抜けない。


 ノーチェからすれば他の街よりも危険度が高く感じるのも無理からぬことだった。


 アリスが確認していた『暴行、殺人、強盗などの凶悪犯罪』の数なんて把握できている訳もなく。


 今までと違って身なりと装備が良くなった結果、スリの標的にされたなんてわかる筈もない。


「はやくちゃんとした場所で寝泊まりしたいにゃ……って」


 そんなことを言い出す自分がおかしくて、ノーチェは笑った。


 寄る辺もなく、フィリアと一緒に廃墟で寝泊まりしていたのはほんの数ヶ月前だというのに。


 今ではちょっとした治安の悪さに辟易している。


「……ふっ」


 近くの毛布に包まって、抱き合うように眠っている双子の姉妹。


 大陸を越えて旅するふたりに付き合って、海を越え空を飛びここまできた。


「街そのものは悪くないにゃ」


 木枠の窓から見える白い町並みは、朝靄の中でも美しく見える。


 少なくとも、街を歩く人々から向けられる視線は、今までで一番柔らかい。


「よしっ!」


 今日はアルヴェリアについて初めての、冒険者としての初仕事。


 眠気を晴らすように頬を叩き、気合を入れ直して立ち上がった。


「おまえら! 朝にゃ! 起きるにゃ! 仕事にゃ!」



 日が昇り、人々が起きて仕事に従事し始める頃。


 ノーチェたちは間引きの依頼を受けて街中にある自然公園へ来ていた。


「なぁ……」

「やだ! あっちいけ!」

「またかにゃ」


 冒険者ギルドで依頼の説明を聞いて、たどり着くまでに3回。


 スフィが同年代の男の子パーティから声をかけられた回数である。


 唸りながら断るスフィに、犬人の少年が力なく尻尾を下げて退散していく。


「不思議じゃ、なぜわしは声をかけられぬのじゃ?」

「…………」


 首をかしげるシャオの言葉にフィリアが半眼になり、ノーチェは呆れ顔で鞘に入った刀を地面に突き立てた。


「もうさっさと森に入るにゃ」

「そうしよ」


 第8地区にある自然公園は、アルビオン山の裾野に広がる森の一部を壁内に取り込んで作られたもの。


 豊かな森の中では果物や薬草の類も自生しており、第8地区の住人の貴重な採取場のひとつである。


 一方で野生の動物はもちろん下位の魔獣も生息しているため、定期的な間引きが必要な厄介さもあった。


「はじめての森だから慎重に動くにゃ、索敵はフィリア頼りにゃ」

「アリスちゃんみたいなのは無理だよ……?」

「あやつ、耳良いからのう」


 盾を手にしたフィリアが自信なさそうに眉を下げる。


 単純な耳の良さならフィリアも負けていないが、アリスの方は拾った音に対する識別能力が桁違い。


 聞こえる音の種類や原因を瞬時に判別して正解してのけるなんて真似、フィリアには100年掛けても出来るようになる自信はなかった。


「アリス、大丈夫かなぁ……」

「錬金術師ギルドに居るなら大丈夫にゃ」


 今回の依頼にアリスは同行していない。


 熱を出したため、錬金術師ギルドで留守番をすることになったのだ。


 本来はそんな託児所のように使える施設ではないが、アリスは錬金術師用の仮眠室を利用するという斜め上の方法を取った。


 そこそこ良い宿の寝室くらいの設備があって、集まっているのは社会的に高い地位の人間ばかり。


 警備も万全で安全度も高く、見た目の幼さと可憐さから既に事務方の人気も集めている。


 下手に宿で留守番するより安全だった。


「ああいうの、"したたか"と言うのじゃろうか」

「なんか違う気がするにゃ……とにかく、今日も仕事がんばるにゃ! それから市場偵察にゃ!」

「おー! おみやげかうぞー!」

「み、みんな声大きいよ、魔獣が……ひうっ」


 話を切り替えるように大声を出したノーチェにスフィが乗っかり、フィリアが慌てて制止するが遅かった。


 草をかき分ける音が近づいてきて、角の生えた赤い兎のような魔獣が飛び出してきた。


「出たぁ!」

「フシャア!」

「てやー!」


 即座に反応したノーチェとスフィが抜剣しそのまま魔獣……角兎を切り捨てる。


「向こうから来るなら丁度いいにゃ、兎どもを集めて狩りまくるにゃ」

「うさぎにく!」

「……」

「複雑そうじゃな、フィリア」


 容赦ないふたりにたいして、ちょっと気遣う様子を見せるシャオ。


「あ、また来た」

「聞こえたにゃ!」


 意外と凶暴なのか、角兎たちは角を突き出すように突進してくる。


 ノーチェはひらりと躱し、反撃で切り捨てる。


 スフィは正面から受け止め、剣から放つ風の刃で吹き飛ばす。


「ボルトスラッシュ!」

「やー!」


 角兎はこの自然公園に生息する最も多い魔獣で、討伐ランクは『F』。


 同じ冒険者なら同年代の子どもが2人で1体相手にするのが適正となる。


 それを1人1体、2人揃って危なげもなく対処していく。


「もっと来いにゃ!」

「こぉーい!」


 敵が足りないと吠える主戦力2人に対して、手持ち無沙汰なフィリアとシャオはため息混じりに肩を落とした。


「また出番ないのじゃ……」

「ねー」


 戦わずに済んで喜ぶべきか悲しむべきか、フィリアにはわからなかった。

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