「食感がね、なんか、不思議?」

「うん」


 屋台飯にしてはちょっと高いラゾラゾ串を買って、ぼくたちは街中をのんびりと歩いていた。


 触った感じはぷるんとしてるんだけど、噛んでみるとゼリーの中にしっかり肉の繊維を感じる。


 それも舌で潰せば簡単にほどけて、まるでよく煮込まれたシチューの肉を思い起こさせる。


 トロトロチャーシューの串焼きみたいでこれは美味しい、と言いたいところなんだけど……。


「……スフィね、味がね」

「ぼくも厳しい」

「やはりちょっと固いのじゃ」


 いつもは元気いっぱい、たくさん食べるスフィのテンションが低い。


 タレがね、フルーツベースなんだ。それも甘酸っぱい方に寄った。


 シャオの出身地であるラオフェンはシーラングの南にある都市国家。国土の多くは湿原から外れているようだけど、交易の関係からシーラングの食事にも慣れているようだ。


 不味い訳ではないけど、この触感と味付けは脳が混乱する。


 出汁入りの醤油で煮込んだチャーシュー風なら文句なくごはんが進んだのに。


 それはそれでお米が欲しくなって悲しい思いをしそうだけど。


 手に入らない以上は限りがあるので、ストックを考えると米や調味料を無遠慮には使えない。


 今度やり方聞いて自分でさばいてみようかな。


「ジュリ」

「……いい天気だね」

「そうだねー」


 頭の上で大福状になっていたシラタマが短く警告音を発した。


 耳をピンと立てて周囲の音を探る。雑踏の中でわかりにくいけど……離れた位置に異様なほど静かな足音がふたつ。


 スフィに声をかけて空を見上げると、それに応じて歩く速度が落ちる。


 ……静かな足音が、ぼくたちに合わせるように速度を落とした。


 今日は体調がいいし、スフィに背負ってもらってるから集中が出来る。


「こっちは飯屋ばかりじゃな、武器屋のいちはわかっておるのか?」

「スフィはわかんない、アリスは?」

「……」


 一度捕捉してみれば、わかりやす過ぎるほど手慣れた人間の音だった。雑踏の中でその部分だけぽっかり空いていると感じるレベルで静かだ。


 普通の人間なら音が混じって気づけなかったから、ある意味では助かったけど……。


 プロであることが判明して余計厄介になったとも言える。


 どこだ、教会か?


「この街は居酒屋、市場、露店、職人店で通りが分かれてるみたい、職人店はふたつとなりで居酒屋通りの裏」

「結構遠いのじゃ」

「じゃあちょっと急いだ方がいいかなぁ?」


 通称酔いどれ通り、ぼくたちが街に入ってすぐに迷い込んでしまった道だ。


 出入りする冒険者や仕事終わりの人間が寄りやすいようにか大通りに近く、子どもが迷い込むことが少なくないらしい。


 お昼を過ぎているし、この時間帯だと人通りは少ない。


 刺激しない程度に動きと目的を探りたい。


「シャオ、競争しよ!」

「ふはは! わしを舐めすぎなのじゃ! 妹を背負って勝てるほど甘い狐ではないのじゃぞ!」


 体力を持て余しているスフィに応じて、意外と活溌なシャオが走り出す。


 元気いっぱいなのはとても良いことだけど、ぼくを背負ってることを時々でいいから思い出してくれたら嬉しいな。



「ぜぇー……ぜぇー……かひゅー……まっ、ぜぇっー」

「シャーオー! おそいよー!」


 図らずも追跡者の目的をある程度把握することが出来た。


 本当に偶然なんだけど、スフィが猛ダッシュをはじめてシャオを引き離してから、マークが外れたのだ。


 ついてこれなかった、なんてことはない。


 何故ならシャオが体力切れで置き去りにされるまでピッタリついていたのだから。


 流石に焦ったように足音が慌ただしくはなっていたけど、市場通りから職人通りの距離までなら問題なく追って来ることができるだろう。


 スフィは確かに脚が速いけど、単純な速度で言えばノーチェやシャオとそこまで大きな差はない。


 鍛えている人間なら、大変ではあるけど追いつくのが無理な程でないだろう。


 つまり、追跡者の目的はぼくたちじゃなくシャオにある。しかもそれなりに人通りが多い道を、疾走する子どもを見失わずに追うことが出来るレベル。


 トップギアを長時間維持できるスフィの強みも、こう障害物が多くて足場の凹凸が激しい地面じゃ活かせない。


 本当に厄介な話だった。


 幸いなのはすぐに仕掛けてはこないことだろうか。


「ど、どんな体力、しとるんじゃ」

「からだあったまってきたくらいだもん!」


 スフィの到着から数分ほど経ってようやく辿り着いたシャオ。ミニスカ袴から伸びた脚ががくがくと震えている。


「じゃあ第2ラウンドね!」

「スフィ、待って」


 ふんすふんすと鼻息荒く、第2ラウンドへ駆け出そうとするスフィを止める。


「さすがに危ないし、ぼくが限界」

「あー……そっかぁ」


 市場通りから職人通りまでの道は人は多けれど道に荷物は少なかった。


 だけど店の多いここから先は道に積まれている荷物も多いし、かさばる装備を身に着けた冒険者も多くなる。


 猛ダッシュを許すわけにはいかなかった。


「どんな、体力、しておるのじゃ……」


 あと、シャオの顔が絶望に染まりかけていたので。


「かけっこはもっと開けた場所でやろう」

「うん!」

「ノーチェはよくもまぁ、これについていけるのじゃ」

「あれはもう意地」


 スタミナがある側だとはいえ、スフィに張り合っていけるのは意地で無理矢理ついていってるうちに限界突破したというか。


「わしはもうへろへろなのじゃ……」

「はやく代わりの武器買って帰ろう」


 ぼくも振り回されて疲れたし……合流したのを確認したのか、気配は遠ざかっていったし。


 それからは適当な武器屋に入り、物凄く割高に感じる品物の中で一番"マシ"な山刀を買って帰路についた。


 シャオが狙われた理由は……普通に考えれば明白だ。


 獣人差別の激しい西側へ放り出した厄介者が船に乗って戻ってきた……様子を伺うには十分すぎる。


 ラオフェンの有力者が放ったと仮定して、相手が一番嫌がるのはなんだろう。


 ひとつ、ラオフェンに戻ってくる。これはいくらでも対処出来るから、そこまで警戒はしないだろう。


 ひとつ、自分の身に起きた出来事を吹聴される。嫌がりはするだろうけど……これも違う気がする。


 たしかシャオの味方だったのは、国家元首である彼女の姉とその周囲。


 あちらにとって理想の状況は、元首が帰ってくるまでにシャオが遠くで野垂れ死んでくれること。


 言い訳なんて口裏を合わせれば何とでもなる。家出した……いや、抜け出して迷子になった。


 シャオの性格を考えれば不自然ってほどでもない。それで誤魔化しているうちに"どうにか"なってくれれば御の字といったところ。


 祭りは年末に行われるってことだし、他国との交流を考えても帰還まで1年以上。ついでにベストタイミングでの誘拐事件。


 ぼくたちが関わっていなければ、とっくに無事じゃなくなっていただろう。


 それが他の獣人の子どもと帰ってきて、後ろ盾のない子どもならまず使えない飛竜船でアルヴェリアへ行こうとしている。


 これはちょっと、厄介なことになるかもしれない。


 できれば余計な騒動が起こる前に飛竜船に乗ってしまいたい。


 ……なーんて希望が叶わないことは、流石にもうわかっていた。

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