幽霊船には花束を

「なんと凄まじい威力か……」

「獣人であの魔術、冗談だろ」


 夜と夕暮れの境目の空に、色とりどりの花火が咲いた。


「や、やった……!」


 手をつないだまま、隣でガッツポーズをしているスフィ。


 微笑ましく見つめながら、ぼくは悟られないように内心で叫んだ。


 あっっっぶねぇ、なんだあの威力!


 ヴォルカニックレイジは第5階梯の攻撃魔術。


 読んだ魔術書『攻城魔術指南』によると、おおよそ1メートルサイズの溶岩塊を対象に叩きつける、極めて強力な対単体・・・攻撃魔術と書かれていた。


 万が一を考えて、広い範囲に破壊を振りまくものは避けたんだけど……。


「さすがスフィ」

「ううん、アリスが手伝ってくれたからだもん」


 尻尾を揺らすスフィにほほえみを返して、視線を再びシャークシップへ向ける。


 魔術によって生み出された溶岩そのものは消滅しているものの、熱せられた水はそう簡単に戻らない。


 水蒸気爆発の余波で荒れる海に揺れる船にしがみつきながら、誰もが夜空に咲く花火を見上げていた。


 古い金属や拾って来た素材がたくさんあったから、色の種類を結構作れたから超派手だ。


「……あの威力なら、わざわざ内部に爆薬を仕掛ける必要などなかったのではないか?」


 疑問を投げかけてくる女性騎士に対して、ぼくは静かにシャークシップを指差す。


「いや、そうでもねぇな」

「確かに凄まじい破壊力ではあったけど、致命傷はおそらく内部からの爆発だろうね」


 ブスブスと煙をあげるシャークシップの表皮は焦げて、外側に向かって弾けている。


 光に照らされる断面から、外側からの熱はある程度防いでいたことが見て取れた。


「詳しく見なければ断定は出来ないが、あの裂傷痕からして最初の魔術はギリギリで防いでいたようだ……致命傷にはならなかったと言うべきかな」

「お嬢ちゃんの魔術に驚けばいいのか、奴の耐久力に驚けばいいのかわかんねぇな」

「なんだと……?」


 おそらく8割型は防御されたけど、ギリギリ内部に突き刺さった溶岩の熱で爆弾が着火。


 次々と引火しながら逃げ場のない内部で衝撃が蓄積していき、耐え切れず内側から弾けた。核となっているサメが死んでしまえば、体積は見た目通り。


 そして勢い余って飛び出した花火が、次々と夜空で咲いているというわけだ。


「……ま、弔いの花束くらいにはなったでしょ」

「?」


 甲板に転がる小型サメの死体が、キラキラと光の粒になって天へ昇っていく。


 座り込んで、随分と歪な素人花火を眺める。


「……大変だったけど、きれいだね」

「次はもうちょっと、きれいに作りたい」


 動画で見たことがある日本の花火と比べれば、広がり方が全然ダメだ。


「にゃ? なんか飛んできたにゃ……あっつ!?」

「熱爆発で飛んできてるやつだから、気をつけて」


 飛来してきた何かを掴んだノーチェが、叫びながらそれを甲板に放り捨てる。


「……金貨だ」

「にゃん!?」


 少し古いけど、飛んできたのは金貨だった。


「あー、水底に沈んでた宝が、爆発で飛び出してるのかな?」

「にゃ! 袋! 袋にゃ! スフィ! フィリア!」

「わ、わかった、アリスはここで休んでてね!」

「シャオちゃん、もう大丈夫だからここに居て!」

「のじゃ!?」


 暗闇の中を無数の金貨や銀貨が飛んでくる。


「うおお! 網だ!」

「ないわよ、掴み取って!」

「無茶言うな! エレン!」

「ちょっとまって!」


 牽引されていた船のエルフのお姉さん一行も大慌てだ。


「はぁー……つかれた」


 喧騒を聞き流しながら、甲板に寝転がる。


 一応病み上がりなのに無茶させられた。


 また熱出るなこれ、流石に不可抗力だから怒られないとは思うけど憂鬱だ。


「キュピ」

「ん?」


 シラタマの声に身体を起こすと、飛んできた透明な石が甲板にぶつかって足元に転がってきた。


「……『解析アナリシス』」


 不思議な魔力のこもった緑柱石、色は透明ってことはアクアマリン?


 ぼくの手のひらより大きいし、かなり貴重なものなんじゃないだろうか。


 顔をあげて光の粒になって元の廃船に戻っていくシャークシップに目を向ける。


 まるで空へ向かって降り注ぐような光の雨の中で、キャプテンコートを着た大柄な男が豪快に笑っている姿が一瞬見えた。


「はぁ」


 こんなやり方でも、満足はしたってか。


 まったくもって、戦いに生きる男っていうのは身勝手なものだ。


 でも嫌いになれないのは、前世でむかしずっと守っていてくれた人も同じだったから……かもしれない。



「これはあたしらのにゃ!」

「取ったりしないから、ひとまず預けて」


 花火が収まった頃、集まってきた騎士団の船に護衛されるかたちでぼくたちは港に戻った。


「もしひとつでも紛失したら厳重に抗議を!」

「わかってるよな?」

「わかっている、だから落ち着いて」


 状況が状況だけに、降ってきた財宝は一旦騎士団に預けられて調査後に返還されることに決まった。


 なにせサメの痕跡は全て消えて、キャプテンシャークの船は今やただの沈没船。ただし、今昔の冒険者の死体をどっさり積み込んでいる。


 仲間割れ……と見られてもおかしくはない。もちろん冒険者同士であっても殺人は犯罪だ、正当防衛の適用範囲がめちゃくちゃ広いとはいえ罪は罪。


 何があったのかの確認が必要ということだった。


 巨大なシャークシップは騎士団も目撃しているし、確認の意味合いが大きいということだそうだ。


 どうせ朝方、錬金術師ギルドに年代鑑定の特急依頼でも来るんだろう。


「スフィ! 何枚拾ったか覚えてるにゃ!?」

「えっとね、金貨が14枚! 銀貨が22枚! あとはね、真珠のネックレスと、赤い宝石のついた……」


 3人で奮闘したおかげか、結構な収益になったようだ。


 サルベージ税として何割か持っていかれても、かなり手元に残る。


「がんばったね」

「海の中に落ちたのは拾えなかったにゃ……」

「暗かったからわかんないけど、たーくさん海に落ちちゃった」


 花火に混じり、バシャバシャと何かが海に落ちる音が断続していたのは覚えてる。


 あれが全部金貨や銀貨……その他の宝物だとすると……。


「ばかっ! あんたたち! そんな大声でいったら」

「コラ! 近くの海域は暫く封鎖だ!」

「横暴だ! 独り占めするつもりだろう!?」


 遠巻きに聞き耳を立てていた冒険者達が我先にと船に向かい、警備の湾岸騎士が目敏く止める。


「そんなことはしない、封鎖が解かれた後なら自由にサルベージするといい」

「くそっ! 海底探索用の装備をかき集めろ、急げ!」


 流石に騎士とやりあうつもりはなかったみたいで、冒険者たちはすぐに引いた。


 というか装備を調えるために夜の街に走った。


「お宝なのに余裕だにゃ」

「サルベージ税あったはず?」

「にゃ?」

「……沈没船や座礁船からサルベージされたものは、場所が国の領海なら、その国に3割を税金として納める必要があるんだよ」

「やぶれば海賊」

「さんわり……にゃ」


 対応していた騎士が苦笑しながら教えてくれた内容に、ノーチェがしょんぼりしている。


 確かに頑張って集めたのは自分たちなのにって思うかもしれない。


 だけど、後から財宝の所有権だのなんだので物言いを付けられないための譲歩でもある。


「貨物船や貴族所有の船なら少しややこしくなることもあるけど、まぁ大昔の海賊船なら大丈夫だろう。明後日くらいには返せると思うよ」

「わかったにゃ」


 ノーチェが代表して、集めた宝を積めた袋を騎士に渡す。


 この騎士は誘拐騒ぎのときにも居た人なので、たぶん心配はいらないと思う。


「おつかれさま、君たちは確か……」

「錬金術師ギルドでお世話になってるから、何かあればそこに」

「わかったよ、もう暗いから帰り道には気をつけて」


 騎士に見送られて、5人揃って帰路につく。


 帰りは流石にスフィに背負ってもらった。シラタマは他の船が接近してきた段階で小サイズに戻っている。


「怖かったし大変だったけど……」

「みんな無事だったし、お宝ゲットしたし、結果はよかったにゃ」

「うぅ、わしはさんざんだったのじゃ……」


 長い一日が、ようやく終わった。

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