雨と沼
シーラングはよく雨が降る。
通り雨的な感じで、強く降ってすぐに止む。
「魔物が出たぞ!」
「スワンプマンだ!」
地球の熱帯でもよくある通り雨だけど、そこは異世界。
この地域の雨は、時おり"魔物"を連れてくる。
雨で濁った泉の泥から生まれくるのは、泥でできた動く人形。
「絶対に外に出たらダメだ! すぐに兵士が駆けつけるから!」
宿の1階にある食堂で少し遅めの食事を済ませていると、宿屋のおじさんが血相変えて叫んだ。
食堂に居るのはぼくだけだったから、多分ぼくに向けて言ったのだと思う。
「他の子たちは?」
「外で遊んでる、ユテラも」
フォークで赤い身の魚の揚げ物を突き刺して、口に放り込みながら答える。
おじさんの顔色が一気に悪くなった。
「そんな、まさか!」
通常の動物に近い生態を持ち魔術を使う獣が魔獣、存在としては精霊に近いと考えられているのが魔物。
明確な違いが判明してるわけじゃないけど、ゴーレムやスライムみたいな生物っぽくないものが魔物に分類されることが多い。
魔物って叫んでたし、スワンプマン……沼男ってことは、ゴーレムとかそっち系統だと予測していた。
「す、すぐに探しに行かないと!」
「少ししたら……ってもう戻ってきた」
「にゃー! 最悪にゃ!」
びしょ濡れのノーチェが、泥まみれになって宿の中に転がり込んできた。
「あれやだ、気持ち悪い!」
「うぅ……やだぁ」
スフィとフィリアもそれに続いて入ってきた、ノーチェもスフィも抜き身の剣を手にしている。剣まで泥まみれ……ってなんだろうこの臭い。
青臭さの中に肉が腐ったような悪臭が混じっている。
「シャオちゃんしっかり!」
「きもちわるいのじゃ、なんじゃあれ……」
「ユテラ!」
最後にシャオに肩を貸しながらユテラが入り、宿の扉を閉めた。
「良かったユテラ、無事だったんだね!」
「お父ちゃん!」
みんな通り雨にやられたのかびしょ濡れだ。
「おかえり」
「ただいまっていうかなんでお前は暢気なのにゃ……」
臭いが酷いので食欲は失せたけど、ひとまず無事で良かった。
「何があったの?」
「外で遊んでたら急にざーって雨がきて、あがったと思ったら沼の中からね、きもちわるいのがね」
スフィの説明によると、泉の付近で遊んでいたら通り雨にやられ、雨が止んだ途端に現れたスワンプマンに襲われたらしい。
「弱かったけど、きもかったにゃ」
相手は戦闘能力という意味で弱かったみたいだけど、泥はひどい匂いがする。
「フカヒレ、庭で洗ってあげて」
「シャー」
シャオの契約しているシャルラートみたく器用に水を操れないけど、一応フカヒレもサメだから水のブレスみたいなのを放つことが出来る。
「助かるにゃ……鼻がまがりそうだったにゃ」
「タオルを用意しておくから」
おじさんが気を利かせて、ユテラを連れて宿の奥へと入っていく。
少ししてユテラが大人になったような猫人の女性が、タオルを手に出てきた。ユテラのお母さんだ。
「風邪引いちゃ大変、はやく洗ってきちゃいなさい」
「はーい」
「いこいこ」
スフィたちが宿の中庭に出たところで、ユテラのお母さんと目が合った。
「あなたも暫く外に出たらダメよ?」
「うん」
心配そうに眉を顰めて言うユテラのお母さんに頷いて、再び食事に戻る。
折角の料理が、ほのかに残る悪臭で台無しだ。
「……作り手冥利に尽きるけど、マイペースな子ねぇ」
今知ったけれど、反応からしてこの宿の料理はユテラのお母さんが手掛けているようだ。
後でレシピとか教えてくれないかな。
■
「さっぱりしたー」
「パナディアだと雨にゃんて降らなかったのに……」
「気候がぜんぜん違うからね」
パナディアは開けた砂地にある街で、東西から吹く風が吹き抜けるので天気は良い。
一方でシーラングは南からの風が北部にある岳龍山脈にぶつかって、出来上がった雨雲がこっちまで降りてくるのだ。
たまに大きい雨雲が霧散しきれずパナディアの方まで来て嵐を起こすのだとか。
「それにあの変な魔物!」
「どんな魔物だったの?」
タオルで身体を拭きながら、食事が終わったぼくの隣に座ったノーチェたち。
食休みがてら聞いてみると、3人揃って腕を組んでしまった。
「人間みたいな形だったにゃ」
「ぐじゅぐじゅどろどろで、骨がみえてた」
「怖くて気持ち悪かった……」
骨……?
臭いもあって思い浮かぶのが完全に泥で出来たゾンビだ。
「沼地で行方不明になった人間の怨みが形に……」
「アリスちゃん! こわいこといわないで!」
「ぶっとばすのじゃぞ!?」
ちょっと怪談ちっくに言ってみたらフィリアとシャオにキレられた。
「アリスに怒鳴っちゃダメ!」
「今のはこいつが悪いのじゃぞ!?」
咄嗟にスフィが庇ってくれたのは良いものの、スフィまだ濡れてる……。
「あら、物知りなのね」
「え」
すぐ近くで頭を拭かれていたユテラがきょとんとしながら顔をあげる。
ぼくにたいして物知りだと言ったのは、ユテラのお母さんだ。
「スワンプマンは、沼で行方不明になった人間だって言われてるの。密林を奥に行くと底なし沼も多いからね……あなた達も奥に行っちゃダメよ?」
「わかってるにゃ」
「も、もちろん」
冗談で言ったのに、まさかの大当たりだったらしい。
完全にびびったスフィたちに抱きつかれながら、洗ったばかりのノーチェの剣に視線を向ける。
テーブルの上に乗せられたショートソードは、シーラング行きの船に乗る前に渡した間に合わせのものだ。
泥を切っただけにしては少し腐食している、ただの泥の塊じゃないのは確かだった。
「東の湿地帯にも出るのかな」
「たまに出るって聞いたわ……あなた達は首都に行くんだっけ? 魔物より底なし沼に気をつけてね」
「そんなにやばいにゃ? 底なし沼」
「うん……この間も、行方不明になっちゃった子が居て……」
ノーチェの疑問に答えたのはユテラだった。
子供がいなくなる原因のひとつが、密林の奥にある危険な沼が原因のようだ。
「深くまで入らなければ、危なくはないんだけどね」
とはいえ底なしと呼ばれるくらい深い沼は、森の浅い部分には殆どないのだとか。
「都への道にはちゃんと橋がかけられてるし、踏み外したりしない限りは安全だよ」
「いざとなればぼくが何とか出来る」
「あはは、凄い自信」
どっちかというと自負なんだけど。
おかしな現象を伴わない、普通の沼ならなんとでも出来る。
問題は体力だけなのだ。
「ま、あるって言われてる底なし沼にはまる間抜けはいにゃいだろ」
「さすがにねー」
ノーチェが胸をそらしながら言って、スフィたちがきゃっきゃと笑う。
それもそうだ。
ぼくが何とかしなきゃいけない状況なんて、そんな頻繁に来るわけない。
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