勝利

「黒の牙は、ラオフェンの粛清者じゃ! 国にあだなすものを、討つ……ぐすっ」

「やっぱ暗部か。下っ端でたすかった」


 "極限まで仕上がった暗殺者"が相手だったら他のみんながヤバかった。


 あの手の連中は練度が上がるほど動きが機械的になっていくから、ぼくはむしろ得意だけど。


 戦闘力って意味じゃなくて、こっちの思ったように動いてくれるのだ。面白いくらいに。


 前世でも出来たし、現在アリスの頭の出来ならもっと遊べそう。


「誰が下っ端よ! 生意気な半獣!」

「手早く仕留めろ、あまり時間がない」


 逆にああいうムラっけがある連中は苦手なんだよね、戦いの動きパターンが読めないから。


「あっちのおっさんが厄介にゃ!」

「うんっ!」


 飛んでくるヒョウを剣で弾き落とすノーチェとスフィ。


 結構難しいと思うんだけど、当然のようにこなしてる。


 そのせいか、あちらも警戒して接近戦を挑んでこない。


 ひとまずは膠着状態が続きそうだ。


「アリスちゃん! シャオちゃん! ぜったいに後ろに居て!」

「わ、わかっておるのじゃ!」

「そういえば晩ごはん肉と魚を選べるらしいけど、フィリアの分は魚にしてもらう?」

「いま聞くことなのそれ!?」


 だってフィリア、肉そんな好きじゃないじゃん。


「こいつ何読んでおるのかと思ったら飛竜船のパンフレットなのじゃ!」

「おまえほんっっと真面目にやるにゃ!」

「アリス! おねえちゃんさすがにおこるよ!?」

「だってやることやって暇だし」


 もうやることがないので飛竜船のパンフレットを眺めていたら、総ツッコミを受けてしまった。


「このッ! マジムカツク!!」

「いくらなんでもナメすぎだ、小娘」


 やれやれとパンフレットを懐にしまうと、敵がハッキリとした怒りの音をさせた。


「構わん、やれ」

「なにかしてくるにゃッ!」


 男の声が人気のない通りに響き、ノーチェが警戒を呼びかけて緊張が走る。


 数秒、数十秒、沈黙だけが場を満たした。


「……にゃ?」

「何をしている! やれ!」


 しびれを切らした男が、味方が潜んでいる建物を見上げる。


「……あれ? アリス、シラタマちゃんたちは?」


 同時に、ぼくの傍にシラタマたちが居ないことにスフィが気付いた。


「ネズミ狩り」


 男の見上げる屋上から、あちこちに氷を纏った小柄なネズミ獣人の少年が飛び出してくる。全身獣タイプじゃない、人間ベースで獣の耳としっぽがある方だからわかる。


「うわぁぁあぁ!」


 逃げた少年は、しかし間髪入れずに追いかけてきた氷のサメに空中で脇腹に食らいつかれ、地面に向かって投げつけられる。


「がふっ!」


 道の上でバウンドした少年の手から、短刀のようなものが転がり落ちた。


「『錬成』」


 武器が相手の手から離れたので取り敢えず粉砕しておこう。


「……アリス」

「ここからは自重無しなので」


 遠慮も加減も、コイツラに対してする理由がない。


「ルジェイ! 貴様何している!」

「す、すいませ、げほっ、あいつらの誰か、精霊使いです!」


 少年は意外と頑丈なようで、血の滲む脇腹を抑えながらも立ち上がる。


 達人クラスになると身体強化で防御力も高められるから、その応用だろうか。


「ご苦労さま」

「キュピ」

「シャー!」


 時をほとんど同じくして、シラタマとフカヒレが帰還する。


 潜んでいるのがわかった時点で別行動で一番厄介そうなやつの対処に回って貰ったんだよね。


 それにしてもいくら加減しているとはいえ、この子たちの攻撃を凌ぎ切るとは……。


 ネズミ獣人の少年は実力が段違いみたいだ。


「貴様を拾ってやったことを後悔させるな、必ず使命を果たせ!」

「……は、はい」


 男に命令されて、少年は苦しそうに呻きながらもう1本の短刀を構える。


 あっちは実力主義ってわけでもないようだ。


「お兄さん、いまこっちに寝返るなら受け入れるけど」

「…………」

「ふん! そのような甘言は無意味だ! ゴミ捨て場で死ぬところだったお前を拾ってやった恩を忘れるな!」


 いやネズミ獣人のお兄さんからめっちゃくちゃ揺れてる音がするけど。


 覆面してて顔は目元しかわからないけど、音は隠せない。


「こらアリス、あたしに断り無く勧誘するにゃ!」

「アリス! あいつら悪いやつだよ!」

「アリスちゃん最近そういうの多いよ!?」

「……しゃあない」


 むしろ味方サイドからツッコミが殺到してしまった。


 仕方ないのでシラタマに頼んで攻撃を準備しはじめる。


「……ルジェイ、おぬしまで」

「……シャオ様、申し訳有りませうわぁぁあ!?」


 大量の雪を一気に叩きつける技、シラタマの『フローズンバースト』が少年に向かって放たれると同時に何かがはじまってしまった。


「あ、ごめ」

「ルジェイー!?」


 まさか知り合いだとは思わないじゃん。


「おぬし! いま! わし!」

「だってあいつ、めっちゃ強いし」

「まぁ仕方ないにゃ」


 なんとなく説得できそうな空気は感じたけど、残念ながら少年だけは野放しに出来ない。


「うおおおおお!」


 ほら、何とか切り抜けてボロボロになりながら向かってきた。


「スフィ、ノーチェ、油断しないで」

「言われなくても!」

「解ってるにゃ!」

「くっ!?」


 突進してきた少年の一撃を、ふたりがかりで受け止める。


 次々と繰り出される短刀は素早く鋭いけれど、ノーチェとスフィは難なく捌いている。


「バウエン!」

「大いなる大地の息吹、流れる力は我が手の内に……」

「フィリア、盾!」

「え!? あ、うん! お願い守って!」


 フィリアの叫びに乗じて、少年のすぐ後ろに光の盾が出来上がる。


 ……位置の微調整は未だ出来ないか。


「潰して砕け! 『地竜の一撃ランドストライク』!」

「アイスロッド」


 男の手のひらから生まれた土砂が一気にこちらに流れてくる。フィリアの加護のおかげで直撃は免れたけど、土煙で視界が塞がれた。


「…………!」

「ニャッ! 味方ごとかよ!」

「げほっ、けほっ!」


 暗殺者が使うには派手すぎる攻撃だ。


 ぼくはシラタマに作ってもらったロッドを、煙に紛れて近づいてくる音へと突き出した。


「ごふっ!?」

「あぁ、あんたは防御は出来ないんだ、よかった」

「な、ん……」


 唐突に鳩尾に棒の刺突を喰らい、狐獣人の女が口からよだれを垂らしながら膝をつく。


 腕力はないけど、相手の走る速度に合わせたから結構深く入ったみたいだ。


 呼吸が出来ないのか無防備になった狐獣人の女の頭に、身体をひねって力を乗せた氷棒を叩き込む。


「がっ!」


 うまく煙に紛れられたのか、狐女は反応しきれなかったようだ。


 鈍い手応えとともに棒が砕け、狐女が白目を剥いてうつ伏せに倒れる。


「おぬし、一体何をして……のじゃ!?」


 何故か不思議そうな顔をしたシャオが、不意に倒れている狐女を見て驚きに耳をピンと立てた。


「い、いきなり現れたのじゃ!」

「ぜぇ、ぜっ……いや……気付いて」


 すぐそばで思いっきり戦闘してましたが。


「ひゃっ!? 何この人! いつの間に!?」

「音も姿もわからんかったのじゃ!」


 足音、普通にわかりやすかったと思うけどなぁ……。


「くっ! 役に立たん奴らめ! かくなる上は……」

「貴様らぁぁぁぁ! 何をしているぅぅぅ!」


 狐女を倒したのと時を同じくして、通りの向こうからようやく衛兵らしき姿が現れた。


 そのすぐそばでは、リンダたちパドルパーティの大人たちが申し訳無さそうに手を合わせている。


「あの狼藉者どもを捕えよ!」

「チィ、ここは引くぞ!」

「え、で、でも」


 衛兵の姿を確認するなり、男はさっさと逃げ出した。


 スフィとノーチェふたりを相手に互角に渡り合っていた少年は、暫く迷った末に倒れている狐女を視界に入れてその場を去った。


「ふん、次会う時は覚悟しとくにゃ!」

「次はひとりでも負けないもん!」


 衛兵に追われて逃げていく背中に、スフィたちが少年漫画みたいなセリフを投げかけている。


 それを尻目に狐女の武装解除をしていると、リンダたちが駆け寄ってきた。


「ごめんっ、衛兵が思ったより遠くに居て!」

「随分遅れた、怪我はないか?」

「遅かったけど問題ない。パドルは?」

「あぁ、あいつなら……」


 リンダの視線を辿ると、衛兵に混じって戦斧片手に逃げた暗殺者を追いかけるイカつい犬獣人の姿があった。


 ……何してんの。


「報酬に見合う仕事はするそうだ」

「子供抱えて隣国の暗部に喧嘩売らない欲しいんだけど」

「あたしもそれは言ったんだけどね……ハァ」


 盛大に溜息をつくリンダは、なんだか苦労していそうだ。


「……アリス、どういうことにゃ?」

「言ったでしょ、手は打ってるって」


 敵の戦力もどう仕掛けてくるかも未知数だったけど、唯一ラオフェンの刺客の可能性が高いという情報だけがあった。


 なのでパドルに相談して、正式に依頼したのだ。


 出発の日、屋敷を出てから無事に空港にたどり着くまでの護衛を。


 そのことを説明すると、ノーチェとスフィが目をまんまるに見開いた。


「おねえちゃんそれ聞いてない!」

「情報が漏れると厄介だったから」

「せめてリーダーには言えにゃ!」

「それはごもっとも」


 その点は反省するとして。


 頼んだのはあくまでも遠隔での監視と、いざというときに衛兵を呼んできて貰うこと。


 この街に拠点を持つパドルたちには保護している子どもが大勢居る。


 一国の暗部との揉め事に直接的に関わるのは不味いと思って、間接的なサポートをお願いしていたのだ。


 万が一ぼくたちの手に余るような相手なら助力も頼んでいたけど、今回は対応できる範囲だったので衛兵を呼んで貰った。


「因みに依頼料って、いくら払ったにゃ?」

「あれ」


 パドルが手にしている戦斧は、ノーチェたちの武器の前にいくつか作った試作品のひとつだ。


 ハウマス式の積層型魔術陣を武器に搭載するため試行錯誤している内に出来たもの。


 分厚い部分に術式を格納して、魔力を込めると刃先が高熱を帯びるようにした。


 いわゆるヒートアックス、より強く魔力を込めれば炎を飛ばすことも出来る。


 元はノーチェ用の両手斧だったけど、斧はお気に召さなかったみたいでお蔵入りになったやつだ。


 パドルが持つと片手用に見えるけどね。


「貰いすぎなくらいだから、張り切っちゃってるのよ」

「はしゃぎ過ぎだ、子どもか」


 暗殺者を追うパドルを見送るリンダたちが、呆れたようにため息をついた。


 何はともあれ、無事に切り抜けられたみたいだ。

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