密林散策

「足がっ足があっ! 助けてくれなのじゃあああああ!」

「……『錬成ふぉーじんぐ』」


 あるきやすく整備されているとはいえ向かうのは広大な湿地帯。


 魔獣も魔物も出るから、首都までの旅路は安全とは言えない。


 なので、ぼくたちは湿地帯を歩く練習を兼ねて街の近くの密林の奥に来ていた。


「た、助かったのじゃ……」

「シャオ、何回目にゃ」


 足を滑らせたシャオが沼地に着地し、そのまま沈んでいくこと3回目。


 運動神経が悪いってわけでもないのに、擬態した蛇を踏んだりとハズレを引く子だ。


「アリスはたよりになるのじゃ……最初あったときは虚弱で貧弱で無愛想で天然ボケで……」

「『錬成』」

「のじゃあああ!? 何もないところに沼が出来たのじゃああ!?」


 土や砂の粒子と水が絶妙な配分で混ざり合うことで『底なし沼』と呼ばれる状態を作る。

 水分を含んで粘度が高い泥は簡単に身体が沈み込み、もがけばもがくほど沈んでいく。

 こういった湿地帯に発生しやすい非常に危険な天然トラップだ。

 本当に底がないわけではないといっても、大きいものだと深さは数メートルにもなる。

 当然ながら、子供が沈めばそのまま浮かんで来ない。


 そんな危険な沼ではあるものの、錬金術を用いれば簡単に対処できたりもする。

 錬成で少し固めてやれば少し緩いだけの泥溜まりになるのだ。

 逆に言えば、発生条件が整っている場所なら底なし沼を作るのも簡単である。


「いやなのじゃ! こんな死にかたいやなのじゃ!」

「シャオちゃん、これ凄く浅いよ?」


 シャオの足元の泥を調整して作った深さ10センチの沼の中に木の枝を刺して、フィリアが呆れた声を出す。

 いくらイラッとしてもそんな危険な悪戯はしない。

 わかっているから他のメンバーも慌てない。


「……ふふん、もちろんわかっておるのじゃ! ちょおおおっっとおちびの悪戯に応えてやったのじゃ! どうじゃわしの名演技は! 迫真じゃったろう!?」

「お前にゃ……」


 安全が確認されるなり即座に調子に乗ったシャオが、沼から勢いよく抜け出してそのまま別の沼にダイブする。


「ふはははっ……のじゃああ! また沼なのじゃああああ!?」

「…………『錬成』」


 あと何回ぼくは危険な沼を処理すればいいのか、誰か教えてくれ。



「わし、もしかしたら沼地と相性が悪いのかもしれん」

「どう考えても相性最悪にゃ」


 合計13回、それが数時間足らずの探索でシャオが沼にハマった回数である。


 因みにスフィたち3人はもちろん、ぼくも0だ。

 足場のほとんどは木の根が張り巡らされてしっかりしてるのに、どうして隙間にある沼を綺麗に踏み抜けるのか。


 一周回って才能を感じる。


「なぜアリスは落ちないのじゃ、不公平なのじゃ!」

「わかりやすいし」


 響く足音からも、外からの見た目も濡れていて危ない部分がわかりやすいだろうに。


「わしも色が黒くてしっかりしてそうなところを選んで歩いておる!」

「どう考えても濡れて下に何かある場所にゃ!」

「なん……じゃと……」


 狙ったかのように沼に行くなぁと思ってたらそれが原因だったのか。 

 根本的なサバイバル経験や水に対する危機感がないんだろうなぁ。


「とりあえずノーチェかスフィの後を追いかけて」

「ぐぬぬ……仕方あるまい」

「ふたりは回避できてるから、それに……スフィ、上から蛇」

「ふあっ!?」


 背後で話を聞いていたスフィに警告すると、咄嗟に飛び退いたスフィが剣を抜いて蛇を切り払った。

 顔だけ振り向いて確認したけど、結構大きな蛇だった。


「全然気づかなかった!」

「ぼくも、木が軋んだ音でやっと気付いた」


 滑る音が聞こえなかったあたり、隠密行動に長けているのかもしれない。

 こういった足場の悪い場所では厄介な蛇だ。


「というか、街の近くの密林は魔獣は出ないんじゃなかったにゃ?」

「……シャオちゃんがどんどん先いくからついてきちゃったけど、もしかして街出ちゃったんじゃ」


 フィリアの疑問が正解っぽい。

 揃って顔を見合わせる。

 シーラングには外壁がない。街と街の間に存在する湿地帯や、沼まみれの密林が天然の城壁になっているのだ。


 "ここからが街"という境界線が存在していない。

 進んでいる間にうっかり危険な場所まで踏み込んだ可能性もあった。


「か、帰り道はわかるのじゃ?」

「問題ない」


 集中していたから道は覚えてるし、シラタマに空から見てもらうのも出来る。


「まぁ帰りはなんとでもなるとして、危険性は別にある」

「何にゃ?」

「なんかきてる」


 問題があるとすれば、森の向こうから何かが近づいてきていることだ。

 足音からしてかなり大きくて、重量もありそう。

 這いずるような音じゃないので大型の獣か何かかな。

 ぼくが指差した方を見て、みんなが武器を抜いて警戒する。


「くさい」

「嫌な臭いにゃ」


 湿った風にのって、強烈な獣の臭いが近づいてきた。


「ゴルルルル……」


 木の陰からのそりと覗き込んできたのは、ゴリラのような身体に熊の顔がついた魔獣だった。

 こちらを伺う視線が、すぐに獲物を見るものに変わる。


「ゴアアアア!」

「フィリア、やるにゃ!」

「う、うん……皆を守って!」


 フィリアが両手でメイスを握りしめて叫ぶと、地面から大きな光の盾が飛び出してくる。


「ゴオオオオ!」


 突進してきた魔獣が光の盾にぶち当たって悲鳴をあげた。

 幽霊船騒ぎの中で覚醒した、『鉄壁の加護』という力らしい。

 一度にたくさん出すのは出来なくて、作れるのは壁なので防げるのは一面だけ。

 しかも両足を床につけてないといけなかったり、守りたいという感情がなければダメと発動条件が多い。


 その分強度は折り紙付き、スフィとノーチェに攻撃されてもビクともしなかったし、割とパワーがありそうな魔獣の突進だって余裕で防いだ。


「よっしゃあ!」

「まかせて!」


 素早く剣を抜いたスフィとノーチェが、飛び上がりながら魔獣の首元を斬りつける。

 しかし血の飛び散り方から傷は浅いようだ。

 ……随分と毛皮が硬いな。


 フィリアがタワーシールドを抱えながらぼくの前に立つ。


「新技、アイシクルバイト」

「キュピッ」


 肩にいたシラタマがひと鳴きすれば、雪が渦巻いて地面が凍っていった。

 足元が凍り付いた魔獣が動きを止めると、氷で出来た巨大なサメが飛び出して魔獣の肩に食らいつく。


「シャアー!」


 密かに練習していた、シラタマとフカヒレとの連携技だ。

 氷サメが砕け、中から素のフカヒレが飛び出す。

 フカヒレなら氷を鎧みたいに纏って自由に動かせるのだ、原理はわからない。

 前に氷の中を泳ぐサメがいたし、地球のサメの特性だろうか。


 シラタマは残念ながら細かく氷を操れる訳じゃないので、フカヒレ側の能力で補完している。


「フカヒレ、サンダーレイ」

「シャア!」


 ぱかっと開いたフカヒレの口から、一条の雷が放たれる。

 サメが出来ることなら大体出来るだけあって、フカヒレは攻撃能力が幅広い。

 まだ小さいから1個1個は弱めだけど、成長すればきっと強い精霊になるだろう。


「ゴルオアアア!」

「雷ならこっちもにゃ! ボルトスラッシュ!」


 雷を顔に受けた魔獣が怯む、ダメージにはならないか。

 しかし動きは止まった。

 隙が出来た魔獣の身体に、雷をまとったノーチェの剣が叩きつけられる。


 ノーチェもノーチェで加護を活用した技の開発に余念がない。


「負けないもん! 『スラッシュ』!」


 反対側からはスフィが武技を使って斬りつけ、ようやく魔獣の身体から血しぶきが舞った。

 それにしても硬い魔獣だ、これだけ攻撃を受けてもまだピンピンしている。


「シャオは何かしないの?」

「無茶いうんじゃないのじゃ!」


 わたわたしながら薙刀を握りしめていたシャオは、他3人ほど戦闘に積極的ではないみたいだ。


「あやつらはなんでヴァルモースに普通に挑めるのじゃ!?」

「知ってるの?」

「本で見たことがあるのじゃ! ヴァルモースは大人でも苦戦する魔獣という話じゃぞ!」


 ヴァルモースっていう名前なんだ、あのゴリラ熊。


「ダメにゃ! こいつ硬いにゃ!」

「むぅぅ、剣が通らない!」

「うーん」


 パワーはあるけど動きは鈍重、少なくともスフィとノーチェの動きは捉えきれてない。

 一方でスフィたちも有効打を撃てずにいる拮抗状態。

 時間をかければ倒せる気はするけど、こんな場所でのんびり戦うのはリスキーすぎる。

 何より相手に命を奪える一撃があるっていうのがなかなか怖い。


「アリス! 前に言ってた新しい武器は!?」

「まだ出来てないよ」


 当然ながら「作ります、はい」で完成するほど武器づくりというのは簡単じゃない。

 今はようやく構想が固まってきた段階だ。


「ぬ、ぬぬぬ、こうなればわしもシャルラートを呼んで……」

「大丈夫、温存しといて」


 シャオが相棒である水の精霊シャルラートを呼ぼうとするのを止める。

 貴重なヒーラー枠だし、シラタマたちとバトルされても困るし、ここはぼくたちで……。


「かくなる上は……スフィ! 隙を作るにゃ!」

「えー!」


 ビームライフルを取り出そうとした矢先、何か思いついたのかノーチェが剣を片手に樹の上へと駆け上る。

 足止めを任されたスフィが不満そうにしながらも、魔獣の気を引くように目の前で動き始めた。


「もう勝手なんだから!」

「にゃはは! 代わりにこれで決めてやるにゃ!」


 高いところから声が聞こえる。


 ノーチェが翠色の雷を全身にまといながら飛び降りてくるのが見えた。


「トォォォルハンマァァァ!」


 雷は両手で握りしめた剣先に集約されていき、剣はまばゆい光を放ちはじめる。

 落下の勢いも乗った剣は、魔獣の延髄へと振り下ろされる。

 大気を震わせる雷の音が響き、衝撃波が木の葉を吹き散らす。

 首半ばまで刀身が食い込んだところで、光をまとった剣がバキンと音を立てて砕けた。


「にゃっ」


 ……まぁ、普通の剣が耐えられる使い方じゃないよね。


「もう! 『スラッシュ』!」


 ノーチェに続き、今度はスフィが飛び上がって傷口に剣を叩きつける。

 断ち切るまではいかなかったけれど、致命傷にはなったのか、魔獣は暫くもがいて動かなくなった。


「ぜぇ、ぜぇ、勝利にゃ!」

「やったね!」


 それを確認して、ふたりはいえーいと声を出してハイタッチをしている。

 切り札を使うまでもなく、普通に勝ってしまった。

 ふたりとも本当に強くなった。なんて頼もしいんだろう。

 ……とまぁそれはいいんだけど、どうやって持ち帰ろうか、この魔獣。

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