心に剣を、手には誇りを

整理

 街の端に存在する空港を出て、メインストリートを暫く進むと分岐がある。


 一方は貴族街へ通じる民間行政区に繋がる道で、もう片方は商業施設が立ち並ぶ区画へ通じる道。


 看板に書かれた街の案内図で道先を確認しながら辿り着いたのは、観光客向けの宿屋の並ぶ通り。


 流石に時間が時間だけあって子どもだけで泊まれる宿は少なく、ぼくたちは仕方なく『鋼鉄はがねの枝亭』という素泊まり宿を利用することになった。


 素泊まり宿とは、主に冒険者や旅行者が夜を過ごすためだけの小さな宿だ。


 地球だとモーテルとかが一番近いかもしれない。


 ベッドも家具もない無い部屋に陣取り、受付で貰った毛布を広げてから、ドアにしっかりと閂をかける。


 閂は宿の主人らしき無愛想なおじさんがノーチェに押し付けてきたもの。


 女性だけで泊まると、鍵だけじゃなく閂も必須。


 怠ると起きたとき枕元に下半身すっぽんぽんのおじさんが立っている可能性もあるそうだ。


 ……新手の妖怪かな?


「ところで、わしはねねさまのところへ行きたいんじゃが」

「無理」

「何でじゃ!」


 こんなところで安宿の危険性を思い知りつつ、保存食を齧っている中シャオが意見を出した。


 しかし残念なことに、現時点でそれを実行するのは無理だった。


「国の重鎮でしょ、小さい都市国家とはいえ扱いは丁重になるはず。大使館か、それが無ければ高級ホテルを使うはず」

「うぅむ、たしか大使館はないのじゃ」

「なら尚更無理」


 大使館は異国に滞在する同邦人の避難先でもある。


 ワンチャン駆け込むなり手紙を出すなりで面会できる可能性もある。


 だけど高級ホテルとなれば絶望的だ、子どもが突破できるほど甘いセキュリティじゃない。


「しかしのう、ねねさまの側近に会えれば……」

「そこからして難しい」


 誰が信用できるかもわからない状態で突っ込んで、シャオを排除したい勢力に察知されたらアウト。


 着いて早々、土地勘のない街で命がけの追いかけっこをするはめになる。


 暗殺者の相手なら自信はあるけど、権力を持った騎士や兵士は苦手だ。


 突っ込んで騒いでいるうちに、運良く信用できる対象ターゲットの側近を引くなんてガチャやりたくない。


「うぐぐ」

「何とか方法は考えて見るから、暫く我慢して」

「うむぅ……」

「だったらこの後どうするにゃ?」

「まずは基盤造り」


 ただおじいちゃんの遺言に従って来たけど、本当にこの国に拠点を置いていいのかを調べるところからはじまる。


「やるべきことはいくつかある。まず錬金術師ギルドと冒険者ギルドに滞在登録、街を散策して雰囲気を見る」


 生活基盤を作り上げ、現地人の信用を稼ぐ。


 それがやるべきことだ。


「ずっと考えてたことがある、王立学院への入学」

「あかでみー?」

「子どもを集めて、基礎知識や専門技術を教育する機関」


 貴族教育が専門の貴族院、学問全般を取り扱う聖王国最大の学院である王立学院。


 他にも区画ごとに学校は色々あるけど、もっとも規模とカリキュラムが充実してるのがこのふたつ。


「そんなのがあるってどこで知ったにゃ?」

「錬金術師ギルド」


 仮にも研究者と学徒の集団なわけで、各国の教育機関の情報は常識レベルで転がってる。


「聖王国の王立学院は身分問わず優秀な人材を集めて教育するのが目的、教師陣も一流揃いだって話。みんなのこれからを考えれば、決して無駄にならないと思う」

「ほーん、でもそんな簡単に入れるにゃ?」

「もちろん難関」


 そりゃ貴族と一緒くたに平民も教育しようっていう場所だ、並大抵の成績や能力じゃ門の中にすら入れない。


「……まさか」

「勉強」

「アリスおべんきょう苦手でしょ? 大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないね」


 スフィの心配は尤もで、ぼくはおじいちゃんも匙を投げるレベルで勉強ができない。


 なんというか興味ないことに対する集中力が続かないのだ。


 前世の記憶がインストールされて、だいぶ改善されてるとはいえ厳しい事に変わりない。


「みんなには頑張ってほしい」

「おまえ……ひとりだけ逃げるつもりにゃ?」

「学園生活にはあこがれるけど、ぼくには無理」

「やる前から諦めちゃダメでしょ」


 出来ないものは出来ないんだもん。


 なんて言ってる場合じゃなくて、そもそもぼくの場合は体力っていう致命的な問題がある。


 アニメや漫画で得た知識でしか知らないけど、決まった時間の授業を集中して受けるみたいなスタイルに適応出来ると思えない。


 逆にそういった場所での経験はノーチェにとってもスフィにとっても得難い経験になると思う。


 何より『王立学院の学生』という身分は社会的にも結構強い立場だ。


「なんじゃおぬし、さかしそうに振る舞っておるけどバカなのじゃ?」

「ぐるるるる……」

「ちがうのじゃ、いじわるで言ったんじゃないのじゃ……許してほしいのじゃ」

「狐が壁際に追い込まれてるにゃ」

「スフィ、ただの事実だから」


 自分が馬鹿にされる属性であることは自覚してるので気にしない。


 牙を剥いて尻尾を逆立て、部屋の隅にシャオを追い詰めるスフィに手招きをする。


「フカヒレも戻って」

「……シャー」

「のじゃっ!? 足元にサメのヒレが!」


 ついでに足元からシャオを狙っていたフカヒレも呼び戻す。


 流石に本気で攻撃するつもりはないだろうけど、今は弄りより今後の相談が先だ。


「アリスちゃん、たしか学院の入学テストって……」

「夏季と冬季前だから……再来月くらい?」


 暦の上では……いまは春季で5月くらい。


 王立学院の入学試験は7月と12月に行われている。


 年齢制限はたしか7歳以上、15歳以下だっけ。


 卒業生に聞いたところ在学期間は最大8年、意外と生徒の年齢はバラバラって話だった。


「時間がにゃいだろ」

「みんななら行ける」

「何でにゃ!」

「戦術科なら実技でゴリ押せる」

「えぇー……」


 フィリアが何とも言えない反応をするけど、卒業した人から聞いた話。


 実技が重要とされる科なら、配点は結構偏っているそうだ。


 具体的には戦術科、騎士科とかの戦闘技術に関する学科。


 錬金術師ギルドが出資してるから錬金科もあるけど、生憎とこっちは筆記の方が重視されている。


 得意分野が使えないので、ぼくの入学は絶望的なのだ。


「じゃあアリスも勉強するにゃ」

「なんかアリスちゃん、お勉強出来ないってイメージないんだけど」

「アリスはね、おべんきょう全然だめな子だよ」

「おぬしのほうがよっぽど悪口言っておるのじゃ!?」

「事実だからね」


 成績的な意味で頭の良さを比べるなら、ぼくはこのパーティでダントツ最下位だと思う。


「そもそもなんで学院なのにゃ」

「みんなに学生って身分をつけたい」

「それ、意味あるにゃ?」

「立場、身分って大事だから。信じてもらいやすい」


 どんな綺麗事を言っても、結局人が最初に見て重視するのは相手の身分と属性だ。


 ぼくがどれだけ訳知り顔で薬や金属、武器についてあれこれ語っても誰も信じやしない。


 でも今はポケットの中にある錬金術のコートを着てバッジをつければ、信憑性が爆発的に増える。


 言ってる内容は変わらないのにね。


「冒険者さんじゃダメなの?」

「うーん……」


 ぶっちゃけ、冒険者は誰でもなれる。


 身分として最低限で、信用があるとは言い難い。


 一定以上の信用がないとなることが出来ないCランク以上ならまだしも……。


「いまのみんなのFランクだと、ちょっと弱いって思う」

「じゃあアリスは……そういや錬金術師だったにゃ」

「これでも、発言力だけなら下手な衛兵より上」


 まだ子どもで身元が不確かという部分を差し引いても、身分は結構しっかりしてるのだ。


 因みに衛兵って割と社会的な信用が求められる仕事なので、比較対象に出した。


「まぁ、学院とかは後にするにゃ、まずは冒険者ギルドにゃ」

「たしかに」


 どっちにせよまだ先の話、一旦脇に置いておこう。


「長期的な目標は……ひとつ、シャオとお姉さんの再会。ひとつ、ぼくたちの両親探し、それまでこの街に馴染む方向でいこう」

「それでいくにゃ」


 こうして話はまとまった。


「そういえば、結局名前決まったの?」

「……決まったにゃ、明日冒険者ギルドでパーティ登録するときに発表にゃ!」


 スフィと綿密な話し合いが続いていたのは知ってたけど、パーティ名も無事に決まっていたようだった。

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