乗船

「ルジェイはのう、わしの護衛役だったことがあるのじゃ」


 衛兵たちからの事情聴取の傍ら、シャオが話してくれたのはあのネズミ獣人の少年との関係。


 全身獣タイプ……当人たちいわく純血種の獣人都市国家であるラオフェンで、ぼくたちのような獣耳尻尾程度の扱いは推して知るべし。


「子どもなのに大人顔負けの道士で、でも純血ではないからとひどく扱われておった。数少ない、わしに冷たい目を向けなかったやつじゃ。それをおぬしは……ッ!」

「仕方ないじゃん」


 涙目のシャオに睨まれて、とっさにスフィがぼくを背にかばう。


「アリスはわるくないもん、あの子つよかったし!」

「他の奴らと違って、あの子はやばかった」

「ぐぬぬ……」


 覆面で顔立ちまではわからなかったけど、気弱そうな目元だけは見えた。


 ただし剣の腕は間違いなく一級品。スフィとノーチェふたりを同時に相手取って、なお互角に渡り合っていたことでわかる。


「ぼく見立てだと、あの犬男と狐女はDの上、ネズミっ子はCの中半」

「もっと上じゃにゃいのか?」

「たぶん直接斬りあったせい、あの子は守りに特化してる」


 ノーチェたちは攻撃を防がれ続けたせいでそう感じるけど、受け流す技術に対して攻めはお粗末だった。


 じゃなければ、ふたりだって無傷じゃ居られない。


「そっかぁ、たしかにスフィたちの攻撃ぜーんぶ防がれちゃったけど、あの子の攻撃も防げてたかも?」

「言われてみれば、固いに攻撃は大したこと無かったにゃ」


 防御に特化した戦闘技術を身に着けた経緯はあんまり想像したくないけどね。


「君たち」


 衛兵詰め所の待合室で駄弁っていると、衛兵のひとりが声をかけてきた。


「確認が取れたのでもう行っていい、搭乗に間に合うように急ぎなさい」

「もういいにゃ?」

「あぁ、事情はわかったからな」


 言葉と裏腹に物凄く不服そうだけど、ぼくたちにそんな顔をされてもどうしようもない。


「随分あっさりだったにゃ」

「信用は大事」


 こんなにあっさり解放されたのは、パドルたちの影響が大きい。


 彼等は現地に根付いてしっかり信用を積み上げている。だから衛兵相手に発言を信用して貰いやすい。


 それを踏まえて、陰ながらの監視兼護衛という依頼をした。


 一部始終は既にパドルパーティーの斥候役から衛兵に伝えられていて、ぼくたちの聴取は簡単な裏取りのようなもの。


 事件としては『純血主義のラオフェン民が町中で獣人の子どもを襲った、誘拐目的かもしれない』ということになる。


 ぼくたちは飛竜船に乗る時間が迫っている事情も伝えているので、今回の事件についての対応をパドルたちが引き継いでくれたわけだ。


 因みに犬男とネズミっ子には逃げられたようで、帰ってきたパドルは随分と不機嫌だった。


 そんなことを考えながら歩いていると、出口でパドルとリンダが待っていた。


「悪かったなァ、とっ捕まえてやりたかったんだがァ」

「ううん、助かった」

「他のやつらは衛兵と協力して逃げた連中を追うって、見送りは私とパドルだけで我慢して」

「姉ちゃんたちも、わざわざありがとにゃ」

「ありがと!」

「いいのよ、こんな小さな子を襲うなんて、私も絶対許せないし!」


 どうにも一般的な獣人にとって、"小さな子への非道"はかなりの逆鱗みたいだ。獣ベースか普人ベースかの違いに差別意識みたいなのは感じない。


 やっぱりラオフェンが特殊みたいだ。


「全く、これじゃ貰いすぎだゼ」

「一応言うけど、払う報酬を値切るほど落ちてないから」


 払ったのは、ぼくと仲間の命と安全の値段だ。


「……いらないなら私が使うけど?」

「やらねェよ」


 戦斧を渡した時には売るにせよ使うにせよそっちのパーティで決めてと渡したけど、結局パドルが使うことになっているようだった。


 こういうのを換金する伝手はパドルたちのほうがしっかりしているし。


 なおこの武器も遺跡産ということになっている。パドルはなんとなく察しているみたいだけど。


「空港まで送るゼ」

「頼むにゃ」


 見送りがてら、パドルたちが護衛役を続けてくれると言った。


 主犯の一部が逃げたので、安全が確保された訳じゃない。


 流石にすぐに仕掛けてくるとも思えないけど。


「……結局巻き込んじゃったね」

「気にすんなァ、問題ねェよ。これでもハイドラじゃ名が通ってるからなァ」


 不安要素は、仮にも一国の暗部とことを構えてしまったパドルたちのこと。


 だけど彼は大きな手でぼくの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、ニィっと凶悪な笑みを浮かべた。


「……うぐ」

「あっ! パドルお兄ちゃんだめ! アリスは身体が弱いの!」

「……悪かったァ、想像以上だゼ」


 力強く頭を撫でられ、ふらついたところで気付いたスフィがすっ飛んできた。


 なんというか、この感じ嫌いではないんだけど……身体が追いつかない。


「アリス、大丈夫?」

「うん、ちょっとめまいがしただけ」

「それ大丈夫じゃないのじゃ」


 大丈夫だから。


 それからは何事もなく空港にたどり着いた。


 やはり衛兵に追われながら、護衛つきのぼくたちに再襲撃というのは難しいみたいだった。


「お待ちしていました、お急ぎ下さい」


 受付の人にチケットを渡して搭乗手続きを済ませ、見送ってくれたパドルたちに振り返る。


「元気でなァ」

「両親と出会えるといいわね、応援してるわ」


 笑顔で手をふるふたりに、スフィたちも手を振り返す。


「パドルの兄ちゃんたちも元気でにゃ! また遊びに来るにゃ!」

「ばいばい、元気でね!」

「ありがとうございましたっ!」

「世話になったのじゃ」


 みんなに続いて、ぼくもそっと片手をあげた。


「それじゃ、また」

「おう、またな」


 落ち着いたら、今度はしっかりと観光に来ることを心に決めながら。


 別れを済ませたぼくたちは、ハイドラを旅立つのだった。



 樹状にかけられたタラップを登り、停泊している大型の木造船の中へ入る。


 構造的には普通の船とそんなに変わらない。


 ただあちこちに現ギルドマスターが開発した飛空石と呼ばれる石が仕込まれていて、この船体でも空中に浮くことが出来る。


 浮かぶだけで移動はまだ出来ないけど、それを飛竜で引っ張ることで推進力を解決。


 困った時はパワーというのはどんな分野でも共通だ。


「船が浮かんでるにゃ」

「た、高い……」

「フィリア、しっかりするのじゃ」


 壁に埋め込まれた青い宝石のような飛空石をじっと眺めていると、スフィに袖を引っ張られた。


「アリス、壊しちゃダメだよ?」

「壊さない」


 門外不出の品物だから、ちょっと構造が気になっただけだ。


 というか何でぼくが見てると破壊前提なんだ、無差別に物をぶっ壊したことはないぞ。


「とにかく部屋に行くにゃ。アリスの顔色、スフィから見てどうにゃ?」

「たぶんもうちょっとでお熱でると思う」

「どういう判別法」


 戦闘の直後だから気にしてくれてるんだけど、スフィはかなり惜しかった。


 実は既に熱が出ている感じがする、じゃなかったらいくらぼくでも撫でられたくらいで目眩なんて起こさない。


 ……だよね?


「出発したら、酔わないかも心配だし」

「飛竜船は軌道が安定してるらしいし、いくらなんでもぼくを過小評価しすぎ」


 別の心配をはじめるフィリアにちょっと辟易する。


 そりゃ海路では船酔いに苦しんでたけど、流石に空路でまで船酔いしてたら話にならない。


 パンフレットには最新技術で作られた船体は緻密に配置された飛空石と、術式回路によるオートバランサー機能によって地上と変わらない安定感が約束されると書いてある。


 今回ばかりは杞憂でしかない。


「まぁ、流石にそうだにゃ」

「全然揺れないもんね」

「でしょ」


 軽くジャンプしているスフィとノーチェに頷きながら、用意されている客室へ向かう。


 シャオだけひとり部屋だけど、流石に暗殺者が乗り込むのは難しいだろうし、基本はぼくたちの部屋で過ごせばいい。


 4人部屋に5人無理矢理入ろうとするならともかく、きちんと部屋を別に取った上でこっちに入り浸るくらいなら多分大丈夫だろう。


 かくして、騒動を何とか切り抜けたぼくたちの束の間の空の旅がはじまる。


 ……もちろん酔った。

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