いざシーラングへ

 図らずも大騒ぎになった送別会から3日後。


 ぼくたちは慌ただしく人が乗り込む大型船の前で街の人達から見送りを受けていた。


「アリス錬師、身体にはくれぐれもお気をつけて。無事にアルヴェリアに着くことを願います」

「ありがとう、イヴァン錬師」


 仕事の合間を縫って見送りに来てくれたイヴァン錬師と握手をする。


「いやぁ、ギリギリで船の修理をしてもらえて助かったよ」

「アフターサービス」


 他にはバザール錬師とフーパー錬師、それからマリナ錬師とカート錬師が来てくれていた。


 ぼくがこの3日間でしていたことは、体調の調整とフーパー錬師の船の修理。


 かなり無茶なことしたせいでそれなりのダメージが入っていたので、アフターサービスとして一通りメンテしていたのだ。


 なおエンジンの方はすり合わせ程度で済んだ、かなり頑丈に作られているらしい。


 マイク錬師は家庭の事情とやらが色々あるらしいので、「道中気をつけて」という伝言だけ貰った。


「アルヴェリアから届くだろう、君の躍進の報せを楽しみにしている。壮健にな」

「無事についたらお手紙……は入れ違いになっちゃうか、滞在場所決まったら錬金術師ギルドに伝言残しておいてね」

「うん」


 バザール錬師とマリナ錬師には本当にお世話になった、無事についたら一応手紙も送っておこう。


「俺より先に出世しないでくれよ?」

「ことわる」


 アホなことをいい出したカート錬師がマリナ錬師にどつかれた。


 というか、今のところ出世に興味がないからどうなるかは完全に未知数だ。


「おめぇら元気でな」

「寂しくなるなぁ」

「色々世話になったにゃ!」

「おじちゃんたちも元気でね!」


 少し離れたところでは、スフィたちがお見舞いにも来てくれた漁師の代表格のおじさんたちと話している。


 行動範囲が分かれてるから、人脈にも差があって面白い光景になっている。


 輪に入りづらいのか、遠くでシャオだけがぽつんとしている。その光景になんとも言えない気持ちになった。


 それぞれ名残を惜しんでいると、船の上から太鼓のような物を叩く音が響いた。


 出航の合図だ。


「時間切れ。みんな、ありがとう」

「アリス錬師、どうか元気で」

「ご両親に会えること願ってるから、元気でね!」

「達者でやれよ、ちびっこ!」


 錬金術師ギルドの皆に手を振りながら、船に向かってかけられたタラップの前に集まる。


「よし、みんな居るにゃ?」

「忘れ物はー?」

「……ない」


 スフィの言葉に少し考えて頷く。今ここでやっておくことはもう無いはず。


 スライムカーボンの論文にせよエナジードリンクにせよ、まともに関わろうとすれば年単位の時間が必要になってしまう。


 旅の最中にやるべきことじゃない。


「わしもないのじゃ!」

「私も平気」


 シャオとフィリアも続く。


「そんじゃ……シーラングへ向けて出発にゃ!」

「おー!」


 点呼を終えたノーチェが、長い尻尾をぐるりと動かして右手を振り上げる。


 元気よく手をあげながらタラップを駆け上っていく姿を、近くの乗客が微笑ましく見上げていた。


「いや、チケットまだ渡してないから」


 懐から取り出した人数分のチケットを手にタラップを登って追いかけると、案の定ふたりが船員に止められていた。


「アリス! チケット!」

「はい、5人分」


 スフィにチケットを渡すと、スフィは今度こそ自信満々に差し出した。


 それを苦笑しながら眺めていた船員が受け取って目を通した。


「はい、確かに。ようこそエランシア号へ、良い旅を」


 チケットを確認した船員が、笑顔でそう告げてチケットを返してきた。それをみんなに一枚ずつ手渡して、無事乗船完了だ。


 使うのは錬金術師ギルドの伝手で取ってもらった、それなりに大きな客船だ。


 値段はかなり張ったけど、受付からして子供だけの一行だからと侮らない。


 絶対はないけど、安全のためにはちゃんとコストを払わないとね。


「なんであたしじゃなくてスフィにゃ」

「スフィはお姉ちゃんだもん!」


 そんなこんなで客室に向かって甲板を歩いている最中、ノーチェに文句を言われてしまった。


 言われてみればリーダーはノーチェなんだから、そっちに渡せばよかったんだけど。


「つい癖で」


 こういう時、スフィに渡すのが癖になっている。


 そのせいでうっかりそのまま手渡してしまったのだ。


「ふふん」

「むぅぅ」


 自慢げなスフィとちょっかいを出すノーチェのじゃれ合いを眺めながら、甲板から船内に入る。


 エランシア号は木造の帆船で、船内4階層、船上3階層の大型船舶。


 なんでもバザール錬師が設計した船らしい。


 誘拐事件の海賊船よりも遥かに大きく、揺れも少ない。


 主な用途がパナディア港とシーラング港を行き来する客船だから、頑丈さと揺れの軽減を意識したそうだ。


 風が穏やかで安定している南部海だからこその船だと言っていた。


 船内の廊下は木製なのによく磨かれていて、覗き込めば自分の姿すら見えそうなくらいだ。


 チケットによれば……えっと、上層2階か。


 階段を登り廊下を進むと、すれ違う人たちがぼくたちを不思議そうに眺めてくる。


 なんだか身なりが凄く良い人たちばっかりなので、一般的な街の子供スタイルのぼくたちが物珍しいのだろう。


「あ、多分あの部屋」

「物置とかゴミ捨て場とかじゃにゃいよな」

「いくらなんでもないでしょ」


 その場合はバザール錬師に厳重に抗議することになる。


 チケット結構高かったんだよ、それでそんな場所に押し込められたら信用度がマイナスを突破してしまう。


「スフィが開けるの!」

「いやリーダーのあたしがだにゃ」

「同時にやって、他の人が見てる」


 きゃいきゃい騒ぐふたりを注意すると、流石に注視されるのは嫌なのか静かになった。


「じゃあせーので」

「いいにゃ」

「「せーのっ」」


 息を合わせて扉が開かれると、中は綺麗に整えられた、広い部屋だった。


 ソファーにテーブル、家具も一通り揃っている。更には窓がある、戸締まり出来る木製ではなく、金属フレームで固定された透明なガラス窓だ。


 頑丈で透明な錬金ガラスは高いのに、贅沢に窓に使うなんて……。


 ゼルギア大陸にもガラス製品自体は普通にあるんだけど、透明度が低かったり、歪みやすかったり、脆かったりと欠点も多い。


 ポーション瓶なんかは安く作れたりするんだけどね……。


「ふわー、透明なガラスにゃ!」

「の、ノーチェちゃんダメだよ」


 ガラスをぺたぺた触るノーチェをフィリアが青ざめながら止めた。


 そういえば、フィリアは404アパートでもガラスにあまり近づこうとしていなかった気がする。


「ノーチェ、それ割ったら弁償で借金奴隷確定のレベル」

「う、うん、うん」


 残念ながらこっちの透明なガラスは高いのだ。到底子供の手には負えない。


 ぼくの一言でピタリと動きが止まったノーチェが、ギギギと音をさせそうな動きでこっちを見た。


「え、マジにゃ?」

「一枚推定金貨60枚くらい」

「え、えっと、この前の幽霊船の稼ぎは……」

「金貨10枚弱」

「……にゃ」


 理解したのか、ノーチェがフィリアと抱き合うながら窓から離れる。


「もっと早く言うにゃ!」

「もしもの時は直せるから、そんなに怖がらなくていいよ」


 そもそも錬金ガラスなら普通に石を投げられたくらいなら割れないし、ちょっと壊れたくらいならぼくでも普通に直せる。


 なので怖がることはないんだけどね。


「心臓止まりかけたにゃ」

「肝の小さいやつなのじゃ!」


 ノーチェに頬を引っ張られて「のじゃあああ」と奇妙な悲鳴をあげるシャオを余所に、窓から外を眺める。


 窓は丁度港側だ。


 見送りの人々が手を振ったりしているのが見える。


 錬金術師ギルドの人達は……流石にもう帰ってるか。


 視線を横に向ければ、重装備の冒険者達が船に乗って沖へ繰り出すところが見えた。


 騎士団による調査の結果、例の幽霊船は『キャプテンシャークのセント・ジョーズ号である』と断定された。


 記憶している限り、セントラルホールの財宝はかなりの量があった。


 なのに回収できたものはせいぜい金貨数十枚程度。


 爆発で財宝が近海に飛び散ったという噂は瞬く間に冒険者の間に広がり、パナディアの冒険者では今サルベージが最も熱い稼ぎになっている。


 走り回る冒険者を眺めているうちに、再び甲板から太鼓の音が聞こえた。


 暫くして、船がゆっくりと動き始める。


 窓の外から見えるパナディアの港が、ゆっくりと遠ざかっていった。

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