首都への道
「ぬーまこえー」
「もーりこえー」
「わーれらはすすむー」
……旅の最中に歌うのは定番なんだろうか。
シーラング港を出たぼくたちは、進路を東に取っていた。
密林を抜けた先に広がる巨大な湿地帯には、色とりどりの花が咲き鳥たちが飛び回っている。
茂る水草をかき分けるように木造の橋がかけられ、道すがらには旅人の姿もちらほら見えた。
「ふはは! どうじゃ! もう沼にはまったりはしないのじゃ!」
「この状況ではまったら救いようがないにゃ」
基本的に歩道には橋がかけられているから、そこからはずれない限りは沼に落ちることはない。
「アリスアリス! あそこにフルリネルカあるよ!」
「うん」
スフィが指差したのは、緑色の水草の中に生えている、葉先に黄色の模様が入った葉。
フルリネルカは珍しい水草で、主に温暖な湿地帯に生えている。主に炎症に効く薬草だ。
「……レジャニだね」
「あれ?」
だけどスフィが見付けたのはレジャニと呼ばれている水草だった。
葉先の模様は似てるんだけど、近くに生えている植生で鑑別できる。
レジャニはすり潰すことで保湿性の高いジェルが作れる。熱傷とか皮膚疾患に効く。
「近くの水草、あれが育つ土壌だとフルリネルカは育たない」
「……あ、ほんとだ」
知識はあるので、スフィも気付いたみたいだ。
「またふたりしかわからないお話してる……」
「まったくわからんにゃ」
スフィと手をつなぎながらそんなやり取りをしていると、フィリアとノーチェから物言いが入った。
「本当なのじゃ? 適当言ってるようにしか聞こえないのじゃ」
とはいえ、知らなければそう思われても仕方ない。
近くにあった水草の中から、食用にできる草を2枚ちぎり取る。もちろん根に影響を与えないように。
「あっ、それ……」
「この水草を噛むと胃もたれに効く」
口に含んでむしゃむしゃと噛みながら1枚をシャオに突き出すと、恐る恐る受け取った。
胃薬にも使われる水草で、生で噛んでも胸焼けや胃もたれが多少改善される薬効がある。
昨日はラムタン料理のあと、宿屋の奥さんが作ってくれた肉料理もたくさん食べた。
いくら肉食とはいえ、油の強い肉料理は子供の胃にはもたれる。
みんなも朝からお腹が少し重そうにしているのは察していた、薬を使うほどでもなかったから特に処置はしていないけど……。
「胃が重いの楽になるよ、飲み込まないように口の中で噛む」
「おぉ、そうなのじゃ? なんじゃ、気が利くのじゃな」
「……アリス、なんでシャオにだけ渡すにゃ?」
それはね、ノーチェ。
「あむ、はむ…………のじゃああああああ!?」
「めちゃくちゃ苦いから」
スフィの青ざめた顔を見ていればシャオも察せていただろうに。
因みにおじいちゃんの名にかけて薬効は本物である。
■
「ひどいのじゃ、舌がもげるかとおもったのじゃ……」
「大げさ」
暫く草を噛んで、染み出す液を唾液と一緒に胃の中に流し込んでいると随分と胃の重さが楽になってきた。
水と土がいいのか、苦味も薄く薬効が強いみたいだ。
「……アリスを見てると、シャオが大げさに見えてくるにゃ」
「スフィちゃん、どのくらい苦いの?」
「舌がもげるくらい」
子供の味蕾は敏感だ、感じる苦味も強い。
「おぬしはなんで平然と噛んでるのじゃ!?」
「小さい頃から薬はよく飲んでたから、苦いのも」
「……ごめんなのじゃ」
いや、本気で謝られても……。
今飲んでる薬だって大分味は改善したけど、それでも薬効に影響が出るせいで苦いのも混じってる。
美味しいとは間違っても思わないけど、我慢できる程度には慣れている。
「お前はひどいやつだにゃ、シャオ」
「シャオちゃん……」
「ぅるるる……」
「そ、そんなつもりじゃなかったのじゃ、あんまり普通に薬草のこと言うもんじゃから……ぐすっ」
「そこまでにしてあげて」
疑うのは当然だしちょっとした悪戯のつもりだったので、シャオが追い詰められても困る。
ちょっと悪戯が過ぎた。半分冗談なノーチェと違い、スフィがちょっと本気で苛立ってるからなんとかして宥めなきゃいけない。
「悪戯しただけだから、落ち着いて」
「……ぅん」
ぼくの方からスフィを抱きしめると、ぎゅうっと抱きしめ返された。
「す、スフィはなんでそんなに怒ったのじゃ……?」
「アリスがちっちゃい頃、お薬飲む時にね、苦いのやだ、お姉ちゃん助けてって泣いてたから……」
まだ4歳くらいの頃だっけ……『なんで自分だけ』、『お姉ちゃん助けて』って苦い薬を飲む度に泣いていた記憶はたしかにある。
スフィがそれをハッキリ覚えてることに驚いたけど……それ以上に空気がやばくなってしまった。
ノーチェとフィリアが気の毒そうな表情を浮かべ、シャオの表情がみるみる曇っていく。
「そんなつもりじゃ、なかったのじゃ……」
「わかってるから、苦いのも慣れれば平気。今は何とも思ってないから」
「アリス……」
だから何でフォロー入れる度に空気が重くなるの。
「ギュアー!」
誰かどうにかしてくれと思い始めた矢先、救世主が水草をかき分けて現れた。
湿地帯に出るというトカゲのような魔獣だ。
「ほらみんな! 敵襲!」
「魔獣にゃ! スフィ!」
「うん!」
気を取り直したスフィとノーチェが素早く剣を抜き放つ。
ギャアっと奇声をあげて飛びかかってきた魔獣は、あっさりと切り捨てられた。
魔獣でしょうが、もうちょっと保てよ……!
「これトカゲ? なんかぶにってしてた」
「斬った感じが変だったにゃ、アリスこいつ何にゃ?」
「ぼくは魔獣生物学者じゃないから……」
そういうのは生物学の分野だ、フーパー錬師とかならわかるかもしれないけど。
「見た目はトカゲに見えるけど、何の魔獣だろう」
このあたりに棲息している魔獣は一通り頭に入れてはいるけど……。
主に生息しているトカゲ型の魔獣は2種類。
灰色の皮膚に赤い斑点模様の火吹きトカゲ。
青い皮膚に緑色の炎模様の草毒トカゲ。
これはサンショウウオっぽい形をしているけど、緑色の皮膚に……切り口からは血の代わりに緑色の液体が漏れ出ている。
首を半ば断ち切る形で斬られているのに、肉はもちろん椎骨も見当たらない。
「……わからない、警戒したほうがいいかも」
こういう類の生き物はまず毒性、次は寄生性を警戒したいところ。
「希少種とかならいいけど、連続して出てきた場合は体液とかに触れないように」
「なんでにゃ?」
「毒とか、傷口に入ったら身体の中に入ってくるかも」
「うえ……」
杞憂で終わる可能性もあるけど、じっくり調べる時間も設備も街に行かなきゃ手に入らないだろう。
情報のない沼地の生き物っていうのは、旅の最中に出会って楽観できるほど甘い存在じゃない。
近づかないように注意してから、水を通さないスライム製手袋をつけ、適当な石ころをメスのように加工して組織を切り取る。
「アリス、あぶないよ!」
「って、そういうアリスが何で普通に触ろうとしてるにゃ!」
「可能な範囲で対処はしてるから」
小瓶に詰めて密閉して、念の為しまっておこう。
「おぬし、ほんと度胸はあるのじゃな……」
「ワイルドなおおかみをめざしてるから」
「……あー、うむ、まぁ目指すのは当人の自由じゃな」
どうやらシャオはまだ沼にはまり足りないらしかった。
「そろそろ上下関係ってやつを教えた方がいい気がしてきた」
「アリスが言うにゃ、それ?」
「ぼくは理解してないわけじゃないし」
パーティ内ではアドバイザーに近い立場だと自認してるし。精神的には年長だし。
「そうだよ、おねえちゃんが上だって、ちゃんと理解してるもんね?」
「……スフィ、なんか怒ってる?」
時たまナチュラルに発露する姉の横暴さを肌に感じる。
小さい頃からたくさん世話させてるから、ぼくからは何も言えないんだけど。
「怒ってないよ?」
「しんじてる……そろそろ先に行こう」
「仕方ないにゃ、みんな行くにゃー」
「おー!」
これ以上続けるとやぶ蛇になりそうなので切り上げて、大サイズに戻ったシラタマに乗って移動を再開することにした。
それにしても……ギルドの情報にない魔獣が変なフラグとかじゃなければいいんだけど。
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