昇格試験

「ぜぇ……ぜぇ……」

「どうしてパワー不足に悩む人が一番武器を破壊しているのか」


 スフィ、ノーチェ、フィリアのうち一番力がないのがノーチェだ。


 非力と言うより、スフィとフィリアが見た目以上に力があるというのが正解だけど、順位は変わらない。


 なのに一番武器を壊すのはノーチェというこの矛盾。


 そもそも武器は消耗品。


 簡単に折れる武器を作っているつもりはないけど、壊れてしまうのは仕方ない。


 だからといって……。


「壊れるのは仕方ないから気にするなとは言った、"気にせず壊せ"とは言ってない」

「わが……ってるにゃ、ぜぇ」


 荷車を引くノーチェの頭頂部を見下ろして、ため息をつく。


 結局魔獣は台車に乗せて運ぶことになったのだ、肝心の荷車は適当な樹をスフィに削ってもらって作った。


 即席品だけど、街まで保てば問題ない。


「能力にかまけるというのは、そういうことを言うのじゃぞ!」


 隣であぐらをかくシャオがふんぞり返ってそう言った、ていうか袴が短いせいか下着のふんどしが見えてる。


 性別女子しかいないとはいえ、油断しすぎにも程がある。


「さっきから! アリスはともかくっ! シャオは何もしてないのになんで上に乗ってるにゃ!?」

「それはそう」


 ぼく相手では分が悪いと思ったのか、ノーチェの正論がシャオへと向いた。


 因みにぼくたちの現在地は荷車に仰向けで乗せられた魔獣の腹の上。


 ノーチェが先頭で、スフィとフィリアが後ろから押している形。


 何故だかシャオまで乗っかってきたけど、沼にはまられるよりはマシかと思って黙ってた。


「なんでアリスは良いのじゃ! ずるいのじゃ!」

「背負って運ぶか荷車で運ぶかの違いしかないにゃ!」

「ぐぬぬ、正論なのじゃ」


 論破されんな蹴落とすぞ。


 ついさっきまで普通に歩いてたでしょ、疲れたらシラタマに乗ってたし。


「シャオも喧嘩するくらい元気あるなら手伝って!」

「そうだよシャオちゃん! ずるいよ!」


 暢気に言い争っているのをみて、スフィたちからも非難が飛んだ。


「わ、わし、ラオフェンのお姫様じゃし」

「追放済みの」

「ぐぬぬぬ……」


 結局非難に負けたシャオは魔獣を降り、スフィたちに混じって後ろから荷車を押し始めた。


 さっきまでで十分学んだのか、沼にはまることもなく街の近くまでスムーズに進む事ができた。


「方向は右手20度、あっちのねじ曲がった大きな樹の方角。街まで後少し、進めものどもー」

「おー!」

「お、おー?」

「ぜぇー……ぜぇー……」

「なんか納得いかないのじゃ」



「ヴぁ、ヴァルモース!? 討伐難易度Cの魔獣じゃないか! 本当に君たちが倒したのか!?」


 無事に帰り着いたぼくたちが向かったのは冒険者ギルド。


 南国チックな木造りの水上建築の中、持ち込んだ魔獣を見た受付が椅子からひっくり返りそうになっていた。


「勿論にゃ!」

「手強かった!」


 胸を張るスフィとノーチェに周囲の注目が集まる。


 聞こえる音は驚愕が少し、懐疑が大多数で……嫌なものが少々。


「君たちGランクだろう? どうして密林の奥にまで」

「沼地歩きの練習してたら進みすぎたにゃ」

「良く無事だったね」


 受付を担当していたのは30代手前の男性が、預かったノーチェたちの冒険者タグをまじまじと見つめた。


「年齢を遥かに超えた才能の持ち主か……。実力は十分で、依頼達成の評価も高いね」


 どういう技術か、冒険者タグにはフラッシュメモリーのようにデータを読み書き出来る機能がある。


 冒険者各支部に設置されている専用の魔道具で読み取れるとかで、今までの依頼の履歴やギルドからの評価、罰則などが見れるらしい。


 黄金の錬金術師グレゴリウス・ドーマが、友人である冒険王ディージ・トードに送ったものが原型になっているそうだ。


 製法もメンテナンスもグレゴリウス一門が独占しているので、中身は不明。


 ディージ・トードは冒険者ギルドの創設者で、拳ひとつで大陸を駆け抜けたという伝説の住人だ。


「君たち、ランクアップする気はあるかい? 正式にパーティを結成できるようになるが」

「勿論やるにゃ!」

「する!」


 おじさんの提案に、一も二もなくふたりが頷いてしまった。


 昇格にどのくらいかかるかもわからないのに……。


「……はやくない?」

「ん? あぁ、たしかに正式なものは10歳が条件になるけどね。ヴァルモースをほとんど無傷で倒せるような子たちをGランクのままにしておくのも問題だ」


 どうやら特例措置としてランクアップを認めてくれるらしい。


「正式なのとどう違うにゃ?」

「それ以上の昇格は10歳まで出来ないのと、低ランクの物に限るが町の外の討伐依頼とかが受けられるようになる」

「いよいよ本格的に冒険者ってかんじにゃ」


 今までの頑張りが認められたからか、ノーチェの鼻息が荒くなっている。


「ただ……そっちの子たちはちょっと難しいかな?」

「だろうね」

「のじゃ?」


 冒険者の申し込み書類を書き込んでいたシャオが首を傾げる。


 ぼくは登録したままほぼ何もしてない、シャオは正にいま登録する所。


 残念ながらランクアップは出来ない。


「えー! なんで!?」

「残念だけど、依頼の達成実績がね。ほとんど君たちのものだろう?」

「……で、でも! 同じパーティだよ!?」

「同じ依頼を受けていないとどうしてもね」

「スフィ、いいよ」


 食い下がるスフィを宥める、そもそもぼくは冒険者ランクにさほど興味がない。


 ぼくからすれば気楽に使える方の身分証って感じなのだ、Gランクで十分とも言える。


 錬金術師のバッジは外で出すにはちょっと重すぎる。


「むぅぅ……」

「どうどう」


 膨れるスフィを抱きしめて宥めていると、ノーチェがランクアップの申請書類を書き終えたようだった。


 別にいいんだけど、止める間もなかったね。


「確かに。昇格試験は試験官との模擬戦だよ」

「そんなんでいいにゃ?」

「最低限、町の外で戦える戦闘力があるかを確かめるためのものだからね」


 まぁFランクといえば駆け出しもいいところだし、そんな高難易度な試験があるわけもないか。


 ともかくこれなら短時間で終わりそうで良かった。


 これで何日もかかる依頼試験とかだとちょっと困ってしまうところだった。


「あの子たち獣人か、子供とはいえ……」

「ヴァルモースにも無駄な傷が殆どない、少し毛皮が焦げているが魔術か?」

「見習いだが有望だ、欲しいな」


 何より、本格的に目をつけられはじめている。


 出来ることなら長居はしたくなかった。


「ちょうど試験官がいるけど、時間はあるかい?」

「あー、できれば早いほうがいいにゃ」


 ちらりとぼくを見てからノーチェが答える。


「わかった、ヴァルモースの解体依頼票を受け取ったら訓練場に向かってくれ」

「わかったにゃ! いくにゃみんな」

「おー!」


 かくしてぼくたちはギルドに併設された解体所に魔獣を預け、訓練場に向かうことになったのだった。


「……ところで、パナディアで獲物を売った時は何もいわれなかったの?」

「数が多いから驚かれたにゃ」

「でもそれだけだったね?」

「西側の人が多かったから、かな?」


 道中で気になっていたことを聞いてみると、案の定と言うべき答えが返ってきた。


 こっち側だと評価に悪意や偏見みたいなのは混じらないけど、その分目立ちすぎると勧誘合戦になりかねない危険性がある。


 なんともまぁ、痛し痒しだ。

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