見知らぬ故郷
ガレリアから飛び立った飛竜船は、順調に航路を進んだ。
湖を越え森を越え、山を越え谷を越え。
船を乗り換えて10日目の夜、ぼくたちはアルヴェリアの聖都アヴァロンへと辿り着いた。
空から見下ろすアヴァロンは、巨大な白い壁に囲まれて扇形に広がる巨大都市。
街の最奥部には純白の城。
壁の向こうには『星隆の谷』と呼ばれる、星竜の支配する領域が広がっているとか。
「うおお……」
「わぁー!」
船を降りてまず目に入ったのは、広大な発着場。
空中に向かって伸びる白い石材の足場に、何隻もの飛竜船が停泊している。
空港だけでもちょっとした街くらいの規模がありそうだ。
「小さい国とは聞いてたけど、発展具合は比じゃないね」
足場に使われている石材は錬金術によって作られたものだ。
夜なのに視界に困らない程度に灯っている照明は、すべてが壁に埋め込まれた魔道具。
中世代の世界から急に近代に迷い込んだような錯覚すら覚える光景。
「ここがアルヴェリアにゃ……」
「凄まじい都市なのじゃ」
「まだ街じゃなくて施設だけど」
勘違いしているノーチェとシャオを促して、邪魔にならないように歩きだす。
「アリスは小さいって言ってたけど」
「これが首都じゃないのにゃ?」
少し進むと食事処やお土産屋さんが並ぶモールに出た、ここだけでもちょっとした街の市場くらいの規模がある。
「街の数が少ない分、首都が大きいんだって」
アルヴェリアは他の国と比べて、大規模都市に付き物の衛星都市や農村が少ない。
何でも星竜と初代聖王が結んだ契約によって土地そのものが豊かなため、毎年豊作状態になるから数が多いと逆に持て余すのだそうだ。
星降の谷にある霊峰から流れ出す豊かな湧き水に、毎年のように他国基準で大豊作になる土地。
北国なのに気候も安定していて、大きな災害もめったにない。
そりゃ色んな国から狙われるし武力も強くなる。
「ドラゴンビスケットだって」
「竜の細工もあるにゃ」
胸元に竜の紋章が刻まれた法衣をきた人たちが、笑顔で店に立っている。
飛竜を模した焼き菓子に、星を抱く竜の細工。
「星竜教会直営店……?」
星竜教会、どんな宗教組織かと思えば……なんか想像していたより俗っぽいんだけど。
「おねーさん、この銀細工ってなんにゃ?」
「星竜様の祭具ですよ、星竜教徒の証です」
光神教会におけるロザリオのようなものらしい。
「こういうのって商売に使うのはいいの?」
「星竜様
「なるほど?」
何気なくつぶやいてしまった質問に、教徒らしきお姉さんが普通に答えてくれた。
どうやら星竜教では「自分たちの活動資金は自分で稼げ」という方針らしい。
やってることは光神教会と変わらないかもしれないけど、変なお題目を掲げてない分信用できる感じがする。
……我ながら大分ひねくれてるなぁ。
「おみやげにバッチリな木彫りの銀竜像もありますよ!」
「暫く滞在したいと思ってるから、落ち着いたら考える」
「それはそれは! 滞在になることを祈ります」
流石に子ども相手に全力のセールスをするつもりはないのか、お姉さんはすぐに引き下がってくれた。
「うーん」
「ノーチェ、いつでも買えるから後にしよ、スフィも」
「…………うん」
生返事が気になって視線を向けると、スフィは壁にかけられた星竜の肖像画をじっと見ていた。
星空を背景に浮かぶ、白銀の鱗に煌めく白い羽毛の翼を持つ荘厳な竜の絵だ。
「スフィちゃん、どうしたの?」
「……うーん?」
フィリアに尋ねられて、スフィが首をかしげる。
ぼくも竜の絵を見て、不思議な感覚を覚えていた。
「……ね、アリス、これ見たこと無い?」
「あるような気がする」
ハッキリとどこかで見たって記憶はないけど、なんだか既視感がある。
「なー姉ちゃん、この絵ってここにしか無いにゃ?」
「いえ、敬虔な星竜教徒なら複製画を持っていると思いますよ? 小さな物なら高いものではありませんから」
「なるほどにゃ、そういうことらしいにゃ」
仕事中なのに相手してくれるなんて愛想いいなと思ったら、ノーチェとシャオがふたりしてビスケットを手にしてた。
「うちにも……こほん、アリスちゃんたちのお家にもあったのかもね」
「そうなのかな?」
「たぶん赤ん坊の頃だしね、記憶の片隅に残ってるのかもしれない」
口を滑らしたフィリアの言葉を聞き流し、そう結論付ける。
ただまぁ、どこにでもあるのなら身元のヒントにはならないかな。
「スフィもアリスも、なんか手がかりみたいなのはないにゃ?」
「……アリス、どうしよ?」
「うーん、保留で」
ある。おじいちゃんがぼくたちを見つけた時、身に付けていたっていうペンダントがふたつ。
今でも不思議ポケットの中に入っている。
それをノーチェたちに話すのはいいけど、ここじゃ人が多すぎた。
「あるならそれから当たってみるべきじゃにゃいのか?」
「…………後で話す」
確かにそれも一理なんだけど、おじいちゃんの言葉が引っかかっているのだ。
『何があっても、それが誰であっても。絶対に御両親以外に見せてはいけません』
おじいちゃんは、ぼくたちの身元に心当たりがあるようだった。
その上で親を探せといいながら、"手がかり"を使うことを厳重に禁じてきた。
仮にも錬金術師が非合理的な判断をするとは思えない、絶対に意味があるはずだ。
よく考えなくてもトラブルを引き寄せる物ってことになる。
まったく縛りが多い。
「今は親探しより、拠点探し。まず宿を決めて錬金術師ギルドの本部に行って工房を紹介してもらわないと」
滞在するならしっかりとした拠点が必要だ。
「それもそうだにゃ」
「うん、いこいこー!」
「これ美味いのじゃ」
ポリポリとビスケットを齧るシャオを半眼でちらりと見てから、モールを抜けて空港を出る。
この子も大概マイペースだと思う。
道中で土産屋を冷やかしながら歩いていれば、いよいよ出口が見えてきた。
大きなゲートの向こう側には、魔道具の街灯に照らされた美しい街並みが広がっている。
「おー、なんかすごい雰囲気にゃ」
「うむむ、キレイなのじゃなぁ」
「……うん」
ノーチェたち3人は我先にと空港から出て、アルヴェリアの町並みを堪能しはじめる。
ぼくとスフィは出口の一歩手前で立ち止まり、どちらともなく顔を見合わせた。
「ね、一緒に」
「うん」
ぎゅっと手を結んで、せーので一歩を踏み出す。
ふたり分の小さな足が、揃って見知らぬ故郷の地を踏んだ。
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