空をゆく

「あの女、どうなったかにゃ」

「狐女?」


 船旅1日目、暇を持て余したノーチェは捕まった狐女のことを気にしているみたいだった。


「衛兵に引き渡す前に、毒類や暗器のたぐいは外しておいたけど」


 髪飾りに見せかけた針とか、下駄の踵に小さいナイフとか。


 まぁ色々仕込んでた。


「凝固毒だったな……」

「それがどうしたにゃ?」

「ううん、なんでもない」


 髪飾りに仕込まれていたのは蛇毒の、出血毒と呼ばれる類のものから精製された毒液。


 凝固成分が強く作用するようになっていて、血管に流し込まれれば血栓が出来上がり、十数分で心筋梗塞や脳梗塞を引き起こす。


 主に暗殺に使われる毒だけど、一昔前のもので対処法はとっくに確立されている。


 ってことはたぶん自害用だ、あんなのでも"暗殺者"か。


 まぁ言い逃れはしてくるだろうし、問題はどうやって追いかけてくるかだよね。


「捕まったなら安心、だよね……?」

「しばらくはね」


 どっちにせよ、暫くはぼくたちに手を出せないだろう。


 次に遭遇するとしたらアルヴェリアについてから。


「…………」

「シャオ、甲板いくー?」


 話に段落がついたところで、スフィが落ち込んでいるシャオを誘う。


「……うむ」

「じゃあいこっか、いま何が見えるかな?」

「一面の森かな」


 船が飛び立って数時間、夕日に照らされる大森林が見えるはずだ。


 飛竜船が使えなきゃ広大な森を抜けることになっていたと思うとげんなりする。


「アリス、いい子で休んでてね」

「いってらっしゃい」

「アリスちゃんには私がついてるね」

「あたしも甲板いくにゃ」


 シャオを連れて客室を出ていくスフィに、ノーチェも追従していった。


 フィリアは乗るときに大分怖がっていたし、高いところが少し苦手なのかもしれない。


「アリスちゃん、お水飲む?」

「うん」


 乗って数時間で乗り物酔いを発症したぼくはといえば、ベッドの上の住人だ。


 船が飛び立って暫くしてから、うっすら気持ち悪くてふらふらしっぱなし。


 フィリアに水差しから注いでもらったコップを受け取り、なめるように口をつける。


 うん、水も新鮮だ。


「お空を飛んでるなんて、今でも信じられない」

「揺れはないもんね」

「アリスちゃんは高い所って平気……あ、シラタマちゃん」

「うん、たまに乗って飛んでるからね」

「チュピピ」


 ベッドフレームの上にいるシラタマがやる気なさそうに答える。


 くすりと笑ったフィリアが、何故かシラタマをじっと眺めているようだった。


「……ねぇ、シラタマちゃんちょっと解けてない?」

「そんなわけ……解けてる」


 視線を向けてみると、確かにちょっと融けてる。


 ……室内の雪だるま?


「チュピ」

「暑さと面倒さでだれてるだけみたい」


 シラタマの本体は雪なので、当人に固めておく意思がなければ普通に解ける。


「フカヒレちゃんは?」

「……寝てる」


 実は2体になってから、精霊とのつながりを辿る精度が上がったみたいだった。


 気付いたのは最近……というか飛竜船酔いで寝込んでからだけど、離れていてもなんとなく状態がわかる。


 フカヒレは現在カンテラの中で眠っている。


「精霊って寝るんだね」

「個体差があるみたい?」


 こっちにおける不可思議な存在の総称みたいなかんじなので、個体差が激しい。


 因みにシラタマは食べることも寝ることも出来るけど、食べ物も睡眠も必要ない。


 睡眠がいらないせいか、夜中に404アパートのベランダで謎のダンスを踊ってることもある。


「シラタマ、ベッドは濡らさないようにね」

「チュピ」


 了解という返事を受けて、ぼくも起こしていた身体を横たえた。


「この船ってフランクに向かってるんだっけ」

「うん、停留所をいくつか経由してガレリア、パルムーン、フランクの順番で停まる」


 ガレリアは大森林のすぐ北側にある国で、そこでアルヴェリア行きの飛竜船に乗り換え。


 大森林の途中に停留所は4つくらいあって、予定だと6日かな。


「結構長旅だね……」

「あっという間だよ」


 半月ほどで大陸を南から北へ横断できることを考えれば、あっという間だ。


「そっか……もうすぐアルヴェリアかぁ」

「いい国だといいんだけど」

「……うん、そうだね」


 返事に少しだけ間があった。


 横目で見たフィリアの表情は、なんだか少し憂いを抱いているようだった。


 こちらもこちらで、訳ありかぁ。



「すごかったよ! 金色でね! 雲が海みたいで!」

「空から見下ろす景色は格別だったにゃ」


 森の合間に飛び出た岩場を削って作られた停留所。


 飛竜船はそこに停泊し、乗客は船か岩場で一夜を過ごすことになる。


 岩場周辺には建物があって、ちょっとした宿場町の様相を呈している。


 停留中の乗客目当てに市場が出来ているようだ。


「あの派手なテントはなんじゃろう」

「男の人がいっぱいいるね」


 照明の灯った甲板のカフェテラスで、ぼくたちは夕食がてら停留所の下を眺めていた。


 その中でふたりの目を引いたのは、男の人が集まっている派手な建物。


「武器屋にゃ?」

「女の人もいるよ、きれいなお洋服着てる」


 あちらも灯りがたくさんついているのでこちらからもよく見える。


 着飾った普人の女性が男相手に客引きしてる、居酒屋だろうか。


「お嬢様方が気にされるような店ではございませんよ」


 手すり越しに見える景色を品評していると、デザートを運んできたウェイターが困った表情を浮かべて言った。


「あれって何のお店なの?」

「……ええと、その、大人の男が主な顧客の店でございます」


 言葉を濁す態度を見てようやく察した。


「?」

「女の人はだめなの?」

「いえ、あの……」


 困り果てているウェイターはデザートの皿が乗ったカートを押してきたウェイトレスに視線を送るものの、同僚は澄ました顔で配膳を続けていた。


「これ何のジャム?」

「ハイドラ産の沼いちごのジャムにございます、程よい酸味と大粒の果肉が人気の逸品です。ラムタンの卵から作りましたクリームと合わせれば、甘みは濃厚ながら爽やかな後味を楽しんで頂けます」


 仕方ないので助け舟を出すと、出されたパンケーキらしきお菓子の説明をしてくれた。


「おいしそう!」

「こちらは大森林産のメルロの花茶です。獣人の方に好まれる香りのものを選ばせて頂きました」


 話の潮目が変わったことを察知したのか、ウェイターの余裕が戻った。


 ティーカップを手に取ると、確かにふわりといい香りが漂ってくる。


「いい匂い」

「ほんとにゃ」


 仄かに甘い、果物系の自然な匂いだ。


「……甘くはないにゃ」

「パンケーキ食べながら飲むんだよ」

「こちらの蜜をお使い下さい」


 それにしても、着ている服は一般的な子どものものなのに扱いが丁寧で少し気後れする。


 船員の質の高さもあるけど、錬金術師ギルドからの紹介状のおかげだろう。


 資金なら目処は立つし洋服もちゃんとしたほうがいいのかもしれないけど、やっぱり厳しい。


 新しい洋服って基本オーダーメイドになるから、値段もそうだけど時間もかかるんだよね。


 自分で作るにしても、裁縫はさっぱりだ。


「ごはんも美味しかったし、デザートもおいしいね」

「船で食べたごはんといい勝負にゃ」

「サービスはこちらのほうが行き届いておるな」

「獣人の利用客は見ないけどね」


 全体で見ればまったく居ないわけじゃないだろうけど、少なくともこの便には乗っている獣人はぼくたちだけのようだ。


 値段からしても気軽に使える移動手段じゃない、星竜祭の時期がもっと近づけば普人以外の利用客も増えるのかもしれない。


 今は大半が貴族や商人とかの見るからに金持ちばかりだし、ちょっと居心地が悪い。


「ここに書いてあるシアノ茶、もらえる?」

「承りました」


 革張りのメニューに書かれているシアノっていう薄荷系の風味があるっていう花のお茶を注文してから、ぼくは再び停留所の夜市場に視線を向ける。


 商売の気配があるところに、人は集まるものだなぁ。


「……おぬし、ほんと堂々としておるな」

「ん?」


 運ばれてきたお茶に口をつけてスーっとする香りを楽しんでいると、シャオにそんなことを言われた。


 ……そんなつもりはないんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る