宿暮らし

「気になっておったのじゃが」

「んー」


 滞在7日目。


 ぼくは宿屋の部屋で永久氷穴で回収した装備品を弄っていた。


 あそこにたどり着けるレベルの冒険者なら、まず大多数が『B』ランク。


 その遺品ということもあってか、どれもこれも名品と呼ぶに相応しいものばかりだ。


 ただし、長年豪雪の中に埋もれていただけにかなり傷んでいる。


 そのままでも使えないわけではないけど、最低限の修繕は必要だった。


「スフィはショートソード、結構無茶な使い方するから頑丈に……」


 純粋な身体能力では桁外れのスフィは、勢いがつくと力任せに剣を振るうところがある。


 幽霊船でノーチェが武器を破損した一件からしても、できるだけ頑丈にして予備も用意しておきたい。


「気に! なって! おったの! じゃが!?」

「何が?」


 ベッド脇にテーブルを寄せてもらい、装備品にどうやって術式を刻まれているのか確認していると、看病に残っていたシャオが耳元で声を張り上げた。


 狐の鳴き声みたいな甲高い叫び声が響いて、ちょっと耳がキーンとなる。


「おぬし魔力ないのに、なぜ錬金術は普通に使えるのじゃ?」

「錬金術は魔力を"消費"しないから」


 なんだそんなことかと答えを返して、再び装備品に向き直る。


 刀身にも術式は刻まれてるけど、メインはそこじゃなくて鍔や柄の中か。だとすると……。


「そんなわけなかろう!」

「……正確には、消費が極端に少ない」


 どうやらそれだけじゃ納得してくれなかったみたいだ。


 仕方なくシャオへと振り返り、ベッドのシーツを直す。


「魔力を用いてエーテルに干渉するのは変わらない、ただし一般的な魔術や武技と違ってエネルギーとしてはあまり使わないから」

「ふむ」


 魔術や武技は無から火や風を産み出すっていう、物理法則を超越する現象を引き起こす対価として魔力というエネルギーを消耗する。


 一方で錬金術における魔力は、そのものが物質や元素に干渉するためのツールそのもの。


 道具だから使っている内に少しずつ摩耗するけど、"消費"と呼べるほどじゃない。


 もちろん干渉する対象にもよるけど、錬金術使いっぱなしとか、大気に錬成でもかけない限りは急速に消耗することはない。


「ふぅむ、錬金術は魔力量も大事じゃと聞いたことがあるのじゃが」

「あるにこしたことはないから」


 魔力量は一度に干渉できる範囲とパワーに直結してるから、ぼくだとあまり大きな範囲に手を入れることが出来ない。


 スピードと精度にはちょっと自信があるから、パワー不足はそれでカバーしてる感じだ。


「なるほどのう」


 ようやく納得してくれたところで、再び作業に戻る。


「…………」

「…………」


 静かになったのはいいものの、今度は肩口からじっと覗き込まれて落ち着かない。


「シャオはスフィたちと一緒に行かないの?」

「……流石についていけんのじゃ」


 視線が机から窓に移る。


 泉の向こう側では、スフィとノーチェが競い合うように捻じくれた巨大な樹を駆け上っている。


 すぐ近くでは、フィリアがうつ伏せで倒れ込んでいた。


 蔦を掴んで樹の上を飛び回るアスレチック、あれ何ていうんだっけ。


「た、た……他山の石的な」

「タザ……? よくわからんが、なんであんなぴょんぴょん飛び回れるのじゃ、あやつら」


 ふたりの身体能力が天井知らずになってる、周辺にいる人間の子供がぽかんと口を開けて見上げているようだ。


 滞在時間は短くするつもりだから、冒険者の仕事はしないことになっている。


 そのせいもあって暇だから、競争してるのかなぁ。


「……早めに回復しないと、ふたりが爆発しそう」

「既にしておらんか、あれ」

「あ、ノーチェ加護使ってる」


 身軽さで劣る代わりにパワーがあってスタミナおばけのスフィが一歩リードしていた。けれどノーチェが遠目でわかるレベルで雷を纏って加速した。


 暫く樹の上でアスレチックしながらかけっこしていたふたりが、やがて樹の上から滑り降りるように地面に着地する。


「シャオは行かないの?」

「おぬしさっきの話を聞いておったか?」


 いや、立ち上がるのを失敗して諦めたように横たわるフィリアが可愛そうだったから。


「そういうおぬし……は……なんたる愚問、忘れてほしいのじゃ」


 途中から疲れて寝ていたので、パジャマ姿でベッドに横たわっている。そんなぼくを、なんだか哀れなものを見る目で見てきた。


 ……シャオもうちのパーティに馴染んできたようだ。



「ぜぇ、ぜぇ、にゃー! また負けたにゃ!」

「えへへー! アリス! おねえちゃん勝ってきたよー!」

「おめでとう」


 スフィたちが戻ってきたのは、ちょうど設計図を書いている最中だった。


 シャオはお小遣い片手におやつを買いに出ているところで、勢いよく扉を開けたスフィがベッドに突っ込んでくる。


 最近の戦闘訓練では負け越し気味だったから、今回の謎レースの勝利は嬉しいらしい。


 お姉ちゃんが喜んでいてぼくも嬉しい、嬉しいんだけど……。


「ごめんスフィ、あせくさい」

「えっ、うそ」


 汗でべっちょりと濡れたまま抱き着いてきたスフィが、慌てて距離をとって自分の腕を鼻先に持ってくる。


 こっちは森が近くて日差しと気温そのものはパナディアほど高くない。


 しかしその分湿度は高いので、すごく汗をかくのだ。


「水浴びしてきたにゃ」

「石鹸使わなきゃ」


 残念ながら汗の混じった皮脂の匂いは、水を浴びたくらいじゃ落ちないのだ。


 ストックの石鹸を渡してもいいけど、美容石鹸はこっちでもまだ高級品だ。子供が使ってるとさすがに目立つよなぁ。


「アリスちゃん、あのね……」


 匂いの話が出た瞬間一気に距離をとったフィリアが、遠くの方からもじもじと小声で言ってくる。


 その音量、ぼくだから普通に聞こえるけどまず伝わらないからね。


「扉出すね」


 ポケットから扉を引きずりだし、皆に手伝ってもらいながら設置して鍵を開ける。


「ありがとう」

「あたしもシャワー浴びてくるにゃ」

「スフィも!」


 きゃいきゃいと騒ぎながら入っていった3人を見送ってから暫く。


「戻ったのじゃぞ!」


 タイミング悪く、シャオが帰ってきてしまった。


 紙袋に入った食べ物を掲げながら部屋に入ってきたシャオが、開きっぱなしの404アパートの扉を見て固まった。


「……なんじゃそれ?」


 まぁ一緒に旅をするならいずれは教えないとダメだし、ちょうどいい機会かもしれない。

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