しっぽ同盟

 冒険者ギルドは壁内部でも外側に近い位置に存在している。


 正門へ続く通りの、門から向かって左手側にある巨大な屋敷が冒険者ギルドのアヴァロン外周第8地区支部。


 今までのギルドと比較しても随分と綺麗な場所だった。


「パーティ名は『しっぽ同盟テイルズユニオン』。リーダーはノーチェ、構成員はスフィ、アリス、フィリア、シャオリン……以上でよろしいですか?」

「……合ってるにゃ」


 どうやらパーティ名は『しっぽ同盟テイルズユニオン』に決まったらしい。


 『殲滅の牙ジェノサイドファング』から随分と方向が変わったものだけど……。


「ふふーん」

「にゃ……」


 話し合いをスフィが制した結果なことだけはわかった。


「まぁ、らしくていいんじゃない?」

「しっぽないのが来たらどうするにゃ」

「ごもっとも」


 今の所は全員しっぽがあるけど、新しい人員が増えたときにしっぽがなかったら……。


 別に困らない気がする。


「心にしっぽがあればいいもん」

「アリス、通訳にゃ」

「ぼくにもわからん」

「姉妹揃って不思議ちゃんじゃな」


 なんで今の流れでぼくにまで流れ弾がくるんだ。


「ガキども、終わったならとっとと退け!」

「あ、ごめんなさい!」

わりいにゃ」


 受付前で漫才をしていたら、順番待ちをしていた20代くらいの男性冒険者に怒られてしまった。


 ぼくたちがそそくさと退散すると、男はでれっとした顔で受付の女性に話しかけ始める。


「それでマリンちゃんさぁ、今夜暇だったら……」

「依頼の完了を確認しましたので、こちらの札を持って報酬窓口へお並び下さい」


 わぁ、塩対応。


「あの姉ちゃん、さっきまでニコニコしてたにゃ……」

「すごく優しいかんじの人、だったよね」


 受付にいる普人の女性は、ついさっきまで笑顔を浮かべていたのが嘘のように無表情で男の対応をしている。


「それで今夜」

「申し訳有りませんが業務がございます。次の方もお待ちですので」

「つれないなぁ」


 こういうナンパはよくあることなのかな、美人さんだし。


「おい、お前声かけろよ」

「で、でもよぉ、流石に」

「あいつら抜け駆けしようとして……」


 ついでに、同年代か少し上くらいの男児たちがぼくたちを見て何やら話している。


 複数のパーティがいるからか牽制しあって声をかけてこないけど……つい最近ハイドラでもあったなこの空気。


 もちろん男児たちも獣人ばっかりだ。


「……落ち着かないにゃ」

「男の子たち、こっち見てるね」

「わしの美少女なせいなのじゃ、みんなすまんのじゃ……」

「いやあたしが美少女すぎるせいにゃ、悪いにゃ……」


 ふたりとも、すっかり精神的に余裕が出てきているようだった。


「あの子たち、アリスちゃん見てない?」

「こらー! こっちみるなー!」

「早めに宿を探そうか、錬金術師ギルド遠いし」


 フィリアは男児たちがぼくを見ていると言うけど、それは気のせいだ。


 スフィの背中に隠れながら、ノーチェとシャオを促してギルドを後にする。


 こっちの子たちは早熟と言うかマセてるというか……さっきの男と比較してみても恋愛的な好意じゃないとは思うんだけど、居心地が悪い。



 聖都アヴァロンの地形は簡単に言えば扇形。


 北東部にはアルビオン山が聳え、北西部は北部海に面している。


 アルビオン山の影響で緩やかな傾斜があって、城の方角に向かうにつれて海抜が高くなっているようだ。


 上から順に、城が存在する聖王区、貴族たちの邸宅が並ぶ貴族街、行政区と商業区、壁外に面したもっとも広い外周区と続く。


 正確にはもっと細かく分かれているけど、ざっくり分けるとこうなるわけだ。


 今ぼくたちがいるのは外周区8番地区、空港はもっとも外側になる9番地区にある。


「きれいな街だよねー」

「獣人もいっぱいいるにゃ」

「むぅ、ラオフェンより栄えていると認めざるをえないのじゃ」


 一番下側にもかかわらず、大通りは広くてゴミひとつない。


 あちこちに張り巡らされた水路には透明な水が流れている。


 夜景も綺麗だったけど、昼間に見ても整えられた町並みであることがわかる。


「探すのって宿屋だよね」

「アリス、お金どのくらい残ってるにゃ?」

「えーっと……少し乏しいね」


 財布の中を確認すると、ざっくり金貨3枚弱。出費が多かった割に収入が殆どなかったから、かなり減っている。


 長期滞在するにはちょっと乏しい額だ。


「アリスちゃん、いくらアヴァロンでも、お財布出したら」

「へいきへいき」


 見た限り治安は良さそうだけど、フィリアはスリを心配しているみたいだ。


「でも」

「大丈夫だから」


 懐に財布をしまって、フィリアをなだめながら不自然に近づいてきた男の手を避ける。


「チッ」


 舌打ちをして足早に去っていく男の足音を聞きながら、周囲の気配を探る。


「外周区にはスリも結構いるんだよ?」

「わかってる」


 他に妙な気配はない、偶然近くに居た常習犯に『やりやすそうだ』と目をつけられた感じか。


 どうしてぼくはこういう時にはずれを引くのか。


「フィリア、来たことあるにゃ?」

「えっ!? う、ううん、知らないよ?」

「汗かいてるよ、暑いの? スフィはさむいよ?」


 スフィがフィリアの首筋の匂いを嗅いで指摘する。


 何か隠しているのはわかっているけど、当人が言いたくないなら仕方ない。


 というか寒いなら早く言って、肌寒いけど何も言わないから平気なものだと思ってた。


「はやめに宿みつけよう、ぼくも寒いし」

「そうしよ!」

「う、うん」

「あからさまに誤魔化したのじゃ……」


 ともだちなら隠してることに無理に触れないでいるのも大事だと思うよ。


 ぼくも友人関係なんてものは知識でしか知らないけどさ。


「アリス、もっとこっちきて」

「スフィ、歩きづらい」


 寒いからかピッタリ身を寄せてくるスフィのせいで思い切り歩行に支障を来たしながら、ぼくたちは宿を求めて彷徨い始めた。


 選択肢が多いと、それはそれで悩むなぁ。

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