サメの精霊

「シャーク?」

「キュピ」

「その子かわいいね、精霊さん?」

「だと思うけど……」


 契約状態になってしまったのか、新たに産まれたサメの精霊からはつながりを感じる。


 なのにシラタマみたいに明確な意思疎通が出来ない。


 伝わってくる感覚はなんか幼稚と言うか、幼いと言うか。


「キュピピ」

「シャッ」


 シャークって鳴いてるしやっぱりサメだと思うけど、もしかして産まれたばっかりとか?


 ……誰か精霊の専門家を呼んできて欲しい。


 因みに現在は、小さいモードのシラタマがあれこれ教えている最中。


 この短時間で上下関係が構築されているみたいで、今の所はうまくやっている。


 シラタマの普段の言動から心配にはなったけど、後輩には寛大になるみたいだ。


「またアリスにばっかりいくにゃ……」

「こればっかりはね」


 ぼくとしても望んで契約してるわけじゃないんだけど、どうにも縁がある。


「ねぇアリス、そのカンテラに宝石を入れると精霊さんになるの?」

「……わからない」


 このあたりの仕組みがいまいち理解できないんだよね。


 既存の精霊と契約するための媒介とかなら理解できるんだけど、なんで新しい精霊が産まれるんだ。


「こいつは何が出来るにゃ?」

「シャー?」


 ひとまず幸いなことは、サメの精霊はシラタマとは違って人間をあまり敵視してないことだろうか。


 ノーチェに問いかけられたサメの精霊は、その場でぐるぐると旋回したのち、ゆっくりと床へ潜航していった。


 フローリングの上から小さなサメの背びれがはみ出している。


「床の中泳いでるにゃ!?」

「すごい」


 ……とうとう地面の中まで泳ぎ始めやがった。


 ぬいぐるみのような見た目だから印象が緩和されてるけど、やっぱりサメなのか。


「シャー」

「キュピ」


 暫くフローリングの下を泳ぎ回った末にすいっと浮上してきたサメの精霊が、シラタマを伺ってからぼくの方へ近づいてくる。


 ……撫でてほしいってことかな。


 恐る恐る触ってみると、ザラザラした不思議な感触が手のひらに伝わった。


 サメの肌ってこうなってるんだ。


「……それだけ?」

「シャー」

「キュピ」

「物を壊しちゃうからダメだって」


 本鮫は違うと言っているけど、シラタマが止めているみたいだ。


 ってことは攻撃に使える能力を持っているってことか。


「ふぅん、まぁ歓迎するにゃ、よろしくにゃ!」

「シャー」

「あはは、かわいいー」


 サメの精霊は伸ばしたノーチェの手を鼻先でつっついて、みんなと戯れだした。


 少なくともスフィ達に敵意を向けることがなくて安心していると、シラタマが肩に止まる。


「チュピピ」

「名前?」


 あの子にも名前をあげてほしい、と。


「んー……」


 サメ、サメかぁ。嫌な思い出しかないけど……産まれたばかりの子に罪なんてないしなぁ。


 うーん、サメと言えば。


「フカヒレ」

「シャー!」

「キュピ!」


 こっちに飛んできて、頭の上をくるくると旋回しはじめる。


 割と適当に付けた名前だけど、気に入ってくれたみたいだ。


「じゃあ、君の名前はフカヒレ」

「どういう意味にゃ?」

「たしか大きな鮫のヒレって意味」

「ほー」


 フカっていうのは日本のどこかのサメの別称だったはず。中国とかでは魚翅ユイチイって呼ぶんだっけ。


 ネーミングに自信はないから、考えるのも結構たいへんだ。


「よろしくね、フカヒレちゃん」

「シャーク!」

「よろしくにゃ!」


 普通に空飛んでるけど、この子の属性は水の可能性が高い。


 だとすると、シラタマとは普通に仲良さそうだし、シャオの精霊とのやり取りは属性の相性じゃなかったのか。


 発見が多いなぁ。



「ものども! わしの世話をさせてやるのじゃ!」


 翌朝、宿を引き払いに行っていたシャオが荷物を抱えて寮の扉を叩いた。


 そしてノーチェが無言でドアを閉めた。


 直後に外からわめきながらドンドン叩く音が聞こえ、やがてすすり泣きに変わった。


 なんとも言えない空気が流れはじめてから、ノーチェが再びドアを開ける。


「うっうっ……これからぐすっ、お世話になりますなのじゃ」

「歓迎するにゃ」


 初っ端からこれかい。


 やってきたシャオは、背負える程度の荷物を持っていた。


 これがこの子が持ち出せた全部か……。


 っと、そうだ。


「ふん! すぐに下剋上してやるのじゃ嘘なのじゃ追い出さないでほしいのじゃ!」

「おまえ大概だにゃ」


 感情の起伏の激しいシャオとノーチェのやりとりを眺めながら、お腹に貼り付けたポケットの中身を探る。


 えーっとたしかこれ……じゃない。


「アリス、なんでカニさん持ってるの?」

「船の中で見付けた」

「えぇ……」


 武器庫の中に入っていたカニの模型だ。


 これじゃなくてあれじゃなくて、あった。


「ねえ、これってシャオの?」


 最下層に降ってきた、例の冒険者チームの女性が持っていた金細工。


 シャオのかと思って回収してたんだけど、今更ながら間違ってたらどうしよう。


「のじゃ!? おぬしなんでそれを! あの女に盗られたと思ったのに!」

「最下層にあのナントカーって冒険者の仲間の女の人が落ちてきて、散らばった荷物の中にあった。シャオのに似てたから念のために回収してた」


 凄まじい速度で近づいてきたシャオに腕を掴まれる、ちょっと痛い。


「シャオ! アリス痛がってるから離して!」

「のあ、すまんのじゃ……これは、わしの祖母ばば様が残してくれたものなのじゃ……もう失くしたものと……おもっ、でぇ、ぐすっ、あり、ありがと……」


 シャオは細工を抱きしめて泣き始める。


 ノーチェが後頭部をかきながら、シャオの金色の頭をぽんぽんと撫でた。


「泣きすぎにゃ、戻ってきてよかったにゃ?」

「うん、う゛んっ」


 こんなに喜んで貰えるなら、回収しといてよかった。


 それにしても、本当に感情豊かな子だなぁ。


「とりあえずメシにするにゃ、これから出発の前の挨拶周りにゃ」

「はい、これで涙拭いて」

「わ、わがっ……ぐすっ」


 綺麗な布を渡しているフィリアとノーチェに任せて、ぼくはスフィとテーブルに戻る。


「アリスはこれから錬金術師ギルド?」

「うん、エナジードリンクの打ち合わせして、あいさつ回り」

「ひとりで大丈夫?」

「シラタマもフカヒレもいるし、平気」

「そっか、じゃあスフィたちは漁師のおじさんたちと、騎士さんたちに挨拶してくるね」

「うん」


 街でやることをひとつずつ片付けていくと、旅立ちが近いことを実感する。


 騒動はやたらと多かったけど、良い街だったと思う。


 ……これから向かうアルヴェリアが、もっと良い場所だといいな。


 楽園みたいな場所なんてないとわかってはいるけど、そんな事を期待してしまう。

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