精霊術

「なんじゃ、それは」

「サメの精霊」


 寮に合流したシャオがフカヒレを見た最初の反応は、怪訝そうな顔をするというものだった。


 愛し子として精霊術を学ぶ必要があったみたいで、この世界に伝わる精霊という存在に対してはシャオのほうが専門家だ。


「聞いたこと無いのじゃ」

「産まれたばかりだから?」


 シャオの顔面にわかりやすく疑問符が浮かぶ。


「生まれたての小精霊ということなのじゃ?」

「うん、名前はフカヒレ」


 身内枠にはなったけど、このへんはうまく説明しようがない。何しろぼくですら全く理解できていないのだから。


「あの船からついてきたのじゃ? そういうこともあるのじゃな……」

「そんな感じ?」

「シャー」


 当の本鮫はシラタマを頭の上に乗せて、ぼくの頭上を回遊している。


 見た目は漫画的にデフォルメされたサメ。


 サイズはシラタマよりふた周りほど大きくて、ぼくが抱えてちょうどいいサイズ。


 サメにあるまじき可愛らしさで、スフィたちとも仲が良い。


「水の精霊なのかな」

「うーむ、シャルラートに聞いてみるのじゃ」


 そう言うなり、シャオは目を閉じて詠唱をはじめる。


 暫くして現れた水の魚がぼくの方へ近づいてこようとして、一瞬で氷になった。


「シャアア!」


 次の瞬間、ぐばっと口を開いたフカヒレが氷を半分ほど食いちぎり、ボリゴリと音を立てて咀嚼する。


「シャルラートォ!?」

「喧嘩しないの」


 なだめはするものの聞いちゃくれない。


 数秒ほどで氷が溶けて復活した水の魚は、背びれをトゲトゲさせながらシラタマとフカヒレに対峙する。


 こっち側も応戦する気満々みたいで、フカヒレはギザギザの歯をガチガチさせ、シラタマは冷気を纏いながらウィービングをしている。


「これからは正式に仲間なんだから、喧嘩はだめ」

「キュピ……」

「シャー……」


 相性悪いなら仲良くしろなんて言わないけど、喧嘩はダメだ。


 もう一度強く言うと、今度は渋々と承諾してくれた。


 この違いはなんなんだろう。


「そっちの精霊はなんでいつもシャルラートにいじわるするのじゃ!?」

「ぼくに聞かれても、この子って水の精霊だよね?」

「お主も精霊術師なら見ればわかるじゃろう?」


 そんな当たり前みたいな顔で言われても。


「ぼくは精霊術師じゃなくて、錬金術師。精霊術は使えない」

「……のじゃ? じゃあどうやって精霊を呼び出しておるのじゃ?」

「んーと……」


 どうやってと言われても、勝手に出てくるとしか?


 視線で指示を飛ばすと、シラタマは雪に、フカヒレは泡になって消える。


「……こう?」


 来てと念じると、今度は揃って頭の上に出現した。


 どんなもんかとシャオの顔を伺うと、完全に目が点になっていた。


「い、意味がわからんのじゃ。どうして詠唱もなく呼び出せるのじゃ?」

「さぁ?」


 一応シラタマに聞いてはいるけど、意思疎通の問題もあっていまいち要領を得ない。


 『ありすの"内側"』に核をおいて、カンテラを通ってこっち側に出てきているとか。


 わかっていることは、カンテラの炎が道の大きさを示していて、魔力によって大きさが変わる。


 魔石を燃やすことでぼくの魔力の代用になるけど、効率が悪い。


 ただし、ぼく自身の魔力が少なすぎるから結局魔石を燃料にするのが最適解。


 たぶんフカヒレも同じ感じで、心の中の領域とか心象世界とか、そういった場所に核があるんだと思う。


 てっきりそれが精霊と契約する方法だと思うんだけど。


 そんな事を伝えると、シャオが腕を組んで考えだした。


「本命契約じゃろうか、しかし聞いていたものとぜんぜん違う……うぅむ、わしにはわからんのじゃ。姉様ねねさまならあるいは……」

「今の所不都合はないし、アルヴェリアにいったらかな。本命契約って?」

「うむ、精霊術というのはのう。精霊と契約し目印となる証をもらい、自らの魔力で幻体を編んで召喚するのが基本じゃ」


 人に教えるのが……というか、話を聞いてもらえるのが嬉しいのか、シャオはノリノリで色々と話してくれる。


「とりわけ優れた精霊術師は、精霊本体を己の内側に宿し、その力を自在に扱えると聞く。精霊からしても自らの命を預ける所業故、めったに結んでくれる精霊はおらんかったそうじゃが。なんでも、かつて悪神と戦った太古の英雄にも使い手がいたそうじゃ」


 精霊本体、つまり核となるものを自分の中に取り込んで常に一緒に居る契約ということらしい。


 それなら自由に出入り出来るのも何となく頷けるけど……。


「じゃがのう、精霊の力は莫大じゃ。小精霊といえども、人間が己が魂の内側に迎えるのは心身ともに凄まじい負担がかかると聞いている。極限まで鍛えられた戦士であっても、到底耐えられれぬほどじゃったとか」

「……じゃあ違うっぽいね」


 そんなの、ぼくが耐えられるはずがない。


 魔力も体力も自信がないけど、負担は全く感じていない。それどころかフカヒレも加わって、少し楽になった気さえする。


「アルヴェリアなら精霊術の専門家もおるじゃろう、星竜祭で功績を認められれば、神星竜オウルノヴァ様に直接聞く機会もあるやもしれぬ」

「……星竜祭って、普通のお祭りじゃないの?」


 おそらく神星竜に関わる祭りだっていうのはわかったけど、功績を認められるという言葉が引っかかった。


「なんじゃ、アルヴェリアを目指しておるのに知らんのか。オウルノヴァ様は人の文化と成長を評価しておられる。武術、魔術、技術、芸術……それらは多岐にわたり、腕を認められれば大きな名誉と報酬が与えられるという。7年に一度、各分野の達人や職人が集って腕を競う大きな祭りなのじゃ」

「……まるで行ったことがあるみたいな」

祖母ばば様や姉様から聞いた話じゃ、わしもアルヴェリアに行くなら少し楽しみにしておる。因みに規模をもっと小さくした星鱗祭というのがあってのう。王家主導で毎年行われているそうじゃが、そちらでは竜はめったに臨席せぬそうじゃ」


 さすがは竜だけあって結構長いスパンだなと思ったら、もっと小規模なのが毎年行われているらしい。


 7年に一度のが竜主催、毎年が王家主催。


 国力を周囲に示す大陸全土向けのお祭り騒ぎと、毎年やる国民向けの慰撫って感じなのかな。


「シャオは物知りだね」

「そうじゃろう!? なんじゃおぬし! ぼけっとした顔しとる割にわかっておるではないか!」

「あんまり褒めるにゃ、調子乗るから!」

「ノーチェちゃん、ごはん食べながら喋っちゃダメだよ」


 少食故に先に食事を終えたぼくたちと違い、おかわりしているスフィとノーチェはすぐ後ろで食事中だ。


 フィリアに怒られたノーチェを尻目に、バナナパンの最後の一切れを口に放り込んだスフィが立ち上がる。


「ノーチェ、フィリア、そろそろいかないと遅くなっちゃうかも」

「おっと、そうにゃ。んじゃあたしらおっちゃん達と、冒険者ギルドに挨拶してくるにゃ!」

「フィリア、洗い物はぼくとシャオがやっとく。騎士団で財宝受け取るのも忘れないでね」

「ほんと!? ありがとう!」

「忘れるわけないにゃ!」

「のじゃ!?」


 今日は調子がいいので、そのくらいの家事ならできそうだった。


 ぱたぱたと支度を始めるスフィたちを眺めながら、皿を入れた桶を持って井戸がある裏庭へ向かうことにする。


「わ、わし皿洗いとかやったことないのじゃ」

「最初は誰でも一緒」


 まるで嫌がってるみたいな物言いだけど、興味深そうに尻尾と耳が動いているのを見て言葉通りなんだと理解した。


 価値のある籠の鳥に家事雑用をさせるほど、愚かじゃないか。


「それじゃあ、えっと」

「午後の鐘が鳴る頃に、浜焼き屋のおじさんの店で集合。最後におもいっきり贅沢」

「了解にゃ! んじゃ後でにゃー!」

「あ、待ってよう! アリスあとでねー!」

「ん」


 さて、まずは桶を裏庭に運んで皿洗いという重労働からだ……!

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