見知らぬ故郷はまだ遠く
のじゃ狐の事情
騒動の帰り道、どうしても疑問に思えることがあった。
「ていうか、なんでシャオも一緒に来てるの?」
「……一緒にいっちゃダメなのじゃ?」
シャオのことだ。
服も髪も綺麗だし、たぶん良いとこの宿を取っている予感はする。
本人が言うには生まれも高貴なところ……なのにふらふらとひとりで出歩いて、付き人の気配すらない。
なんというか、この子は不自然な点が多い。
「それは」
「アリス、こういうのはリーダーの仕事にゃ」
迷いながら事情を聞こうとしたところで、ノーチェが割って入った。
「外で遊ぶならまだしも、パーティの本拠地は秘密も多いにゃ。信用できないやつを連れていけにゃいのは当然にゃ」
「うぬぅ……」
言い回しそのものは子供っぽいけど、正論だ。
シャオはぐうの音も出ない様子で俯いてしまう。
「外で遊ぶならいいにゃ。でもこれ以上こっちに踏み込むにゃら、そっちの正体も教えてもらわなきゃ話しにならにゃい」
「…………あまり、楽しい話じゃないのじゃ」
「うちに"楽しい事情"抱えてる奴にゃんかいねーよ」
ばっさりと言い放つノーチェの言葉に、シャオのツリ目がちの瞳が丸く開いた。
「わかったのじゃ……聞いてほしいのじゃ」
正直ちょっと眠いのを我慢して、ぼくたちはシャオの事情を聞くことになったのだった。
■
騒ぎでざわつく市場を通り抜ける途中、適当に屋台で食べ物を買い込んで、ぼくたちはようやくギルド寮へ辿り着いた。
いくら子供とはいえ、5人もいれば室内は狭い。
テーブルの上に料理を並べ、椅子を近づけて食卓を囲む。
少しお腹が満たされたところで、シャオが語り始めた。
「わしは、ラオフェンの姫巫女の家に産まれたのじゃ」
姫巫女というのは自治都市であるラオフェンの統治者のようだ。
つまり、シャオは正真正銘のお姫様ということになる。
「しきたりで、後継者は
しまった、というのが少し引っかかる。
精霊信仰の文化が残っている大陸東部において、精霊の寵愛を受ける愛子というのはかなり特別な意味があるらしい。
それなのに、どうして否定的なニュアンスが含まれるのか。
「ラオフェンはじゅんすいじゅうじん都市……獣の姿を持つ者こそ獣人で、わしみたいなのはモドキと呼ばれているのじゃ」
……純粋獣人、かな?
シャオのたどたどしい知識からだから、正確性はわからない。
獣人の姿も色々あるみたいで、ぼくたちみたいに普人に獣の耳と尻尾が生えたのもいれば、手足まで獣になっているのもいる。
ラオフェンでは全身が獣の、純粋種と呼ばれている獣人が最も多いのだそう。
そう考えると、世間一般で言われる獣人に該当するシャオの悩みもわかってくる。
「本来なら、外に出ることすら許してもらえぬはずじゃった。しかし姉様のおかげで外に出ることが許され、シャルラートと出会い契約をしてくれて……これで場所ができる、そう思っておった」
シャオの表情が暗く沈んでいく。
「誰もわしを見てはくれなかったのじゃ」
大人達は表面上は敬うけれど、内心ではモドキと蔑む。
はぐれものに子供達は近づかない。近づいて来る意図がろくでもないものは、ぼくも村での経験からわかる。
「シャルラート……霊水の精霊の愛子であることが判明してからは、自由もなくなったのじゃ」
人を癒やす力というのはこの世界でも希少だ。
異なる魔力同士は強く反発するため、他者を強化したり、傷や病を直したりといった魔術は弾かれてしまう。
自分を治したりする術は存在しているって噂を聞いたことがあるけど、他者に干渉する術は貴重なのだ。
「それからは言われるまま連れてこられる人間を癒やす、都合の良い道具扱いじゃった」
話を聞く限り、便利な治療道具として城内から出ることを許されていなかったようだ。
……だったらどうして、今ここでこんなに自由に?
「姉様が勉強のために留学したところで、わしは街を追い出されたのじゃ」
結構衝撃的な事実だった。
「……貴重な治癒術の使い手を?」
「かかさ……先代様がのう、ずっとわしを疎んでおったのじゃ。
彼女の母はこだわりの強い人のようだった。
出来損ないの娘が、長年信仰対象のひとつであった精霊の寵愛を受けているのが心底気に入らなかった。
当代の姫巫女が信用できる側近を連れ立って留学とやらに出た矢先、残った先代が放逐したのだとか。
母親って、そういうものなのかな。
「金子をもたされ、最低限の伴をつけられ。追い立てられるように船に乗せられ……パナディアへ来たというわけじゃ」
子供の身に余る大金を持たされたのは、せめてもの罪滅ぼしか体面のためか。
「……その一緒にきた連中はどうしてるのにゃ?」
「さてのう、暫く姿も見ておらぬ。もはや居るのかどうかもわからんのじゃ」
「その、お姉さんの留学先に連絡を取るとか……?」
「遠すぎて簡単に連絡は取れぬのじゃ」
一番良い解決法は、彼女の姉に連絡をつけることなんだろうけど。
そんなに遠くに留学してるなんて、一体何処にいってるんだろう。
「遠いって、どこいってるにゃ?」
「大森林を隔てた大陸最北にある国じゃからな……連絡をつけようにも手紙すら迂闊に送れぬ」
ってことは、お付きの動きから考えても……。
隠蔽はいくらでもできるから、自由にさせて事故にでもあってくれれば万々歳って思考か。
「なんだってそんな場所に、国主が?」
それにしても、どんな事情があれば統治者がそんな遠くまで留学にいくんだ。
「アルヴェリアで7年に一度の星竜祭があるのじゃ。今年はセレステラ様もご臨席なされるそうでの、今回ばかりはいかねばならぬとな……」
「……にゃ?」
ぼくたちは思わず顔を見合わせた。
「アルヴェリアって」
「スフィたちの目的地も、アルヴェリアだよ?」
「のじゃ?」
今度はシャオが目を瞬かせた。
……そういえば、言ったことなかったっけ?
「シャオ、お前行くとこあるにゃ?」
「……宿代は暫く大丈夫なのじゃが……姉様が戻ってくるまでは無理なのじゃ」
「にゃー……」
何かを確かめるようにノーチェが目配せしてくる。
最初にスフィが、次にフィリアが頷いた。
……正直言うと奇妙なシンパシーを感じていた。
母親に疎まれていたのも、人と異なる力があるせいで籠の中に閉じ込められたのも。
精霊なんて
行く場所がないのなら、境遇は同じだ。
「ぼくも賛成」
「よし! シャオ、あたしらのパーティに入るにゃ?」
「……パーティなのじゃ?」
「冒険者パーティにゃ、名前は未定!」
「ランクが上がったら正式にパーティ登録するから、そこで決める」
スフィとノーチェ、どっちが名前をつけるかで争っている段階だ。
「一緒にアルヴェリア、行かない?」
「その、おぬしらが良いのなら、わしは……わしもおぬしらと一緒に行きたい、
「決まりにゃ! 歓迎してやるにゃ」
「よろしくね、シャオ!」
「シャオちゃん、よろしく」
歓迎の言葉を伝えるとシャオの眼にみるみる涙が溜まって、やがて溢れる。
「ふ、ふぐ、あり……ありがと、なのじゃ」
それにしても、いつもふらふらしていた訳だ。
ぼくたちに絡んできたのも必死だったのか、身分しかすがるものがなかったと思えば……。
仕方ないのかなぁ。
なにはともあれ、なし崩し的にではあるけれど。
ぼくたちの旅にシャオが同行することが決まったのだった。
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