出発前
「さすがに大人げないのでは」
「そんなことはないだろう」
合格を言い渡したあと、悔しそうにしているノーチェたちを尻目にヴァンベルトが職員とやり取りしていた。
「しかし本来はDランクかCランクが……」
「それじゃあダメだな」
聞こえてくる情報から推測すると、本当は滞在しているDかCの冒険者が担当するはずだったようだ。
どうやらこのおっさん、立場を使って強引に割り込んだらしい。
「並のC相手じゃ勝っちまうよ、特にあの砂狼と黒猫の娘は」
気配を伺っているのがわかっているのか、そこまで言ってヴァンベルトが一瞬ぼくを見る。
「俺を相手に腕を認められたくらいが丁度いいだろ、ガキどもには」
一体何の目的があるのかと思えば、先輩として気を使ってくれた?
確かに考えてみれば、タイマンでCランク冒険者に勝ってしまう幼女はいくらなんでも目立ちすぎる。
しかも入り乱れる戦場ではなく、衆目集まる試験の場。
受付でのやり取りの反応を見ていれば、勧誘合戦が勃発することは目に見えている。
連携でちょっと派手にやりすぎた気はするけど、結果的には『パーティでヴァルモースを倒す実力はある』程度には収まった。
ノーチェとフィリアの加護や、スフィの魔術についてはこの先バレてしまうことは仕方ない。
なんだかんだで、上手くまとめてくれたとも言える。
ただ、話だけ聞いたほぼ初対面の高ランク冒険者がそこまでしてくれる理由がわからない。
「おう、チビども」
「なんにゃ、おっさん」
話を終えたヴァンベルトが職員から離れてノーチェたちに近づく。
「合格祝いにメシ奢ってやる。食うか?」
「……食うにゃ!」
「たべる!」
「えっ、えっ!?」
唐突な提案にフィリアが困惑している。ノーチェとスフィは特に疑うことなく頷いた。
そういえば、お昼ごはんまだ食べてなかった。
時刻はもう昼過ぎだった。
■
ヴァンベルトに連れられたぼくたちは、案内されて広場の近くにあるワニの顔の看板がかけられた料理屋へ来ていた。
「ここのラムタン料理は絶品だろ」
ラムタンというのは湿地帯に住む魔獣の一種で、姿形はワニに近い。
スパイスをたっぷりまぶして、こんがり焼かれた腕肉は上質な鶏の腿肉に近い。
癖や風味があまりない分、スパイスによる味付けが利いている。
「たしかにうまいにゃ。そんで、なんでおっちゃんみたいなのが試験やってたにゃ?」
ノーチェたちも気に入ったみたいで、運ばれてくるラムタン料理を次々と口に運んでいる。
腕肉の香草焼きに、テールスープ、蓮根みたいな野菜との煮込み……。
煮込みの味付けは魚の骨かな、海の香が強い。
「そりゃあ、お嬢ちゃん達みたいなのが目立ちすぎると狙われるからさ」
「どういうことにゃ?」
「本来の試験官が担当してたら、勝っちまってたからな」
歯ごたえの良い蓮根をシャクシャクと齧りながら、ぼくはじろりとヴァンベルトを見た。
「その何がいけないにゃ?」
「そーだそーだ!」
「ふ、ふたりとも」
しっかり食べながらも文句を言うあたり、スフィもノーチェもなかなか良い根性していると思う。
狐なのに借りてきた猫になってるシャオも少しくらいは見習って欲しい。
というか普段の調子乗りまくった態度はどこいったんだ、まさか同年代限定か。
「これ美味しいのじゃ、のうアリス」
「うん」
ぼくを仲間認定しているのが、少し気になる。
「将来有望な冒険者、子供でしかも女となると扱いやすいなんて考えるバカも多いんでな。下手に才能を見せたばかりに使い潰されたり、騙されちまうガキも少なくない」
「そんなの、あたしらは引っかからないにゃ!」
「ま、そうだろうがな」
ステーキを齧っていると、ヴァンベルトが意味深な視線をぼくに向けてきた。
「仲間を悪く言われて黙ってられる性分でもねぇだろ」
流石Aランクというべきか、人を見る目は確かみたいだ。
「にゃ?」
「……まず足手まといのぼくを引き離そうとしてくる、いらないからね」
普通の冒険者からすれば、ろくな実績もない虚弱な子供なんて足手まとい以外の何物でもない。
「アリスは足手まといなんかじゃないもん! すごい子だもん!」
「もしアリスが役に立たないっていうにゃら、そいつは見る目がないにゃ」
声を荒げるスフィに対して、以外にもノーチェは冷静だった。
「俺も同感だな。お嬢さん、あの状況で俺だけじゃなく周囲の気配も探ってただろ? ただの子供じゃないことはすぐにわかるさ」
ラムタンの肉を豪快にかじりながら、ヴァンベルトが言う。
それこそ対戦してるスフィだけじゃなく、こっちの状況まで探ってるあたり油断ならない。
「だから、余計な世話を焼いたのさ」
「現在進行系でね」
「にゃ?」
「そのおじさんがぼくたちに目をつけてることになってる」
あの状況で食事に誘うなら、自分の弟子か後輩として指導か。
どっちにせよ、あの場に居た人間からは『ヴァンベルトが才能ある子どもに目をかけてる』という噂が広がるだろう。
「……おじさん、"ろりこん"さん?」
「ちげぇよ」
スフィの天然気味な返しに、はじめてヴァンベルトの表情が引きつった。
「やっぱり、あたしらにそこまでする理由がわからないにゃ」
無理もなかった。
なにせノーチェの言う通り最大の疑問は晴れていない。
生憎とぼくたちは、そういう"善意のお節介"を素直に信じられる生き方をしてない。
なんでもかんでも疑うほどひねくれてもいないけれど。
「色々あるんだよ、お節介なことには変わりない」
「ふん……」
少し影がある音がしたのが気になったけれど、ヴァンベルトはそれ以上は口を閉ざしてしまった。
結局雑談をしたり、戦いのアドバイスを貰いながら食事をしてそのまま分かれる。
ラムタン料理は確かに美味しかった。
■
「もう出発しちゃうの……?」
「そうにゃ、明日には出るつもりにゃ!」
ランクアップが済んだ冒険者タグとヴァルモースの売却金は明日貰えるそうなので、出発はそれを受け取ってからと決まった。
それを伝えたところ、ユテラが泣きそうな顔になる。
「せっかく友達が出来たのに……もうここに住んじゃいなよ」
「アルヴェリアが嫌なところだったら考えるにゃ」
「えー……じゃあ無理じゃん」
ユテラにとってアルヴェリアはよほどいい国に見えているらしい。
隣で娘の話しに聞き耳を立てていた宿屋のおじさんがものすごい凹んでいて、奥さんが苦笑しながら慰めている。
「まぁ冒険者はやるつもりだし、落ち着いたら皆で遊びに来るかもしれないにゃ」
「気軽に来れる距離じゃないよ……星堂騎士様じゃあるまいし」
「そいつらは気軽に来れるにゃ?」
「うん、銀竜様に乗ればすぐだって」
星堂騎士……たしか星竜教会の騎士で、神星竜の眷属である銀竜と契約した竜騎士だっけ。
国王の懐刀『七星騎士』と並ぶアルヴェリアの武力の象徴。おじいちゃんが言うには数は少ないけど全員が並外れた強さだという。
神獣を守護者として戴くアルヴェリアは、神獣の総数でもある7に特別な意味を見出しているようだ。
「アリス、銀竜って手懐けられるにゃ?」
「無茶いわないで」
ぼくは超越生物を手懐ける能力なんてもってない。
あくまで何故か好意を見せてくるのが居るってだけで、言うことを聞いてくれるかは別問題だ。
肝心の"好意"の形だってそれぞれなせいで、一緒に居るってだけでノーチェたちの命が狙われることだってある。
前世ではそれで大怪我する人は当然、死んでしまった護衛や研究者も少なくない。
中でも高い知能を持っているのは一際厄介なのだ。
「知性や文化をもつ
相手の生態や性格がわからない限り、常人よりも安全マージンを取るべきだって考えてる。
普通の人が命を奪われるケースで最大限の歓待を受けることもあれば、本来スルーされるケースでずっと付きまとわれて命を狙われることだってあるんだから。
ある程度はシラタマが選別してくれるとは思うけど……いまいち信用しきれない部分もある。
「んじゃやっぱり飛竜船にゃ?」
「一番確実」
「ユテラ、スフィたちまた遊びにくるから泣かないで」
「うん……絶対だよ」
「うん!」
ちょっと涙ぐみならスフィとフィリアがユテラと手をつないでいる。
「……えっとね、ユテラ」
別れを惜しむ少女たちを眺めていると、宿屋の奥さん……ユテラの母親がなんだかとてもいいづらそうに口を挟んできた。
「今年の星竜祭は私達も行くから、場所を決めておけば多分その時に会えるわよ?」
「……あ」
その言葉にユテラの涙が引っ込んだ。
……故郷でやる7年に一度の大きなお祭り、そりゃ何かしらの理由がなければ行きたいって考えるよね。
「えーっと……もし来たら冒険者ギルドか錬金術師ギルドに伝言くれにゃ」
「わかった……ってなんで錬金術師ギルド!? あの綺麗なお城でしょ、無理だよ入れないよ!」
悲しい別れにならずに済んでよかったけど、なんだか締まらないなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます