魔王
「パドル、あんたまた子ども拾ってきたの?」
「こんな時間にガキが酔いどれ通りほっつき歩いてんだァ、無視できるわけねェだろうがよォ!」
やっぱり宿は既に満杯だったようで、ぼくたちはパドルに頼ることになった。
彼らはハイドラに拠点として屋敷を持ってるみたいで、そこの空き部屋を貸してもらえる事になった。
「全くしょうがないわね……」
案内されてやってきた住宅街の中にある屋敷に入ると、ゴールデンレトリバーに似た頭部の獣人女性が出迎えた。
非常にガラの悪い言動に対して、パドルは行き場のない獣人の子供を拾ってくるのはよくあるみたいだ。
お世話になることもあって、ぼくたちは自分たちの事情を話すことにした。
「あなた達、どうしてハイドラに?」
「あたしらアルヴェリアを目指してるにゃ」
「西のね、ラウドからきたんだよ」
「嘘でしょ、子供だけで!?」
「よく生きてたなァ、てめェら」
ノーチェとスフィが、食堂で貰った白湯に口をつけながらこれまでの旅を語る。
聞き終えたところで、リンダという名前らしい犬獣人の女性が口をあんぐりと開けてうなり始めた。
ラウドからここへは岳龍山脈を越えるにせよ、海路でシーラングに渡るにせよ結構な旅だ。
「ま、あたしらの実力にゃ」
「永久氷穴を横断するなんて、プロでも4パーティにひとつは壊滅するわよ……」
実際は直進どころか最深部までいったんだけど、そんなの話したところで信じて貰えないので黙っている。
「ってことはこのまま森抜けんのかァ? よくねぇなァ」
「確かに、特に黒猫の子と砂狼の子たちは」
「何かあるにゃ?」
パドルたちの何となく含みのある言い方に、ノーチェが怪訝そうな顔をする。
ここからアルヴェリアに行くために抜ける必要のある森と言えば大森林。
大陸東側の南部中央にどどんと広がる広大な森林地帯。獣人の色んな氏族が集まって連邦を作っているとか。
「あいつらァ迷信深いというかなァ」
「魔王伝説を信じているのよ」
「魔王にゃ?」
「そ、白虎族の中に産まれた黒い毛並みの子どもが、白虎族を滅ぼしたっていう大昔の話」
リンダが話してくれたのは、獣人族の伝承だった。
白は月の色にして、月に住む大狼の色。
祖神として月の大狼を信仰する獣人たちにとって、白銀とは特別な意味を持つ。
かつてこの大陸にはその色を持つ獣人の一族が居た。
銀狼族、白虎族、銀獅子族、白翼族……。
彼らは神獣の系譜に連なると言われて、誰もが納得するような絶大な力を持っていたという。
白翼族は空を支配していると嘯き、風の神獣の怒りに触れて絶滅した。
銀獅子族は強さに傲り、外海を目指したことで水の神獣に根絶やしにされた。
ここまでゼルギア帝国が興る以前の神代に近い頃、神話のような領域なんだけど……。
「神獣マジでやばすぎにゃ……」
「しんじゅーこわい……」
数分ほどで語られた神話の触りの段階で、獣人以外も含めて5種類の種族と10近い国が神獣によって消されてる。
「精霊の最上位と考えれば納得しかないのじゃが」
ぼくたちの中では一番精霊と近しいシャオが全く動じて居ない辺り、推して知るべし。
「でもシラタマちゃんも、フカヒレちゃんもいい子だよ?」
「あれはどう考えても例外じゃろう」
フカヒレはそうでもないけど、確かにシラタマに関しては気軽に街や村を消そうとする傾向はある。
「シャルラートもわしには優しいが、他の人間には冷たいのじゃ。アリスへの態度はかなりおかしいのじゃが」
「聞かれてるけどいいの?」
「のじゃ!?」
小声のつもりで実際小声なんだろうけど相手は獣人。たぶん普通に聞こえてる。
「……精霊術士の子がいるのかな? だったら抜けられたのも納得かも」
「まぁ、弱そうだとは思えなかったけどなァ」
テーブルの上に残っていた骨付き肉をかじりながら、パドルがぼやいた。
弱者だとは思ってなかったようだけど、子どもだけで歩いているのを見て純粋に心配してくれたみたいだ。
言動の割に本当に面倒見の良い善人っぽい。
「こほん、続けるね。そして数が減っていき、最終的に残ったのが銀狼族と白虎族だったの」
仕切り直して、話は続けられる。
神代において多数存在した白の一族はどんどん数を減らしていき、冬の時代には銀狼族と白虎族を残すだけになった。
因みに歴史学において、神々が地上に君臨していた時代を『神々の時代』、『神代』と呼ぶ。
神々の時代に誕生した魔族の王、魔王によって神々が淘汰され神界に追放された後が『魔族の時代』、あるいは『冬の時代』。
魔王の支配の中で各種族の英雄が集って反旗を翻し、ゼルギア帝国を作った『暁の時代』。
ゼルギア帝国崩壊後、それぞれの種族や氏族が覇を競うことになった群雄割拠の『鉄の時代』。
そしておおよその戦いが終わり、国同士が拮抗してある程度安定した情勢を保っている今が『凪の時代』。
「ゼルギア帝国が発足して少しした頃、大森林を治めていた白虎の一族に黒い毛並みの子どもが産まれたそうなの」
ゼルギア帝国は各種族に自治を認めていたのは記録にも残っている。
当時の人間にとって黒と言えば魔族の色。冬の時代の爪痕深い時期だっただけに、迫害は苛烈だったそうだ。
「その子はずっと虐げられて、王の氏族なのにまるきり奴隷のような扱いをされたんですって」
よくある童話のようにマイルドな表現にされていたけど、翻訳するなら相当に胸くそ悪いことをしていたようだ。
尊い白とは違う、下賤で醜い黒い色の劣等種。そんな扱いを受け続けることに、その子はとうとう耐えられなくなった。
「その子は想像を絶するようなとてつもない力を秘めていた、ある日彼の怒りは爆発してしまい、そして……」
力に目覚めたその黒虎は白虎の戦士達を1人残らず屠り、結果的に白虎族は絶滅した。
「この湿原はその時の黒虎の力で出来たんですって、大昔は大陸南部は普通の草原だったんだって」
「アルヴェリアの長老連中から聞いたァ、おとぎ話だがなァ」
その話が本当なら、数百キロメートルにも及ぶ地域の気候を数千年単位で変貌させたことになる。
「……白虎の戦士ってどのくらい強いにゃ?」
「今は残ってないけど……冒険者で言うなら最低Bランク、Aランクも珍しくなかったでしょうね」
「金虎族でも相当な猛者揃いだからなァ」
Aランクもピンきりと言えど、最低ラインは一騎当千。
それが何人も居てあっさり全滅してしまうあたり、魔王という存在のやばさがわかる。
「それ、どうやって倒したの?」
「どこかに消えちゃったんだって」
「神獣は何もしなかったにゃ? それこそマジギレしそうにゃんだけど」
「キュピピ」
ぼくの頭の上で大福みたいに伸びていたシラタマが小さく鳴いた。
思わずぼやいたって感じだけど、翻訳するなら……。
『あいつらそんなことには興味ない』だろうか。
「神獣の考えなんてわからないわよ、わかってるのは禁忌にさえ触れなきゃ何もしてこないっていう事くらい」
「禁忌にゃ?」
「海の果てにある青い線を超えてはならない、月を目指してはならない、大地を焔の海に届くまで掘ってはならない……とか?」
明らかにやばい存在である精霊や神獣に対してさほど驚異を感じておらず、魔王こそ最も身近な脅威として語られている理由がこれみたいだ。
基本的に彼らのルールに抵触しなければ何もしてこない神獣と精霊に対して、魔王は積極的に人間を害しに来る。
地球では憎悪から生まれた人型のアンノウンに多かったタイプだ。
「……そんなわけで、大森林では黒い毛並みが忌避されがちなのよ」
「俺たちゃアルヴェリア出身だから、関係ねぇけどなァ」
「ふぅん、そうにゃのか」
「ノーチェちゃん……」
話を一通り聞いて、ノーチェが少しだけ落ち込んだ様子を見せた。
この感じだと、大森林には寄らないほうがいいかもしれない。
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