忍び寄る

 出発予定まであと10日という話をしたところ、パドルたちはそのくらいなら屋敷に居ていいと言ってくれた。


 条件としては冒険者としての仕事の手伝い。


 パドル率いるCランクパーティ『疾駆する猛獣』が受けているのは近隣の湿地帯での魔獣の間引きや採集。


 ノーチェたちにとっても貴重な経験を積ませて貰える渡りに船のもの。


 ぼく以外のメンバーは喜んで依頼に同行し、気づけばハイドラに辿り着いてから3日が過ぎた。


「アリス、その、なんか困ってないか?」

「何かあったら言えよ?」

「大丈夫、ありがとう」


 スフィたちと一緒にいる時はいいんだけど、それ以外の時に少し困った事が起こりつつある。


 ぼくは基本的に借りている部屋のベッドの住人。


 準備運動に付き合って熱を出し、唖然とされてから屋敷に滞在するメンバーからの接触はあまりない。


 そんな中、果敢にも部屋に見舞いに来る挑戦者が増え始めたのだ。よりによってスフィが居ないタイミングを見計らって。


「ほら、肉買ってきてやった」

「こっちのほうがうまいぞ!」

「今は、あまり食欲がないから。気持ちだけもらう」


 心配してくれるのは嬉しいんだけど、男の子たちがぼくの部屋に押し寄せると他の女子とスフィたちがバチバチするんだよね。


 かといって無碍にする訳にも行かず、何とも言えない気持ちで過ごしている。


「あ、そっか」

「悪かった、じゃ、なんかあったら言えよ?」

「うん」


 耳としっぽをしょげさせて、持ってきてくれた食べ物を持ち帰る男の子たち。


 切ない後ろ姿にわずかばかりの罪悪感を覚えていると、入れ替わりにリンダが顔を出した。


「モテモテね」

「……」

「ま、あんまり気にしないほうがいいわよ。見慣れない可愛い子に浮足立ってるだけだから」


 リンダは部屋の水差しを替えにきてくれたようだ。


 ベッド脇に置かれた中身の減ったものと、手にしているものを入れ替えるのを横目で見る。


「スフィちゃんのガードが硬いお姫様に、なんとかしてお目通り願おうって魂胆よ」

「心の底からげんなりする」


 何が困るって、か弱いお姫様扱いされることだ。


 普人の子供の中に居た時にはありえなかった現象に困惑が止まらない。


 こんなにもタフでワイルドな狼を体言してるのに、どうしてお姫様扱いされてしまうのか。


「スフィならまだしも、ぼくの一体どこがお姫様なのか」

「狼人であなたみたいにか弱くて、しかも当たりの柔らかい娘って珍しいからねぇ。少なくとも私は見たことないわ」

「結構強くあたってるつもりだけど……」

「普通あんな丁寧な断り方しないわ、お姉さんでも柔らかいくらいよ」


 お姉さん、すなわちスフィ。


 断り文句は基本的には「いらない!」「やだ!」「あっちいけ!」だ。


 え、あれで柔らかいの?


「ぼく、どう見えてる?」

「か弱くて可憐な、おしとやかなお姫様……かしら? 犬人からみても凄く美少女だから安心していいわよ」


 そんなばかな。


 くすくす笑いながら部屋を後にしたリンダを見送って、ぼくは愕然と自分の手を見下ろすのだった。



「この世界は狂っている」

「お熱まださがってないね、ちゃんと寝ようね?」

「また体調悪化しはじめてにゃいか?」


 夕食後、借りている部屋でぼそりと嘆くと即座に体調チェックをされた。


「そうじゃなくて、何故ぼくがお姫様扱いをされるのか、おかしい」

「わしも気になっておった! なぜわしじゃなくてアリスなのじゃ!」


 パーティの中でシャオだけが同意してくれた。


「アリスはかわいいもん」

「同じ顔にゃ、自画自賛にゃ」

「アリスちゃん、放っておけない雰囲気あるから、わかるかも」


 解せない、非常に解せない。


 いい加減自分の評価を覆してもいい頃なのではと思い始めた。


「タフでワイルドなところをみせつけようかなやんでる」

「どうやってにゃ?」


 どうやってって、それは……それは?


「……この巨大樹をぶったぎる?」

「意味わからんのじゃ」

「最悪叩いてでも止めるにゃ、こいつは不可能なことは口にしないにゃ」

「アリス、やったら"めっ"だからね!」


 自分でも発想がわけわからないからやらない。


 可否については手段を選ばなければたぶん、いけるかな。


 生木に錬成は効かないけど、爆薬を駆使すればあるいは。


「シラタマとフカヒレに穴を作ってもらって、きちんと計算して爆薬をしかければ……」

「アリスほら、はみがき終わってるしねんねしようね? おねーちゃんいいこいいこしてあげるから」


 だからやらないってば。


「そういえば、例の件どうなってるにゃ?」


 少し強引にノーチェが話題を切り替えた。


 シャオ以外には後をつけられたことと、相手の目的の予想は話してある。


 当人に話していないのは、ショックが大きいだろうっていう配慮からタイミングを考えているせいだ。


「まだ、動くとしたら出発日だとおもう」

「何の話じゃ?」

「落ち着いたら話すにゃ」


 騒ぎが大きくなるのを嫌がっているのか、尾行している相手は様子を伺っているだけで仕掛けてはきていない。


 だけど、飛竜船に素直に乗せてくれるとも思えない。


 念のため対策は進めているし、近い内にシャオにも話さないと。


 出発の日は着実に近づいていた。

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