これからのこと
選んだ宿『移り気な猫亭』はそこそこの値段を取るだけあって良い宿だった。
借りた部屋には清潔なベッドに、窓からは極彩色の花が咲く泉が見える。
家具なんかも比較的新しくて、あちこちに虫除けの魔道具も設置されていたりと気が利いてる。
この宿の旦那さんは数年前までアルヴェリアで商人をやっていて、そこで貯めたお金で故郷のシーラングに宿を開いたのだとか。
奥さんは
獣人の子供はシーラングにも少なく、寂しい思いをしていると教えてくれた。
北部に獣人部族連合が支配する大森林があるから、大人の獣人は結構訪れるらしいけど。
「拐われちゃうから、あんまり外に出れないんだ」
「ふーん」
西から海賊が来ることもあって、治安は決して良いとは言えないのが実情。
「父ちゃんが昔はもっと獣人の子供たちも遊びに来てたんだけどって、愚痴ってた」
シーラングは大陸東方南部最大の玄関港、西側の様々な品物が流れ着く。
大森林暮らしの獣人は海外の品に興味があるようで、流れ着く逸品を求めて港を訪れる人たちも多い。
それについてくる子供も、昔は多かったらしい。
「わたしもあんまり外出れないんだぁ」
「だからうちらの部屋に入り浸ってるにゃ……?」
ユテラは暇なのか、ちょくちょくぼくたちの借りている部屋に顔を出していた。
宿のお手伝いって名目だから断りきれない。
「ところでそっちの子、大丈夫?」
「あぁ、いつものことだから気にするにゃ」
「アリスちゃんはちょっと、船酔いがひどくて」
「……えっと、たしか4日目だよね?」
そう、実は今日で滞在4日目。
熱は2日で下がったんだけど、船酔いがひどくてまだベッドから出れないのだ。
身体を起こすと目の前がぐらついて胃がむかむかして吐きそうになる。
乗り物酔いって辛いよね。
「はいアリス、薬草煎じたからちょっとずつ飲んで」
「身体が弱いという人間は結構見てきたのじゃが、船酔いの後遺症という概念は初めてなのじゃ」
スフィはぼくが指示した通りの分量で薬草を煎じてくれて、シャオはシャルラートを呼び出して治療してくれていた。
起き上がれない食事も取れない状態から脱しつつあるけど、まだ動けるほどじゃない。
「空港いけるのはいつになるかにゃ」
「空港って東の?」
個人的にはアルヴェリア出身の獣人から話を聞けるのはありがたい。
貴重な情報源なので、ユテラが来ること自体は歓迎していた。
「そうにゃ、あたしらアルヴェリアを目指してるにゃ」
因みに西から旅をしてきたことだけは話してあったけど、目的地までは言ってない。
「へぇー、だからアルヴェリアのお話聞きたがってたんだ! よいとこだよ、アルヴェリア」
獣人自治区は王都の近くにあるみたいで、ユテラは自治区についても王都についてもよく知っていた。
「王都ってどんなところにゃ?」
「アヴァロンって名前だよ、白くて綺麗な町並みでね、たくさん水路があって……」
知識として知っているアルヴェリアの王都の情報とほとんど一致する。
緩やかな山脈に沿って建築されていった大都市で、上下水道が完備されていたりと治水に力が入れられている。
「行ったのは星鱗祭の時だけどね」
「獣人もいるのにゃ?」
「うん、普通にいっぱい住んでるよ」
彼女によると獣人も当たり前のように住んでいて、ここよりもずっと居心地が良かったらしい。
それから、王都で見てすごかった観光名所の話を聞いているうちに、ぼくは眠ってしまっていた。
■
到着5日目にして、ぼくはようやく多少動けるようになった。
ぼくが復活した所で、おやつを食べながら今後の行動の相談会が行われていた。
「空港へはどうやっていくにゃ?」
「港から東へ行くと、シーラングの王都があって、そこに空港ができたって聞いた」
錬金術師ギルドから紹介状は貰っているので、乗船自体は問題ないはず。
王都に辿り着くまでに危険地帯はないし、懐にも余裕がある。今までと比べればものすごく楽な旅路だ。
「んじゃあとは消化試合ってかんじだにゃー」
「本番はアルヴェリアについてから、かな」
勘違いしているけど、アルヴェリアにつくことそのものは目的じゃない。
「ついてから、にゃ?」
「アルヴェリアで何をするか」
ぼくとスフィは多分、両親探しをすることになるだろう。
正直に言ってあまりやりたくはないけど、捨てたんじゃなく、本当に何かの事情があって離れてしまったのなら……。
気持ちとしてはとても複雑。
「スフィとアリスは、お父さんとお母さんさがし? ノーチェとフィリアは?」
「あたしはどうすっかにゃ、フィリアは?」
「あ、うーん、私は……」
フィリアは何か事情がありそうだけど、そのうち教えてくれるかな。
「なんでわしには聞いてくれないのじゃ!?」
「いやお姉さんと会うのが目的でしょ」
これ以上無いくらい目的もやることもハッキリしてるから聞かなかっただけだよ。
「そりゃそうじゃけどな……!」
「うーん、武術大会もあるって聞くし、でてみようかにゃ」
「あ、スフィもやる!」
ノーチェたちは星竜祭の武術大会の話で盛り上がり始めた。
武術、魔術なんでもありの戦闘力を競う大会もあるそうなので、その子供部門に出るつもりのようだ。
ふたりならかなり良い線いけると思う。
ぼくはどうしようかな。
噂によると大きな学習施設、王立総合学習院っていうのがあるらしい。
学校……存在は知ってるけど行ったことないんだよね。
勉強は苦手だけどちょっと興味がある。
あとは……。
「……そろそろ自重を捨ててもいいかもしれない?」
「どういう意味にゃ?」
「装備品、全力出してもいいかもって」
子供が身に余る強力な武器を手にしても災いを呼び寄せるだけ。
そう思っていたけど、ふたりの実力の伸びっぷりを見るに、多少強化したくらいなら普通に使いこなせる気がする。
「今のって全力じゃないにゃ?」
「手は抜いてない本気、だけどやれること全部やってるとは言い難い」
本来ぼくがおじいちゃんから学んだのは魔道具技術、武器に特殊な効果を付与するのは基本中の基本だ。
なのに出回ってない理由は簡単で、戦闘に使う武器は消耗が激しい。
剣にせよ槍にせよ、こまめに手入れしないとあっという間に摩耗して刻印した術式が歪んだり削れたりする。
高い上に手入れが大変、術式を刻む関係で造りにも制限がある。
その割に自力で
けど、やり方によっては付与術式の圧縮法を武器にも転用できる可能性はある。
素体として大昔の冒険者が使っていた魔道具があるし、騒動続きで頓挫していた装備の大幅強化をするいい機会かもしれなかった。
「そういやおぬし錬金術師じゃったな、わしの薙刀も作って欲しいのじゃ!」
「この際だから全員分新調しようとおもう、余りは売って資金調達」
スライムカーボンの製造技術についてももうちょっと詰めておきたいし、落ち着きが見えたらやりたいことも増えてくる。
船酔いが治ったら、またものづくりしたくなってきた。
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