武器

 ぼくたちがお土産を抱えてパドルたちの屋敷に戻ると、ノーチェたちは既に帰還しているようだった。


「ただいまー!」

「おう、おかえりにゃ」


 ノーチェの格好は少し汚れているけど、怪我はない。


「……どうしたの、それ」


 ただ、ちょっとボロボロになった男の子たちを従えていた。


「ノーチェすげぇよ」

「マジつええ」

「ちょっとあたしが強すぎたにゃ」


 パドルの仕事についていったはずだけど、かなり活躍したみたいだ。


「ちょっとびっくりよ、子供のレベルじゃないわ」

「戦闘力だけならDランクの上位だな、正直驚いている」


 ノーチェのことをそう評したのは、リンダと豹のような獣人の男性。


「もうちょっと上じゃないのにゃ? その姉ちゃんにも勝ったにゃ」


 ぼくとしては妥当なところだと思ったけど、当人は不服のようだった。


「あれはその、油断したのよ……」

「事実だが言い訳にしか聞こえんな」

「う゛っ、うっさいわね!」


 リンダが負けた理由はシンプルに油断、強いと言っても『子供にしては』と無意識で解釈していたせいだ。


「でも勝ちは勝ちにゃ」

「勝ちは勝ち、純然たる事実だが"実力勝ち"と履き違えてはいけないということだ」

「アリス、わかる?」

「んー……例えば、ぼくならこの場の全員問答無用で秒殺できるけど、それはぼくが強いからじゃないってこと」

「お、大きく出たのじゃな」


 いや、錬金術で足を拘束してからビームライフル横薙ぎで終わりだから。


 他にもシラタマやフカヒレの加入で使えるようになった偽典神器のぶっぱがある。どちらも残弾があるから気軽に撃てないけど。


「勝敗と実力は別ってこと」

「その通りだ」


 例え格上相手でも戦術と対策を徹底すれば勝ちは取れる、でもそれは実力で上回ったことの証明じゃない。


 地力という意味じゃ、ぼくから見てもノーチェはリンダにはまだ及んでない。


 油断しきった相手に加護有りで、ほとんど不意打ちに先制を取れたのに普通に逃げられた挙げ句、攻撃にも対応されてたからね。


 お互い訓練用の木剣でもう一度戦えば……やっぱり負ける可能性が高いだろうなぁ。


「何より、武器の差が大きすぎたからな」

「そう! その剣! 一体どこで手に入れたの!?」

「拾ったにゃ」

「どこで!?」

「えーっと……なんかこう、ふわふわしてるのが落としたにゃ」

「ふわふわ!?」


 嘘が下手か。


 当然というべきか武器の出どころに食いついたリンダに、ノーチェが冷や汗をかいている。


「あまり突っ込むな、この子たちも冒険者だ。言えないこともあるだろう」

「わかってるけど……ぐぬぬ」

「武器といえば、スフィ」

「うん? あ、わかった」


 一瞬首を傾げたスフィが、ぼくを下ろした。


 ぼくが背負っていたマチェットを受け取り、リンダの元へ歩いていく。


 ぱっと見で彼女が使っていたのと遜色ないのを選んだけど、あんなので銀貨18枚とかナメきってる。


 仲間が買ってきたら叩き折ってスクラップ材にするレベルだ。


「はいこれ、ノーチェが壊しちゃったからお詫び」

「え? ……ありがとう、無理しないでもいいのよ?」


 手にしたリンダが布を外し、取り出したマチェットを軽く振って刀身を確かめた。


「これ、もしかして壊れたのと同じやつ? ちょっと、お金どうしたの!?」


 記憶にあるのとできるだけ近いのを選んだけど、どうやら同じ鍛工の作らしい。


 一般的な武器屋に並んでるのは、目玉商品を除けば鍛工や工房の見習いが練習がてら打った物が大半だと聞いてる。


 それよりランクが上のものになると名工の真打ちとか、工房直営店でのオーダーメイドになる。


 パナディアで冶金学部の人たちに、「おめぇの満足できる武器は"普通の武器屋"にゃ置いてねぇよアホンダラ」「自分で作れよぉ、作っちまえよぉそのちっけぇ腕でよぉ畜生」と酒瓶片手に絡まれた時に聞いた。


 真っ昼間の仕事中に顔を出したばっかりに、進行管理マネージャーの人には悪いことをしたなぁ。


「どうしたのじゃ、急に空を見上げて。なんかおるのか?」

山人ドヴェルクってめんどくせぇなって」

「のじゃ?」


 視線を前に戻すと、スフィとノーチェが顔色を変えたリンダに絡まれたままだった。


「いくら何でも子供から巻き上げるような真似出来ないわよ! 壊れたのだって私の油断が原因だし!」

「壊したのはノーチェだもん、べんしょーはちゃんとしなきゃ」

「う、そうにゃ。金の心配はいらないにゃ、だから受け取るにゃ」

「そんな気軽に言える額じゃないの! これ1本で銀貨20枚近くするのよ!?」

「そんなにしたにゃ!?」

「うん、18枚だった」


 スフィは動揺してないけど、額を把握してないノーチェまでオロオロしはじめた。


 パナディアの露店で稼いだお金があるし、ほんとに心配しなくてもいいんだけど。


「それで18枚って、この剣っていくらするにゃ」

「いかな名工の作かは知らんが魔道具だろう? 頑丈そうだし子どもが扱って鉄を断つ切れ味もある。売るなら大金貨何枚の世界だ」

「にゃ!?」


 素材や技術に遠慮も自重しなかったからね。


 冶金学部の人たちにも散々言われたし、そこらの名工に負けないくらいの自信はある。


「じゃあスフィのも?」

「これ?」


 ふたりには武器に振り回されず、すぐに使いこなせるくらいの才能があると信じてる。


 信じてるけど、不用心に人に見せるのは勘弁してほしい。


「こちらもまた見事な……本当に一体どこで」

「え、えっとね……」

「西側大陸に居た頃、獣人狩りに追われて遺跡に逃げ込んだことがある」


 嘘が苦手なスフィたちがしどろもどろになり始めたところで、仕方なく助け舟を出した。


 どう見ても庇護対象のぼくが、ノーチェたちを差し置いて前に出るのは不自然だから避けてたんだけど。


「もしかして、お金も?」

「内緒ね」

「そっか……それは中々おおっぴらに言えないわね」


 取り敢えずそれっぽく要点をぼかしたおかげで勝手に納得してくれたけど、ふたりにはそれっと流す方法を覚えてほしい。


「……そういうことなら、飛竜船も武器の件も納得したわ。ありがたく受け取らせて貰うから」

「お、おう、そうしてくれにゃ」


 ようやくリンダが納得したところで、ノーチェが胸をなでおろす。それからぼくの方をちらっと見て親指を立ててきた。


 わざとらしく耳をぴくぴくと動かして応答する。


「……あれ? そういえばフィリアは?」


 そんなやり取りをしていると、スフィが休んでいる子どもたちを見回してから首を傾げた。


 そう言えば居ないな、いつもならノーチェと一緒に居るんだけど。


「あぁ、あいつにゃら沼にはまって、井戸で泥落としてるにゃ。怪我はにゃいから心配いらんにゃ」

「ぷっ、ははは! なんじゃ、フィリアも結構ドジじゃのう!」


 元祖沼嵌り女王が何か言っておられる。


 何はともあれ、怪我がないなら良かった。

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