臨海都市シーラング
船の旅はこれといった事件もなく順調に進み、ぼくたちはシーラングへと辿り着いた。
実質8日、今回はかなりスムーズな航海だったようだ。
「りく……りく……」
「ほらアリス、しっかりして」
「よく頑張ったから、降りるにゃ」
スフィに背負われながら、手続きを終えて港へ降りる。
「乗船ありがとうございました」
良いとこの客船らしい丁寧な挨拶に反応する余裕もない。
陸だ、陸地だ、揺れない大地だ。
なんだか大地礼賛に目覚めそう。
「シーラングか……すぐ隣じゃというのに、来るのは初めてなのじゃ」
ようやくついたシーラング公国は、パナディアと同じ南国でありながら様式がガラリと変わる。
建物はレンガ造りで屋根は青い。
石造りの街には巨大な木々が立ち並び、さながら熱帯雨林だ。
パナディアが海と砂の都なら、シーラングは海と熱帯雨林の都。
「なんか一気に雰囲気変わったにゃ」
「でっかい樹! 上からお水が出てるよ」
「たぶ、ん、海水、すいあげ、て、真水に、して、る」
近くの樹の根本には水晶のような形状の白い結晶が生えている。
塩分を濾過して根本に張り巡らせて、虫よけと獣寄せにしてるのだ。
そういう樹の話を聞いたことがある。
「へぇー」
「あ、綺麗な鳥さんが飛んでる」
スフィが極彩色の羽根を持つオウムみたいな鳥を指差して言った。
木々の合間に生えている色鮮やかな花々に紛れれば、見事に隠れてしまうだろう。
「アリス、あの鳥さん知って……アリス?」
「…………」
「とりあえず宿屋探すにゃ、スフィいくら持ってるにゃ?」
「んとね、たくさん!」
幽霊船騒ぎで手に入れた財宝は、ぼく以外の4人で分けることになっている。
いざという時に手元に現金がないと困るから、お金を持つことの勉強も兼ねて。
ざっくりと一人あたり金貨2枚相当の銀貨と銅貨。ぼくが療養中に密かに作っていた財布に入れて持ち歩いている。
硬貨がメインなので、少し大きめのがま口にした。
練習がてら皮を使って結構良いものができたと思っている。
ぼくとスフィはお揃いで狼の刺繍、ノーチェは猫でフィリアは兎。
出発前にそれを各自に渡してたら、シャオが捨てられた子犬みたいな目で見てきたのは笑い話だ。
予備で作っていた無地の財布があったので、狐の刺繍を入れて出発ギリギリに渡すことになった。
「案内してやりたいが、この街は詳しくないのじゃ……」
「シャオちゃん、人多いからはぐれないでね」
「わしは迷子になったりしないのじゃ、大人じゃからな!」
ぼくが朦朧としている間に、宿屋探しが決定したようだ。
早足で歩きだすスフィの背中にしがみつく。
せっかく陸についたのに、まだ揺れてる……。
■
「カラッザ焼き! シーラング名物カラッザ焼き! これを食べなきゃはじまらないよ!」
「ラムラッツジュースはいかがかね! 暑さで枯れた喉を潤すラムラッツジュース! 今なら銅貨1枚だ!」
荷降ろしが行われている港を抜けると、活気のある市場通りに出た。
焼き付くような暑さのパナディアに対して、こっちの暑さは少しじっとりしている。
「カラッザ焼きってなんだろう」
「カラッザはほら、あれじゃ、かたつむりじゃ」
「うええ……」
「食えるのにゃ、それ?」
エスカルゴみたいなものだろうか。
異文化の食事なんて大体予想外のものだったりするし、エスカルゴは食べたことがないので少し興味がある。
「たまに
「えぇ…………」
寄生虫の処理とか大丈夫なのそれ。
……やっぱりやめとこう。
「それで、宿屋さんどうするにゃ?」
「やっぱりちゃんとしたところだよね」
「それから断られないところにゃ」
「それは、心配ないと、思う」
道を少し進むと市場を歩く人の姿が増えてきていた。
沢山の普人に混じって、服を着た二足歩行の獣といった姿の人や、獣の耳と尻尾が生えた人が歩いている。
パナディアの時は居るには居るけど、獣人はほとんど表通りには来なかった。
だけどこっちでは普通に往来を歩いている、歩けている。
交じる獣人にも驚く様子を見せる人は少ない。
奇異や恐怖の視線を向けているのは多分、西側からの渡航客だろう。
地元の人達は褐色肌で、布で作ったビキニみたいな露出の多い服装をしている。
同じ熱帯域でもパナディアは砂漠仕様、シーラングは密林仕様って感じだ。
「獣人いっぱいにゃ」
「スフィね、獣人ってはじめて見た!」
「スフィちゃん、わたしたちも獣人だよ……?」
変な所で発揮されるスフィの天然ボケにフィリアが突っ込みを入れた。
というか鏡の前にたてばいつでも見れるよ。
「あそこらへんとかどうにゃ?」
「あっちに獣人が出入りしている宿があるのじゃ」
視力が良いらしいシャオが指差した先には、無数の獣人が出入りしている木造の建物があった。
看板には宿屋を示すベッドのマーク。
このあたりのマークはおおよそ共通しているようだ。
「とりあえず行ってみる?」
「行ってみよう!」
子供で、しかも女の子だけの一団は珍しいのか、周囲を歩く獣人たちがちらちらとぼくたちを見てくる。
宿に入ると、年配のふくよかな男性がこっちを一瞥してきた。
「いらっしゃい、お父さんかお母さん、保護者はいるかな?」
「いないにゃ、あたしらだけにゃ」
「……お金はあるのかい? その人数なら一晩銀貨2枚からになるよ?」
「勿論にゃ」
おじさんの顔は蔑みと言うより、純粋に心配しているような感じだった。
ノーチェが財布から1枚取り出した銀貨を弾いて見せる。
「スフィたちこれでも冒険者なの!」
「未来の大冒険者様にゃ」
「そうなのかい? 部屋数は一部屋でいいかな、ベッドはふたつあるけれど」
「えーと、大丈夫にゃ。料金はこれでいいにゃ? ひとまず3日分にゃ」
「あ、あぁ、大丈夫だよ」
大体の宿屋は前払いだ、ノーチェが銀貨を6枚ぽんとカウンターの上に置くと、おじさんの目が見開かれる。
ほんとに持ってるとは思わなかったんだろうか。
「……確かに銀貨6枚だね。ええっと、2階の二重丸のマークの部屋だね。お嬢ちゃんたち名前は何ていうんだい?」
「ノーチェにゃ、あたしら全員同じパーティにゃ」
どうやら無事に宿屋を取ることができたらしい。
思えば街でちゃんとした宿を取れるのは初めてかもしれない。
「はい、チェックインは終わりだよ。おーいユテラ、お客さんを案内してあげて」
「はーい……わ、小さい子たちだ!」
おじさんの呼びかけに応えて、カウンターの奥から黒茶色の毛の猫耳の女の子が出てくる。
年齢はぼくたちよりちょっと上くらい、11歳か12歳くらい。
髪の毛は短く、開放的な格好をしている元気そうな雰囲気の子だ。
「ユテラ、案内」
「わかってるよ、父ちゃん。わたしユテラ、よろしくね」
「あたしはノーチェにゃ」
ノーチェを皮切りに、みんなが次々と自己紹介をはじめる。
ぼくは元気がないので、スフィが代わりに伝えてくれた。
「年齢の近い子なんてめったに見ないから、嬉しいなー」
「そうにゃのか」
「うん、黒髪の子はもっと珍しいし、砂狼の子なんて初めてみた!」
黒い毛並みがどれだけ厭われてるのかと思いきや、この子からはそういう雰囲気を全く感じない。
「……あたしの髪、変だと思わないにゃ?」
「え? あ、あー……」
案内される途中、思わずしてしまったようなノーチェの質問に少女の笑顔が固まった。
「わたし、お父ちゃんとこっちきたの8歳の頃なんだよね。それまではアルヴェリアの獣人自治区だったから黒髪にはあんまり偏見ないんだ、大森林の人達はちょっとあるみたいだけど」
「そうにゃのか」
ノーチェの眼がまんまるに開かれる。
やっぱりというべきか、出身地によって髪色に抱くイメージは異なるらしい。
「アルヴェリアには黒い毛並みの有名な将軍様もいたからねー、悪いイメージってあんまりないんだ。もちろん雪みたいな真っ白な毛並みには憧れちゃうけど!」
「ふぅん」
流し目を向けてくるノーチェに、スフィがこころなしか自慢気に胸を反らした。
……落ちそうだからやめてほしい。
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