船は進むよ

 奮発した甲斐あって、船旅は快適そのものだった。


「アリス大丈夫? お水飲んで」

「あり、がと……」


 船酔いでぼくが寝込んでいること意外は。


 誘拐騒ぎの時にあそこまで体調が悪化したのは変だなと思っていたんだ。


 確かに旅の疲労と無理が一気に来たっていうのが理由だけど、完全に動けなくなった原因の中に船酔いも含まれていたんだろう。


「昼メシ貰ってきてやったにゃ」

「うん……」


 基本は2階奥にある食堂で食事を取るんだけど、2日目にしてぼくは欠席となってしまった。


「この船で酔うのも珍しいって言ってたにゃ……幽霊船の時は平気だったのにゃ?」

「それどころじゃ、なかったの、かも」


 当時は船酔いでーすなんて言ってられない状況だった。


 それに前世では乗り物酔いしたことは殆どなかったし、今生で初体験だ。


 まさかこんなに辛いとは。


「アリスね、馬車酔いするからちょっと心配だったの……」

「……あー」


 思い出した、フォーリンゲンに行ったときも大分酔ってた。普段から体調悪いから乗り物に酔ったという認識が弱くて忘れていた。


 だとすると根本的に乗り物に弱いのか、なんて身体だ。


「避難するにゃ?」


 ノーチェが言いたいのは、404アパートに退避するかってことだろう。


 手のひとつではあるけど、今回の船旅は長くても1週間ほど。


「あと数日だし、我慢したい……」

「無理するにゃよ」

「うん……」


 常に頼るようになると、油断が生まれそうで嫌なのだ。


「ちょっと風にあたる?」

「……そうする」


 何とか食事を負えると、心配したスフィに肩を借りて甲板に出る。


 外に出ると潮臭いのは気になるけど、多少気分が良くなった。


 広い甲板にはそれなりの人数の乗客が歩いている。


 いわゆる冒険者みたいなのはほとんど居ない。


「あれ、アリスちゃんだ。大丈夫?」

「むむむ、動けるようになったのじゃ?」


 縁から海を眺めていたフィリアとシャオが、ぼくに気付いたようだ。


「……ギリ」

「いっぱいいっぱいみたいだから、そっとしておいてあげてね」

「おぬし、もう寝ておれ」


 というか、なんでこの子たちは酔わないんだ……。


 身体スペックの差が理不尽だ。


「うぅ……」

「ほらアリス、遠くを見て、漁師のおじさんが遠くを見るといいって言ってたよ」

「とおく……」


 視線を上げると、どこまでも続くような海原が広がっている。


 三半規管がやられているせいか、人の声と波に混じって変な音まで聞こえる。


 バシャバシャと跳ねる音が、遠くから風に乗って近づいてきているみたいだ。


 音はちょっとずつ大きくなってくる。やっぱり404アパートで休んでいた方がいいのかもしれない。


「敵襲! トビウオだ!」

「とびうお?」


 頭上から鐘を叩く音が響いた。


「君たち! そこから離れて!」


 同乗している冒険者達が、弓や剣を手にわらわらと甲板に集まってくる。


 ……気のせいじゃなかったんだ。


「魔獣にゃ!?」

「たしか、Cランク冒険者チームがいくつか、護衛にうっぷ……」


 こういった事態に備えて、ちゃんとした船なら護衛を雇っている。


 Cランクを複数雇っているあたり、流石は錬金術師ギルド長おすすめの船。


「来るぞ!」

「魚が飛んでる!」

「いや、跳ねて……」


 暫くして見えてきたのは、水の上を跳ねて迫る魚の群れ。


 飛び魚に似てるけど、羽のようなヒレが大きくて牙がある。


 ……魚に牙が。


「放て! 近づかせるな!」


 矢が次々と放たれるけど、やっぱりこの距離だと当たらない。


 追い払うのが目的なんだろうけど、効果は薄いみたいだ。


「あたしらも……」

「じゃまに、なる」


 実力的にじゃなくて、連携的に。


「遠距離攻撃できるものは前へ、引き付けてから放て!」


 指揮しているのは年配の冒険者。


 ひとつのチームって訳じゃなさそうだけど、打ち合わせがしっかりしているのか連携が取れている。


 別に危機的状況ってわけでもないし、実力も分からない子供が飛び入りしたら混乱させるだけだろう。


「そもそも護衛は、あのひとたちの仕事」

「むぅ……」


 護衛対象が前にでることほど迷惑なことはない。


 もしも乗客ぼくたちが怪我をすればあの人達の責任になってしまうのだ。


「アリス、フィリアの背中に居て」

「はい」


 こうやって背負われるのはなんか久々な気がする。


 そうでもない気もする。


「よろしく」

「はい、しっかり掴まっていてね」


 フィリアの方も慣れたもので、乗りやすいように背負ってくれた。


「うーん、やっぱり強い人多いにゃ」


 武技アーツや魔術が放たれて、次々とトビウオが撃ち落とされていく。


 流石に手慣れていて、戦い方も手堅い。


 当てられるラインまでしっかり引き付けて、かといって近づけすぎないように気をつけながら戦線を維持している。


「そろそろ新しい技も覚えたいにゃ」

「ノーチェは加護あるじゃん、スフィも武技覚えたい」


 多才な技の数々を見て、スフィとノーチェが唸っている。


 ふたりとも、武技という意味ではまだ基本の『スラッシュ』しか習得していない。


 ぼくは武技に関しては全然だから、教えることはできないんだよね。


 師匠になってくれる強い人がいたらありがたいんだけど、そう上手く出会えるはずもない。


 道場とかはどうしたってひとつの場所に留まる必要が出てくるし、難しい所だ。


「ノーチェ、スフィ」

「なんにゃ?」

「達人の世界には"見て盗む"という概念がある」

「にゃるほど!」

「それだ!」


 ぼくの言葉を真に受けて、ふたりは真剣に冒険者達の動きを観察し始めた。


 今までは他人の戦いを落ち着いて観察出来る状況なんて、事実上なかったからね。


 それから数十分ほど経って、戦いは危うげも無く終わった。


 けが人はひとりも出なかった。



「アリス、船酔いの薬は?」

「飲んでこれ」

「…………」


 船旅は続き、またしてもベッドの上の住人となる日々がはじまった。


 せっかくの船旅なのに、どうしてこんなことに……。


「まぁ、順調のようじゃからあと数日の辛抱じゃな」

「もっと速い船にすればよかったにゃ?」

「速い船はその分揺れるのじゃぞ、船乗りですら辛いと聞くのじゃ」


 ぼくも同じ話を聞いて、大きな船を頼んだのだ。


 それでも緩和しきれない、自分の弱さがうらめしかった。

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