黒の牙

 ハイドラに滞在して数日、いよいよ出発の日がきた。


「……」

「ど、どうしたのじゃみんな、顔が怖いのじゃ」


 今日まで何もなかったせいか、ノーチェたちの緊張感が外に出てしまっている。


 理想を言えば平然としていることなんだけど、命が狙われてると聞かされれば流石に無茶か。


 ハイドラに辿り着いてから感じた追跡者の気配は、すっかり消えてしまっている。


 覚えているから追いかけることも出来なくはないけど、敵の戦力もわからずに飛び込みたくはなかった。


「おまえはのんきだにゃ……」

「なんじゃ急に!」


 ……シャオをどうにかする為だけに、そこまでの手練を送ってくるとも思えないけど。


「アリスちゃん、ほんとにシャオちゃんに教えてあげなくていいのかな……?」

「確実に態度に出るから」


 フィリアは仲間はずれにしているみたいで心苦しいようだけど、シャオの性格を考えれば必ず態度に出てしまう。


 みんなも嘘が上手いわけじゃないけど、隠すくらいは出来る。


「ノーチェ、準備できたよー」


 荷物をまとめていたスフィに声をかけられて、ノーチェがふぅと息を吐き出した。


「よし……いくにゃ」

「うん」


 さて……無事に船に乗り込むことができれば良し、どうなることやら。


「よウ、出発か」


 借りている部屋を出て、玄関に繋がる居間へ行くと犬頭の獣人……屋敷の主であるパドルが待っていた。


「世話になったにゃ」

「おせわになりましたっ!」

「おう、元気でなァ」


 気にするなとニッと牙を見せて笑うパドル。短い間だったけど本当に世話になった。


「あれ、リンダおねえさんたちは?」

「あァ、野暮用でなァ。空港に見送りに行くって言ってたゼ」

「そっかー」


 居間にリンダたち大人メンバーの姿はない。代わりに離れたところで子供メンバー……主に男の子たちがこっちを見ていた。


 期間が短いのもあって、女の子メンバーとはあまり仲良くなれなかった。


「おまえらも元気でにゃ」

「もうちょっと居ればいいのに……」

「ここにいろよ、一緒に冒険者やろうぜ」

「あたしらには行く場所があるにゃ」


 ノーチェはすっかり馴染んでいるので、ちょっと名残惜しそうだ。


 ぼくはあまり交流がなかったので、なんとなく蚊帳の外。


 ……いや、ちょこちょこ様子を伺ってくる男の子は多かったけど。


 別れの挨拶で少しの時間を取られつつ、ぼくたちはパドルたちの屋敷を出た。


 朝早く人通りもまばらな通りを並んで歩き、空港へ向かう。


「色々見て回りたかったにゃ」

「いつかまた来ればいいよ」


 通り過ぎた場所に戻っちゃいけないなんてルールはない、落ち着いて力をつけたらまた観光に来たらいい。


「そうだにゃ、皆でまた来るにゃ」

「残念だけど、"次"はないんだよねぇ~」


 人気のない道の真ん中、建物の影から声が聞こえた。


 出てきたのは黒い巫女服っぽい物を着た若い狐獣人の女。茶色の毛皮の全身獣タイプ。


 そいつは嫌な音をさせながら、嗜虐的な視線をシャオに投げかけ牙を見せた。


「……く、黒の牙、なぜ」


 その姿を見て、シャオがあからさまに怯えを見せる。


「アリス、気づかなかったにゃ?」

「いや?」


 反対側の脇道、木箱の影にひとり。左建物の屋上にひとり。


 合わせて3人は子供相手に過剰戦力と見るべきか、ぼくたちをナメてると見るべきか。


「ただ、朝っぱらから堂々と出てくるのは想定外だった」


 ちょうどひと目のないこの瞬間しかタイミングがなかったとも言えるけど、こんなに堂々と出てくるのは予想していなかった。


「なぜ、こんなところに!」

「あんたみたいな半端者に帰ってこられると、カム家の格が落ちちゃうのよ。あっちで野垂れ死んでればよかったのに、なんで戻ってきちゃうかなぁ……しかもそんな半端者ばっかり引き連れて!」


 それにしても……雰囲気とシャオの反応からしてラオフェンの暗部の一員だと思う。


 獲物を相手にペラペラと。


 前世で見たことがある暗部の人間って、機械的に目的を果たしに来るのばかりだったからちょっと新鮮だ。


「そこまで……そこまで、わしを……!」

「どういうペテンを使ったのか、飛竜船でアルヴェリアまで行こうだなんて……ほんっとふざけんなって感じ。こうなったらもう始末しちゃうしかないよねぇ~?」

「おまえら、戦闘準備にゃ」

「うん!」


 狐獣人の女から殺気が漏れる、同時にノーチェとスフィが抜剣して、少し遅れてフィリアが続く。


「乗船時間までは……まだ結構余裕あるかな」


 太陽の位置からして時間はある。


「アリスちゃん、なんでそんな余裕なの?」

「打てる手は打ってあるから?」


 ぼくだって対策もせずだらだら出発まで過ごしていた訳じゃない。


「というわけでさぁ、ちょっと死んでよ"半獣"ども」

「こんな町中でそんなことしたら、絶対騒ぎになるにゃ!」

「アハハ! 大丈夫、底なし沼の中からガキの死体があがるなんてよくあることだからぁ」


 なるほど。


 どうして往来で仕掛けてきたのかと思えば、さっさと制圧して沼に鎮める算段だったのか。


 確かに町中で殺傷事件を起こすよりはリスクは小さい。多少の怪我は問題ないとして、気絶した子供5人を連れ去るくらいは……いや結構難易度高くないか。


 ひとりふたりならまだしも、メチャクチャ目立つのでは。


「喋りすぎだ、俺達の目的はカム家の汚点である半獣1匹」


 流石にペラペラ喋りすぎたと判断したのか、脇道からぼくから見れば和装をした大柄な犬獣人の男が出てきた。


「目撃者よ、消さなきゃダメじゃない?」

「半獣の言葉など誰も聞きはしない」

「獣人から聞くとは思わなかった、そのセリフ」


 まるで西側の普人至上主義者みたいだ。


 ラオフェンではそうなのかもしれないけど、ここは大森林の獣人連合にもっとも近い国。


 当然ながらそんな差別は通じない、何よりぼくは錬金術師。


 こんなのでも、発言力はそこらへんの大人より強い。


 既に目論見は崩れている。


「あたしら同じ獣人じゃにゃいのか」

「同じぃ!? 半端者と一緒にしないでよ! しかも黒髪なんて、気持ち悪い!」

「我らは誇り高き純血種。太祖、月の神獣に連なる者。貴様らがごとき人モドキと一緒にするな」

「ッ……!」


 良いやつも嫌なやつも混在していて当たり前。種族全部が同じ考えを共有してる、それは個体じゃなくて群体だ。


 多様なメディアに触れて頭で理解していたことけど、実際目の当たりにすると結構ショックな部分もある。


 そういう意味でも、パドルたちには感謝したい。


 おかげで奴らの言う純血の獣人が"こんな奴ら"ばかりじゃないって知ることが出来たから。


「それよりも喋りすぎだ、人通りが増える前に片を付けるぞ」

「わかってるわ……よっ!」

「あぶないっ!」


 狐獣人の女が長い袖口から短いナイフのようなものを飛ばしてくる。


 シャオを狙って放たれた短剣を、スフィとノーチェが剣を使って弾いた。


 そのうちひとつを回収して観察する。


 形状的には細長い鏃だけのような投擲武器、なんていうんだっけ……たしか、えーっと。


「ヒョウ」

「アリスどしたの?」

「今完全にシャオ狙いだったにゃ! 真面目にやるにゃ!」

「変な鳴き声だしたわけじゃない」


 ヒョウって呼ばれる中国手裏剣だ、刃は先端の一部だけにつけられていて……僅かに濡れている。


「『解析アナリシス』」


 神経毒の一種、筋弛緩剤に使われる植物毒か。


「刺さると身体が動かしにくくなる毒が塗られてる」

「えー! ずるい!」

「卑怯なやつらにゃ!」

「はっ! 戦いに卑怯も何もないんだよぉ~!」


 フィリアの盾の影に隠れてしげしげと手裏剣を観察していると、暗殺者の戦い方を非難しはじめた。


 ……気持ちはわかるけど、それあんまり言われるとぼくが今後戦いづらくなる。


「おぬしら……わしはいい、逃げるのじゃ」


 戦闘がはじまってすぐ、やっぱりショックだったのかシャオの口から弱気が漏れた。


「何言ってるにゃ!」

「じゃが、こんなの、おぬしらまで巻き込むわけには!」

「この程度、リスクでもなんでも無い」


 とっくに巻き込まれているし、事情を聞いた時点で多少の厄介事は想定済み。


 見捨てる理由になんかなりはしない、何よりも……。


「そうにゃ、それに――!」


 そこで言葉を切ると、ノーチェは深く息を吸っていつかと同じような……。


 いや、あの時よりずっと力強い表情を浮かべて言った。


「あたしら、ダチは見捨てないにゃ!」

「そーゆーこと!」


 ノーチェとスフィの言う通り、"そういうこと"。


「私たち、友達でしょ?」

「おぬしら……」

「ほら、一緒に戦うよ」


 こいつら程度、危機でもなんでもない。

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