風の上
空の旅は順調だった。
停留所をいくつか経由してたどり着いたのは、大森林の先の草原地帯。
草原の国ガレリアの空港でアルヴェリア行きの便に乗り換えだ。
特にトラブルもなく手続きを済ませて、はぐれることもなくまた違った形状の飛竜船に乗る。
ここからまた10日以上かけていくつもの停留所を経由し、ようやくアルヴェリアの首都『聖都アヴァロン』へ到着だ。
真新しい客室に入って一息つくと、さすがのノーチェたちにも疲れが見えた。
「どうして一直線で行けないんだろうねー」
「飛竜と技術はアルヴェリアからの貸し出しだけど、船は商会の保有だからだって」
飛竜船の技術権益はアルヴェリアと錬金術師ギルド本部が独占している。
商会が依頼を出して船体を作ってもらい、飛竜使いを借りて運行するのが基本みたいだ。
空港は国、停留所は領主、飛竜はアルヴェリア、船は商会。
それぞれの管理先がこうなっている影響で、船によって寄れる場所、寄れない場所がぜんぜん違う。
たとえばバイエルとフランクは岳竜山脈を挟んで東西に存在する隣国だけど、物凄く仲が悪いので直通便が存在しない。
バイエル発のものはわざわざフランクを避けて交流のある南東部の国へ向かうし、フランク発の船も同様だ。
お互いの国の飛竜船を撃ち落とさないだけ理性的と言われている。
商売的な理由で言うなら、それぞれの商会が自分の商売ルートを優先した結果だ。
「そんなこんなで、空港があるからといって直線で向かうとは限らない」
領地上空の通過許可、船の入国許可の問題もある。
空の交通網は陸路よりよっぽど入り乱れているのだ。
「大人の世界はややこしいんだにゃ……」
訳知り顔で頷くノーチェの横で、スフィがむすっと頬を膨らませていた。
「みんな仲良くすればいいのに」
「スフィはこの間の暗殺者のおじさんたちと仲良く出来ると思う?」
「…………」
「ぼくたちが仲良くできてるのは、結構すごいこと」
境遇こそ似ているけど、種族も生まれも性格も違う。
それが良好な人間関係を維持しながら旅できているのは、みんなの努力と器の大きさのおかげだろう。
「ま、リーダーのあたしのカリスマなら当然にゃ」
「ふふん、まぁ、わしの人徳というかぁ?」
ぼくの言葉で自慢気にしっぽをうねらせたノーチェと、空の旅の中で完全復活したシャオのリアクションがバッティングした。
「どこに人徳があるにゃ! トラブル狐!」
「なにおう! アリスの方がリーダーっぽいくせに何言ってるのじゃ! 不服なのじゃ!」
「それはあたしも不服にゃ!」
「アリスの悪口言ったらゆるさないからね!」
きゃいきゃいと言い争いがはじまった客室のソファを眺め、ぼくはベッドの上に仰向けになったまま胸の上で指を組んだ。
「ともだちって、いいものだよね」
「今言うことじゃないと思うよ!?」
最近こなれて来たフィリアのツッコミを聞き流しつつ、ぼくは意識を手放すのだった。
乗り換えで疲れた。
■
「キュピッ!」
「シャアッ!」
室内だと酔うので風に当たろうと甲板に出ると、船は丁度大きな湖の上を飛行中だった。
時間帯は昼なので、波打つ水面が日差しを反射して宝石のように輝いている。
「キュピピ」
「シャー」
「シラタマちゃんたち何してるの?」
「さあ?」
小さい姿のシラタマが、手すりにしがみつくフカヒレの頭上で身体を揺らしている。
シャオから聞いたところ、精霊が子どもっぽい遊びをするのはどこも一緒なのだとか。
決して知能は低くない、むしろ上位の精霊なら人間種より上のことも多い。
だけど性格というか性質が無邪気で、『桁外れの力を持った子ども』みたいなものというのが精霊使いの共通認識みたいだ。
そう考えるとほんと子どもしかいないなこのパーティ。
「シャルラートも呼んでやりたいが、人が多すぎるのじゃ」
呼ばなくても出てくるシラタマたちと違って、シャオの契約精霊は召喚術で呼び出さないといけない。
国を追い出された以上は縛りなんてないも同然だと思うんだけど、国で暮らしていたときの感覚がまだ消えないようだ。
まぁ治癒術は輪をかけて貴重だから、選択として間違いではないと思うけど。
「空を飛ぶ魔獣も多いって聞いてたにゃ、でも全然襲撃してこないにゃ」
手すりに背を預け、頭の後ろで結んだ髪の毛を風になびかせていたノーチェが頭上を見上げている。
「飛竜は強い魔獣だから、そこらの魔獣は近づいてこないって」
それが飛竜船が空路を独占している理由のひとつ。
魔獣のランク付けで言うなら、
この記号は特定条件下で1ランク上に分類されるという意味合いで、空中に居る飛竜と戦うならB相当だそうだ。
竜種の中では亜竜、すなわち野生動物として扱われる飛竜だけど、野生動物の中では絶対強者の1体なのだ。
普通なら人間には絶対懐かない、従わない。
アルヴェリアでは国ごと結んでいるという神星竜との契約の影響で、人間を
「すごいんだにゃ」
ノーチェの視線が船の先頭へ向かう。ここからだと大分小さいけど、騎手を乗せて船を曳く飛竜の姿がある。
いくら飛空石で船体が持ち上げられて軽いとは言え、このサイズの船をたった6体で曳航するのは流石は竜種というほかない。
「あたしも飛竜乗れるかにゃ」
「難しいんじゃない?」
プライドすごく高いから、認めた人間以外を近づかせもしないって聞いたし。
「実力を認めさせれば……」
「チャンスはあるかもね」
「やる気出てきたにゃ」
握りこぶしをつくるノーチェを微笑ましく思いながら、湖の水面に浮かぶ巨大魚の影を見下ろす。
飛竜もそうだけど、ああいう生き物もこの世界には普通にあちこちにいるんだよね。
強い飛竜みたいなのがパーティに居たら、確かに頼もしいかも……。
「ヂュリリ」
「シラタマのことを頼りないなんて思ってないよ」
余計なことを考えていたら、シラタマが顔面に張り付いてきた。
ひんやりして冷たい、流石にもう熱帯は抜けているから肌寒いし勘弁して欲しい。
「キュピィ」
「頼りにしてるよ」
顔に張り付いた雪が崩れて消えて、頭の上にひんやりした感覚が乗っかる。
「シャー!」
「フカヒレもね」
少し遅れて胸元に飛び込んできたフカヒレを抱きかかえて、ぼくは再び船の外を見た。
湖が終わり、周囲には浅めの森が広がる。
アルヴェリアまで後少しだ。
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