騒動の後

 シャオを迎えて狭い寮内でひしめきながら寝た翌日。


 幽霊船騒動は大きく街に広がっていて、ぼくは朝早くから錬金術師ギルドに呼び出しを受けた。


「アリス、呼び出しに応じた」

「入りたまえ」


 変な片言みたいな挨拶をしながら中に入ると、バザール錬師が頭を抱えていた。


「事情は概ね、フーパーから聞いている。それはフーパーの依頼の報酬だ」

「うん」


 机の上に乗せられた袋をとって中を確認すると、たしかに最初の約束通りの金額が入っていた。


 懐にしまいながらひどく疲れた様子のバザール錬師を見上げる。


「体調はいいのかね」

「熱はある」

「……そういう時は遣いを寄越しなさい!」


 珍しくバザール錬師に怒られた。


 因みに今朝は39℃くらいあった。スフィはよくこの程度で済んだと涙ぐんでいたので、呼び出しに応じた事がバレた時が怖い。


「旅立ちが近いので、面倒事は先に済ませたい」

「……わかった、簡潔に用件を言う。昨日の夜の光の爆発の正体について探っている者達が居る」

「…………花火のことを?」

「スターマインというのか、あれは? 君が考えたのかね?」

「古い文献にあった」


 しれっと嘘をつきながら考える。


 何気なく作ったけど、そうか……この世界だと火薬は過去の代物で殆ど使われていない。


 娯楽重視の花火なんて発明されなかった、もしくは逸失したのか。


「日が暮れてすぐだったからな、目撃した人間も多く話題になっている。情報の提供があればありがたい」

「……それはいいけど、それだけ?」

「言いたいことは山ほどあるが、君を責めても仕方ないことだろう。どうやらスライムカーボンの論文も滞在中は難しいのは承知している」

「論文は書かない」

「承知していると言っているだろう」


 頑なに拒絶していたらとうとう諦めてくれたようだ。


 アルヴェリアについて腰を落ち着ける機会があれば、その時に考えることにする。


「廃船の調査は数日以内に終わる見込みだそうだ、あとは事件がなければ1週間ほどで船の往来が再開するだろう」

「うん」

「次の船で旅立つのか?」

「その予定」

「そうか、名残惜しいが旅の無事を祈ろう」


 バザール錬師は話をそこで切り上げて、報告書の束へと意識を戻した。


 派手にやった花火について探るのが目的だったらしい。


 ぼくが発生源だと知っているってことは、フーパー錬師か。


 なにはともあれ、面倒は無いみたいでよかった。


 そそくさと執務室を退出して、ほうっと息を吐きながら寮へと戻るのだった。



 花火の製法については簡易的なまとめを書き出してから、錬金術師ギルドに送ってもらった。


 街は騒がしいけど、船出まで暫くはのんびりすることになる。


「そういえば」

「んー?」


 404アパートのベッドの上で暫く休み、少し熱が下がった夕方。


 リビングのテーブルを囲んで食事中に、ノーチェが怪訝そうな顔をしてぼくを見た。


「あの拳闘士のおっちゃん、どこいったにゃ?」

「そういえば、港についた時には居なくなってたよね?」


 彼は傭兵とは言え敵国に雇われていた人間だ。


 捕まれば確実に罪に問われる。傭兵特別対応で相応の保釈金を払えば身の安全を買えるけど、決して安くはない。


 というわけで、ゲンテツのおっさんは騎士に捕まる前にさっさと逃げ出したのだ。


 報酬として竹製の水筒に水道水と、だぶついていた干した肉野菜といった保存食は渡してある。


 ついつい大量に作っちゃうんだけど、前回の旅の反省で作りすぎても消費しきれないとわかったので……。


「あのおじさんなら報酬渡したらさっさと逃げたよ」

「えええ」

「報酬って何やったにゃ?」

「余ってた保存食と飲み水」


 端的に答えたら予想外だったのか、3人共首をかしげてしまった。


「……街で買い物出来ない人間にとって、安全な飲水と保存食は貴重品」

「あー……」


 フォーリンゲンで販売拒否を食らった経験があるから、3人共理解は早かった。


 金貨も銀貨も、通貨として通用する文化圏で買い物が出来なきゃただの石ころだ。


「あんまり困ったことないからにゃ、うちら」


 ぼくたちに関しては404アパートの功績が大きいけど、本来はパーティに錬金術師でも居ない限りは解決できない。


 両方揃ってるなんて、このパーティは結構恵まれてる。


 なんて自画自賛をしながら麺を敷き詰めてこんがり焼いた……せんべいみたいなのを齧る。


 パナディアの郷土料理で、本来は具沢山のソースにディップして食べるもの。


 なんでそのまま齧っているのかと言うと、油断して魚介トマト煮込みソースを大皿で出しちゃったんだよね。


 昨日たくさんがんばった腹ペコたちがあっという間に平らげて、ぼくは素のまま齧る羽目になっていた。


 みんなが美味しかったならいいんだけど。


「……アリス、やっぱりお姉ちゃんがなんか作るよ?」

「いいよ、大丈夫」


 今から作り直すのも大変だし、これも香ばしくて結構美味しい。


「つーか保存食やって大丈夫なのにゃ?」

「正直、作りすぎたと思ってた」


 食料が無くなる心配から、ぼくたちはどうしても大量に用意してしまう傾向がある。


 そのせいでたくさん捨てる羽目になったことを考えると、大分抑えめでもいいのかもしれない。


「まぁ、大丈夫ならいいんだけどにゃ」

「たぶん余裕」


 残っているレトルトもまだまだ多いし、よほどの状況でなければ食べ物には困らないのだ。


 お宝騒ぎで資金に余裕もできたし、最大の難関は超えた。


 今後はもうちょっと緩い気持ちでも大丈夫じゃなかろうか。


「……と、そうだ」

「にゃ?」


 すっかり忘れていた、あの騒動で降ってきたアクアマリンをポケットから取り出す。


 このサイズになると換算額がやばいことになるので、ポケットの中にしまっておいたやつだ。


 明るい所で見ると、透明度の高い水色であることがハッキリわかる。


「なにそれ、きれー!」

「それどうしたにゃ?」

「ちょっとね」


 ここまで突っ込まれていないってことは、ぼくが拾ったことはバレてないってことだ。


 まぁ売ることは出来ないんだけど。


「どうしたものかなって」


 ただのアクアマリンじゃないのは、手にもっているだけで伝わってくる不思議な感覚からわかる。


 だからこそ、一時的とは言え誰かに預けるなんてことはしなかったんだけど。


「ねぇ、シラタまっ」

「キュピ」


 呼ぶより速く、飛んできたシラタマが蹴りで手のひらからアクアマリンを突き飛ばした。


 弾かれた宝石はいつの間にか傍に浮かんでいたカンテラの中に飛び込む。


 ……なんか既視感あるんだけどこの流れ。


「にゃ!?」


 シュゴオっと凄い音を立てて炎が吹き上がり、アクアマリンの姿は完全に消えてなくなった。


「ど、どうするにゃ!?」

「燃えちゃったよ!」

「お水! お水は!? もったいないよ!」

「燃えちゃったねぇ……」

「キュピ」


 燃え盛る青い炎を眺めながら、ふぅとため息を吐く。


 できれば事前に教えてほしいけど、聞いてたら警戒してやらない気もする。


 ジレンマだった。


 暫くして炎が収まると同時に、空中にぶくぶくと泡が立ちはじめて……。


「シャー!」


 空気の抜けるような音をさせて、泡の中からサメを可愛らしくデフォルメしたような小さなぬいぐるみが現れた。


 ……え、何これ。


「キュピピ」

「シャー」


 サメの精霊?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る