新しい武器

「アリスー、おなかすいたのじゃー」

「冷蔵庫になにかしらの作り置きが入ってるよ」


 404アパートの存在する日本はすっかり真冬。


 ソファの上でもひざ掛けを使わざるを得なくなって、スフィたちは寝る時とお風呂くらいでしか寄り付かない。


 ひとりきりのリビングで設計図を書いていると、シャオが食べ物をねだりに来た。


「おぉ、そうか……自分で用意するというのが、中々慣れぬのじゃ」

「まぁね」


 気持ちはわからなくもない。


 ぼくだって動けない時は頼りっぱなしだし。


「気になっておったのじゃが、おぬし何やっておるのじゃ? ずっと紙とにらめっこしておるようじゃが、あの妙なトカゲでも調べておるのか?」

「あれは藻だった」

「あるじぃ?」

「えーっと……植物、主に海の中に生えるようなの」


 藻類の定義がわからないけど、あれはトカゲの形をした海藻だった。


 あの湿地帯、結構な割合で海水が混じっているのには驚いたけど、動物の形態を取って狩りを行う藻類なんて想像もしてなかった。


 光合成するのに獲物を捕食する必要性があるのはわからないけど。


「サンプルには一般的な微生物と病原体しかいなかった」

「まいく……ぺぁとじぇ?」

「病気の元、危険性は低いってこと」

「なるほどなのじゃ」


 根菜とラムタン肉の炒めものを皿に盛りつけるシャオの背中をちらりと見て、再び設計図に目を落とす。


「うまそうなのじゃ」

「意外と安かったよねラムタン、吊るされてる姿は衝撃だったけど」


 ラムタンはワニに似てると言われてたけど、わざわざ『ワニに似ている』なんてゼルギア語で言われた意味を考えるべきだった。


 まさかワニみたいな外皮と顔でフォルムが鶏だとは思わなかった。


 確かに味は似てたけどさ……。


 買おう買おうと率先して市場に繰り出したスフィたちが困惑したのは言うまでもない。


 もう殆ど小型ナントカザウルスだったよあれ。


「む? ではその紙はなんなのじゃ?」

「みんな……特にスフィとノーチェの新しい武器の設計図」


 パーティの中でもスフィとノーチェの成長速度は突出している。


 お互いに良いライバルができたせいなのか、Aランクからも才能を認められるくらいになってしまった。


 元Dランクのゴロツキから必死に逃げていた頃から、まだ1年も経っていないのに。


 もう『極力目立たないように』なんて悠長なことは言ってられない。


 集まってくる厄介事から自分たちを守れる、相応の装備が必要だ。


 アルヴェリアは旅の目的地だけどゴールじゃない、ぼくたちにとってはスタートなんだから。


「わしの分は……?」

「必要?」

「ひ、ひどいのじゃ! 仲間はずれは嫌なのじゃ!」

「武器で戦ってる所見たこと無いけど」

「うぐ」


 シャオには悪いけど、こればっかりは子供の遊びじゃない。


 あと必要もないのに強力な武器をもたせたら調子乗って振り回したりしそうだし。


「つ、強い武器があればわしも戦えるかもしれないのじゃ」

「行使目的が明確でない力は怪我の源、却下」

「ぐぬぬぅ」


 頬を膨らませても、残念ながらぼくは絆されない。


「シャオ何やってるにゃー、腹減ったにゃー!」

「アリスのこと困らせたらダメだからね―!」

「ほら、呼んでる」

「仕方ないのじゃ……」


 玄関の方から聞こえてくるスフィたちの声を指差すと、シャオは渋々皿を手に野営地側へと戻っていった。


 現在地は広大な湿原の中に作られた木造の野営地、再びテントカモフラージュで404アパートを活用している。


 大きなトラブルもなく、旅は順調だった。



 武器造りと言っても、やるのは改造と調整だ。


 大人用に作られた武器をスフィたち用にリサイズして、術式も書き直す。


 ベランダで雪を見上げながら奇妙な踊りをしているシラタマを横目に、敷いたダンボールの上に氷穴から発掘された武器を置く。


 ゲームだったらミスリルソードと名前がつけられるだろうもの。


 この世界では、金属は人々の幻想と憧憬を集めて別の金属に変質する。


 ダイヤモンドは不滅の象徴たるアダマンタイトに。


 銀は魔術の象徴たるミスリルに、黄金は伝説の象徴たるオリハルコンに。


 こういった代表的なのはもちろん、他にも色々。


 総じて幻想鉱石エピックオーアと呼ばれるこれらは、かなり特殊な力を宿していることが多い。


 オリハルコンとアダマンタイトはともかく、ミスリルは強度的にも銀と同等。


 鉄に混ぜて魔力の伝導率や親和性を高めたり、刻印のコーティングに使ったりと使用経路は様々。


 これが錬金術師ギルドが金銀を始めとする貴金属の錬成方法を確立してなお、貴金属がその価値を保っている理由のひとつ。


 えーっと……まず柄から刀身を外してっと。


「『錬成』」


 パキリと音を立てて、ダンボールの上に置かれたミスリル合金の刃が半ばから折れる。


 次はウーツ鋼の斧を取り出しまして……。


「ふむふむ」


 術式は古いけど……むら無く混ざり、研ぎ澄まされた刃。握りやすいグリップとのバランス。


 まさしく銘品、解析しているだけでも勉強になる。


 一通り観察したら、錬成でインゴット状に分割していく。


 ウーツ鋼、すなわちダマスカスは山人ドヴェルクの間で語り継がれてる伝説の合金。


 山人の国では数百年前までは普通に製法が受け継がれていたけど、出現した魔王によって当時の名だたる名工ごと消し飛んだのだとか。


 そのせいでダマスカスの武器は現存するものだけになり、逸失した製法の復活を掲げてる山人の錬金術師も少なくない。


 国そのものも希少な鉱物が産出される鉱山地帯だったのに、今では大きな湖になってるせいでヒントも少ないと、山人のおじさんたちに聞いたことがある。


 ん、あれ? じゃあこの斧って当時……の……。


「……えっと、じゃベースはダマスカスで」


 何も気づかなかったぼくは、粛々と作業を続けることにした。


 なにもしらない、わからない。


『無知蒙昧たる振る舞いは、時として己を守る盾にもなりうる。人智を超越したこの異常存在に接するならばこそ』


 アンノウン研究者の心得である。



 色々試作したけど、なんとかスフィとノーチェの武器が完成した。


 スフィ用のはダマスカスのショートソード、刀身には魔力を込めると風を放つ事ができる術式を刻み込んだ。


 流し方によって刺突、斬撃、打撃と使い分けられるようにするため、ミスリル合金で立体構造式を作って刀身中央に埋め込んだ。


 ダマスカスでなかったら強度が足りず、剣として使うと折れるものになっていたかも。


 一番苦労したのは魔力の流し過ぎによるオーバーロードの防止処理。プールしておく手段も考えたけど難しくて、結局過剰な分は外に流すようにした。


 スフィの魔力と器用さなら使いこなせると信じる。


 ノーチェ用のは太刀モドキにした。ロマン溢れる日本刀、本音を言えばぼくが使いたかったけど適性がなさすぎる。


 反りのある刀身は厚めに作り、威力と頑丈さを意識した。


 ノーチェの雷にも耐えられるように、杖に使われていた雷霆石を模様代わりに仕込んでいる。


 雷を蓄える事ができ、魔力を注がれると放出する性質がある幻想鉱石のひとつだ。


 通常は雷を別に充填しないといけないけど、ノーチェの加護なら使用と補充を同時にこなせる。


 術式を仕込むと強度に問題が出るし、ノーチェの魔力量なら加護の方に回したほうがいいだろう。


「できた……」


 センスと技術の問題で拵えはシンプルなものになっちゃったけど、ふたりが気に入ってくれるといいな……。


 因みにフィリアの分は本人から「今はこれで十分」と言われたので、盾とメイスによる戦法を習熟したころに作る予定。


 そういう判断が自分で出来るあたり、やっぱりフィリアも才能あるんだよなぁ。

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