湿原を行く
「ちょっと使いづらいけど……これいいにゃ」
道にはみ出るように伸びている捻れた樹木の枝を一撃で断ち切り、ノーチェがつぶやいた。
「調整はするけど、基本は慣れ」
小さめに造りはしたんだけど、体格と比べて少し大きい。
扱いにくいかと思ったけど、太刀という武器形態そのものは気に入ってくれたようだった。
「何よりかっこいいにゃ!」
「えいっ! やあっ!」
ノーチェにはロマンが通じるらしい。
両手で持って軽く振り回して、背中にくくりつけた鞘に納める。
腰の左脇には小振りなダガーが1本サブウェポンとして着けられている。
「なんか凄い冒険者になった気分にゃ」
「武器的には、そこそこだと自負してる」
少なくともそこらの武器屋で売っているものに負けるつもりはない。
「えいっ! えぇいっ!」
「それに雷を使っても壊れないのがいいにゃ、ビリビリして壊れそうな感じがしないしにゃ」
なんでも今までは武器にまとわせると、震える感じがして壊れそうで不安だったのだとか。
結構勢いよく壊してたもんなぁ。
「気に入ったし、慣れてみるにゃ」
「うん」
「とー!」
「スフィちゃん、あばれすぎだよ!」
「水がかかったのじゃあ!?」
話を切り上げて、風の刃を飛ばして暴れまわっているスフィに目を向けた。
橋のある部分は避けているけど、あっちも気に入ってくれたのか風の刃を試しているようだった。
ただし色々ふっとばす余波でシャオとフィリアに水がかかっている。
「あ、ごめんねっ! なんかね、ちょうどいいくらいなのが嬉しくて!」
ふたりに言われてようやく止まったスフィは、興奮でちょっと鼻息が荒い。
スフィは魔力が多すぎるせいで制御ができなくて、適切な威力の魔術なんて使えたことがなかったからね。
一定の威力で魔術的な攻撃が出来るのが嬉しいみたい。
「早く作ってやればよかったんじゃにゃいか?」
「材料がね……」
そこらの石とかだと、大量の魔力に耐えきれずに自壊する。
錬成術で形を変えられることからもわかるように、大抵の物体は魔力を流されるとある程度変形してしまう。
もちろん肉眼で確認できるような歪み方じゃなくて、ほんの少しずつだけど。
スフィの魔力に耐えられる材料となると、それこそミスリルとかの希少な物になる。
そう簡単には手に入らないけど、永久氷穴で古い時代の装備が手に入ったのは有り難かった。
「でもようやく、ちゃんとしたのを作れた」
「アリス! この剣ありがとうね!」
スフィが嬉しそうに笑って左手に持った剣を掲げる。
そんなふうに喜んでもらえただけで、ぼくとしては頑張って作った甲斐があるというものだった。
「きにいった?」
「うん! すっごく!」
剣が増えて、スフィはショートソード2本を腰の両脇に佩いている。
基本的には予備だけど、スフィの器用さなら二刀流もいけるかもしれない。
「んー!」
「ん」
尻尾をぶんぶん振るスフィに抱きしめられて、背中をぽふぽふと叩く。
「これで必殺技かいはつするんだ!」
「純正の加護には勝てないにゃ」
「そんなことないもん!」
これでふたりが張り合ってまた強くなっていきそうだ。
「……やっぱりわしも良い武器がほしいのう」
「薙刀ほとんど使ってないでしょ」
護身用として持ってはいるし、扱えるのは知ってるけどメイン武器じゃない。
「しかしのう、シャルラ―とはあまり人目にさらしたくないのじゃ……」
「普通に魔術を使えば?」
「……それなのじゃ!?」
どうやら盲点だったらしい。
聞く限りでは精霊術が使えるなら魔術も使えるはずだ、なにせ基礎は同じなのだから。
「戦うための魔術は必要ないと教えてもらえなかったのじゃ!」
「簡単なものなら教えられる」
「おぬし、魔力ないのに万能じゃの……」
「一部に特化してるだけ」
万能どころか、こちとら特殊技能全振りだ。
錬金術と魔術の知識がなくなったら毛皮くらいしか残らない。
「落ち着いたら水系の攻撃魔術教える」
「頼むのじゃ!」
「それにしても、随分と躍起だね」
シャオへこんな提案をしたのは、ただ張り合ってるだけとは違う雰囲気を感じたからだった。
もちろん最初は対抗意識からだったんだろうけど、魔術を習いたいと言った瞳は真剣そのもの。
断る理由もないけど、どんな心変わりがあったのか聞いてみたい好奇心が表に出た。
「……幽霊船の時は、わしはほとんど何もできなんだ」
そういえば、途中で魔力切れでシャルラートがいなくなってしまったんだっけ。
「その、じゃな、せっかく友達ができたのじゃ。なのに守られるだけというのは……嫌なのじゃ」
うつむきがちのシャオは、少し苦しそうに息を吐いた。
……気持ちはわかった。
守られて治癒の力を使って、それじゃ今までと何も変わらない。それが嫌だったんだろう。
ぼくがみんなと一緒に戦いたいのと、同じ理由だ。
「シャオならすぐ強い魔術師になれる、きっと」
「うむ……!」
確か
やる気だってある、なら基本的なことを教えればすぐに強くなれる。
決意に燃えるシャオの背中では、ピンと尻尾が立っていた。
子供の成長は、ほんとに速い。
■
「アリス、あれなんだろう?」
「……服の切れ端?」
武器の具合を確かめながら進むこと1日、シラタマの背に乗って垂れていたぼくの服の裾をスフィが引っ張った。
指差す方向を見れば、服の切れ端が伸びる草に引っかかっている。
1枚や2枚じゃない、あたり一面にだ。
「フカヒレ、潜航して警戒」
「シャー!」
「どうしたにゃ?」
カンテラの火が灯り、出現したフカヒレが勢いよく水の中に飛び込んでいく。
ぼくの行動に気付いたノーチェが近づいてきた。
「杞憂ならいいけど……」
「変な音がする」
耳をピンと伸ばしたフィリアが険しい顔で盾とメイスを握りしめた。
防具に関してはぼくじゃ専門外なのが悔しい。
「……聞こえにゃい」
「スフィもわかんない、匂いは変な感じしないよ?」
ここは青々と草木茂る湿地帯だ、スフィの鼻も流石にフルパフォーマンスとは行かない。
「む、む?」
「シャオ、シャルラート出しといて」
「わ、わかったのじゃ? いやアリスの指示で良いのか?」
「……あたしは状況把握できてにゃいから、アリスの指示に従うにゃ」
少し不服そうなノーチェに睨まれた。
しまった、頭越しにやっちゃった。
「ごめんノーチェ、つい」
「いいにゃ、それより全員警戒準備にゃ!」
「わかってる!」
全員が武器を構え、いつでも戦える態勢になる。
しかし、ぼくたちの警戒を余所に、先程から聞こえていた這いずるような音は次第に遠ざかっていった。
「……何だったにゃ、これ」
「血や死体はないっぽいけど、なんだろう」
気配が去って改めて確認してみれば、引き裂かれたような衣服や、散乱したリュックの中身が湿原の水に沈んでいた。
なのに戦闘の痕跡が見当たらない。
橋の上に多少ばたついたような足跡が見えるくらいだ。
不気味にも程がある。
「……なんか嫌な感じ、ノーチェ、さっさと離れよう」
「そうだにゃ……みんな急ぐにゃ!」
「アリス、おねえちゃんかシラタマちゃんから離れないでね!」
「キュピピ」
出来ることなら、謎の気配の正体とは遭遇せずに湿原を抜けたい。
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