朝練

 好意に甘えて一晩泊めて貰った翌日、パドルたちの拠点の食堂を借りてぼくたちは今後の行動を話し合っていた。


「必要なのって何にゃ?」

「貨物船じゃなく客船で行くから特に無いよ、船と一緒」


 飛竜船での旅は船旅よりずっと短い。


「えーっと……大森林北部にあるガレリアで乗り換えて、アルヴェリアの隣にあるユストヴァルって国へ。そこからアルヴェリアの首都『聖都アヴァロン』へ直通でいける」


 権利の関係か船の路線が複雑なのだ。


 アルヴェリア国内に"入るだけ"ならこのまま直通で行けるんだけど、首都へ行くには乗り換えで一度別の国に飛ぶことになる。


「面倒だにゃ」

「ショートカット出来る距離を考えればね」


 徒歩で行くなら大森林横断で最低数ヶ月、そこからアルヴェリアまで順調かつ最速にすすめても1年以上。


 それを数週間にまで短縮出来るのは大きい。


「……まさかとは思うけど、飛竜船使うつもりなの?」


 朝食の肉の腸詰めをカジリながら、リンダが怪訝そうな顔をしてこちらを見た。


 周囲には獣人の子どもがぼくたちをちらちらと見ている。起きたら居た新しい子どもが気になっているようだった。


「そうにゃ」

「いくらかかるか、わかってるの?」

「アリス、いくらかかるにゃ?」

「ここからアルヴェリアまでなら、ひとり金貨7枚」


 ぼくは気軽に使うつもりでいるけど、基本的に飛竜船っていうのは庶民が気軽に使う移動手段じゃない。


 話を聞く限り飛竜船を使う気満々のユテラのお父さんは、実は結構なやり手商人だったんだろう。


 宿の内装やサービスに関しても趣味の要素が大きそうだったし、地球で言う所のアーリーリタイアに近かったのかもしれない。


「なっ……!?」

「そ、そんなに高いの!?」


 なんでノーチェとスフィが驚いてるのか。


「普通に使うならね」


 しかしぼく自身が錬金術師ギルドの正会員で、更にはパナディアの錬金術師ギルド長の紹介状がある。


 竜こそアルヴェリア貴族の協力を得ているけど、船体の製造と整備を担当しているのは錬金術師ギルドの総本山。


 当然ながらギルドの正会員には優遇措置が存在する。


「ぼくは錬金術師だから、お供枠で3人まで金貨3枚で一室使える」


 もちろん優先順位はあるけど、そのための紹介状だ。


 小声で耳打ちすると、ノーチェたちがあからさまにホッとした様子を見せた。


 今の所持金だと流石に全員分を素の料金で払うのは厳しいからね。


「うちに暫く居ていいから、悪いこと言わないからやめときなさい。錬金術師ギルドは閉鎖的よ?」

「お、おう、考えとくにゃ」


 リンダのため息混じりの言葉に、ノーチェたちが何とも言えない顔をした。


「あの姉ちゃん、あんなこと言ってるけど……」

「おじさんたち、優しかったよね」

「うん」


 こそこそ話すスフィたちを横目で見ながら、ぼくとしてはリンダの言葉に同意していた。


 錬金術師ギルドは閉鎖的と言うか、秘密主義と表現する方が近い。


 別に人当たりが悪いわけじゃないけど、誰でも受け入れる懐の深さがあるわけでもない。


 ぶっちゃけここまで良くしてくれているのは、ぼくが錬金術師……つまり身内だからだ。


 性格や能力的に錬金術師に向いていないからか、獣人の錬金術師は皆無に近い。


 どうしても距離感が出来てしまう以上、リンダたちの錬金術師に対する印象が悪いのも無理はない。


「そういえば、そいつらも冒険者なのにゃ?」

「そうよ、パドルが拾ってきたうちの"クラン"の見習い」

「クランってなんにゃ」

「大規模パーティみたいなもの、かしら」


 明確な基準があるわけじゃないけど、所属人数が2人以上でパーティ、8人を超えるとクラン登録することが推奨されるんだっけ。


 要するにパーティが複数集まって作られるルド未満の共同体。


「何あの子たち」

「お前たちも冒険者なのかよ?」

「つええのか?」

「……やべぇ、超かわいい」


 さっきからぼくたちを気にしてた子どもたちが、話題に上がってにわかに騒ぎ始めた。


「は、あたしら超つええにゃ」

「スフィたちはつよいよ!」

「わ、わしだって!」

「えっと、えっと」


 年齢の近い子たち相手に張り合ってみせるノーチェたちに、あっち側の男児がムッとした気配を出しはじめた。


 獣タイプから人タイプまで、みんな対抗意識バリバリだ。


「あ、ぼくは無力ね」


 運航している飛竜船の数はそんなに多くないし、錬金術師ギルドで確保している特別室を使う以上は飛び入りで乗れる訳でもない。


 空港の管理局に予約を通して、その便が来るまで街で待機。


 どうせ数日は暇を持て余すことになる。


 じゃれあう事になりそうな空気なので、巻き込まれる前に事前に伝えておく。


「……丁度朝練の予定だったし、ちょっと見てあげるわ」


 火花がバチバチしはじめたところで、様子を見ていたリンダが苦笑しながら立ち上がる。


「新しい子がくると、いつもなのよね」


 妙に慣れてる雰囲気だなと思ったら、恒例行事だったようだ。



「う、うっそでしょぉぉぉ!?」


 リンダはマチェットみたいな形状の刀の二刀流が戦闘スタイルのようだった。


 鍛えているのがよくわかる見事な演舞して見せた彼女が、ノーチェに向かって「遠慮なくかかってきなさい」と言って数分後。


「待つにゃ!」

「むしろそっちが待って!?」


 リンダはノーチェから全力で逃げ回っていた。


 ノーチェに作った新しい太刀、銘は『雷迎ライゴウ』。


 古代の名工が作った武器をベースに、ぼくとしても頑張ったと言える出来になっている。


 猫人特有の俊敏な動きで雷をまといながら高速で走り、リンダに追いついたノーチェが太刀を振りかぶる。


「ノーチェ、待ってダ……」

「えっ!?」

「にゃ!?」


 咄嗟にマチェットで受けようとしたリンダだけど、まるでバターを切るみたいに刀身を断ち切ってしまった。


 幸い怪我はないみたいだけど、完全にやりすぎだ。


「あ、ご、ごめんにゃ」

「………………」


 慌てて攻撃を止めたノーチェに謝られながら、リンダは刀身半ばでスパッと切り落とされた自分の武器を眺めている。


「これ、ハイドラの武器屋で……高かったのに」

「あー、あー……悪かったにゃ、マジで」


 リンダはもちろん、眺めていた子どもたちも呆然状態。


 ついさっきまで『どんなもんか見てやろう』っていう闘志満々だったのに、一部の子はしっぽが股の間に挟まっている。


「ノーチェらんぼー!」

「うるさいにゃ!」


 ノーチェが今まで対峙してきた人間の冒険者って、本気でやっても一歩届かないような実力者ばっかりだったからね。


 ぼくの見立てだとリンダは"普通の"ギリギリCランクといったところ、武器を加味すればタイマンでもノーチェのほうが強い。


「オー、やっちまったなァ、リンダ」

「ぱ、パドル!? この子たち何なのよ!?」

「言っただろォが、強えってよォ」


 裏庭の入り口で眺めていたパドルが呆れたようにつぶやいた。


 クランリーダーとしてギルドまで仕事を貰いに行っていたそうだけど、リンダが逃げ始めたあたりで戻ってきていた。


 この人もCランクらしいけど、実力的にはBに近しい感じがする。


 こっちとやってたら、ふたりがかりで何とかってくらいかなぁ。


「どうしよう、武器が……」

「……その、アリス」

「……弁償はしよう?」 


 泊めて貰って食事も貰って、武器まで壊して流石にスルーは出来ないもんね。

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