ファイナル・デッド・シャーク

「おわぁぁぁぁ!」


 背後の船から悲鳴が聞こえる。


 サメと化した幽霊船が霧の海を切り裂いて迫ってくる。


「っ! どうするんだ! あれを港に連れていくわけにはいかないぞ!?」

「そうは言ってもあのサイズだぜ、打てる手がねぇよ」


 フーパー錬師の錬金術船の性能は確かに凄くて、人が乗った小船を一隻牽引してるにも関わらず、サメに追いつかれない速度で海原を翔けていた。


 それでも、状況は悪い。


「おっさん! 港は逆にゃ!」

「無理だ! 被害が想像もつかない!」


 あんなのを港に連れていけば、一体何人が犠牲になることか。


 引き離して撒くか、海で倒すかのどっちかだ。


 白波を蹴立て走る船の先に、夕暮れの海が見えた。


「霧を抜けるぞ!」

「誰も居ないでくれよ……!」


 濃密な白霧を飛び出した海原は既に日が落ちかけている、広い海原には船の影はない。


 港の方は……数隻ほど明かりをつけた船があるけど、距離がある。


「フーパー殿! 引き離せるか!?」

「流石に牽引しながらではこれが限界速度だよ!」

「なんか来るぞ! 構えろ!」


 ゲンテツのおっさんの叫びに、スフィとノーチェが武器を構える。


「ノーチェ、これ使って」

「お、さんきゅーにゃ」


 武器庫で花火を作っているうちに準備しておいた剣をノーチェに投げ渡し、スフィに向かって手招き。


「ちょっと相談」

「どうしたの?」


 スフィは少し困惑しながら、前線を下がってこちらにくる。


「スフィ、あいつを思いっきり炎の魔術で攻撃して」

「え、でも……」


 ぼくの提案が予想外だったのか、スフィが目を見開いて小さく首を横に振った。


 スフィは強力な魔術が使えるけど、ぼくを暴発に巻き込んでいたのを気にしているのか、積極的に使おうとはしない。


 だけど、使わないことには上達はない。


「ここは海上、周りにはなにもない。ぼくがサポートするから、遠慮なくあいつにぶっぱなして」

「……でも」

「スフィ、ぼくを信じて」


 昔は何も出来なかったから巻き込まれるしかなかった、でも今は違う。


「……うん」

「じゃあ」

「飛ばしてきたぞ! 砲撃……サメ!?」


 ゲンテツのおっさんの悲鳴に近い声に後方を見ると、ぼくたちを追いかける巨大シャークシップが、両脇から小型のサメを飛ばしてくるのが見えた。


 飛来する小型サメは水面を叩いて水しぶきを上げ、水中に潜れば飛び上がって襲いかかる。


 なんて厄介な攻撃。


「深追いしないで、上がってきたのにカウンター」

「わ、わかったにゃ!」


 しかし単体の戦闘力はそこまででもない、うっかり水中に引きずり込まれなければ対処できる。


「フィリア! フィリアたすけるのじゃ!」

「シャオちゃん暴れないで!」


 フィリア……は手一杯か。


「おっさん、少しでいいからアレをひるませるとか、出来る?」

「無茶言うな!? ……ま、やれってんなら努力はするがよ!」

「君には何か案があるのか?」


 確認作業の途中、湾岸騎士の女性が真剣な表情でこちらを見てきた。


 確かに、簡単に子供を信じる訳にいかないのはわかる。


 でも緊急時なので、悠長に説得している時間はない。


「子供の浅知恵で解決できる状況ではないぞ、騎士団の応援を待って……」

「クイントくん、彼女は錬金術師だ!」

「……子供だぞ?」


 会話の途中で割り込んできたフーパー錬師の叫びに、女性騎士は怪訝そうに眉を歪めた。


「それだけの能力があるということだよ! 手があるんだろう?」

「仕込みは上々」


 フーパー錬師には、火薬について聞いた時に何をしたいのか伝えてある。


 きっちり覚えていてくれたんだろう、ありがたい。


「ここは任せてくれないかな?」

「……湾岸騎士として、何をするか聞かないことには首を縦には振れん」

「船内に爆弾しかけた、スフィの火の魔術を口に放り込んで、内と外から起爆」

「空間が捻れまくっているんだぞ、魔術が内部まで通るのか?」

「空間のねじれは別に拡張されている訳じゃない、特定の場所を基点に断続的にループさせることで擬似的に空間を広く感じさせるように……」

「……すまないが、何を言っているんだ」

「大魔術師レイグ・リードの空間魔術仮説だね!」

「再現には至らなかったけれど、未踏破領域に見られる空間の捻れから、空間魔術を再現しようとした魔術師が居て……」

「よ、要するに、中の爆弾を起爆できるのか!?」

「……仕掛けたのは中央ホール、ぼくたちが脱出したエリア。あの空間の捻れた領域内では最も外に近い」


 いくら不可思議なことがまかり通る未踏破領域といえど、全ての法則を完全無視できるわけじゃない。


 相当な火力を直撃させれば、熱で中の花火が起爆する。


「だが、この場に魔術師は居ないぞ!? 船を一撃で崩せる威力の魔術など、宮廷魔術師クラスでもそうは……」

「そこはなんとかする、フーパー錬師、沖合まで引っ張って!」

「わかった、掴まっていてくれ!」


 ノリの良いフーパー錬師のおかげで、船が一気に加速した。


「くそっ、もうどうにでもなれ!」


 女性騎士もちょっと自棄になりながら、防衛に加わってくれた。


 牽引している船の方でも奮戦が始まっている。時おり矢がシャークシップへ放たれるものの、有効打にはなっていない。


「スフィ、ぼくの詠唱通りに」

「う、うん」


 スフィの覚えている魔術は第2階梯まで。それじゃあいつを倒せる威力にはならない。


 ぼくは覚えている魔術は多いけど、魔力がないから発動すら出来ない。


 だから、この場で教える。


「イメージするのは溶岩、熱でぐらぐら溶ける岩。頭の上の、ずーーーーっと上、雲くらい」

「うんっ」


 スフィはぼくなんかとは違う、掛け値なしの天才だ。


「ひとつに固めて、鉄槌に、どかんとあいつに叩きつける。属性は火と土、まんべんなく混ざりあわせて、きれいに溶かす」

「うん」


 完璧に理解して自在に行使するのは無理でも、この場で発動させる事くらいなら造作もない。


「星を巡りし熱き血潮よ、揺らぐことなき大地の怒りよ」

「星をめぐりし、熱き血潮よ、揺らぐことなき、大地の怒りよ」


 左手を掲げて目を閉じるスフィ。その横でぼくは右手側に立って手をつなぐ。


「我が手に集い、混ざりて為すは」

「我が手につどい、混ざりて、なすは」


 遥か上空に熱源が産まれ、ぐるぐるとうずまき始める。まるで太陽が出来たみたいに周囲が明るくなった。


「万象を薙ぐ、朱の奔流」

「ばんしょうを薙ぐ、朱の奔流」

「ちょっと! あちっ、あちぃにゃ!?」

「おいおいおい……マジか」


 上空で産まれたマグマがどんどん大きくなっていく、バスケットボールから数メートル、数十メートルへ。


「永劫たる繁栄を燃やし流せ」

「えいごうたる、はんえいを……燃やし、流せ!」


 みんなが時間を稼いでくれているうちに、詠唱が終わる。


「おっさん! 一瞬でいい、ひるませて! フーパー錬師! できるだけ距離取って!」

「くそっ、ぬかるなよ! ――『豪震拳ごうしんけん』!」


 ゲンテツのおっさんが、引き絞ったフォームから大ぶりの拳を放つ。


 武術としては隙だらけの体勢から撃たれた一撃は、だけど耳鳴りがするほどの轟音を立ててシャークシップの鼻先を揺らがせた。


「グガオオオオオオオ!」


 確かに一瞬、やつが怯んだ。


「ぐっ……う、打ち止めだ」


 何だかんだ、ここまで飄々としていたゲンテツのおっさんが、真っ青な顔で膝をつく。


 限界っぽいけど、最後にきっちり仕事してくれた。


「スフィ、いくよ」

「うんっ!」

「「『星血の鉄槌ヴォルカニックレイジ』!」」


 一時的に動きが止まった所に、ふたりそろって掲げた手を振り下ろす。


 マグマの球体が、まるで隕石のようにシャークシップへ落ちていった。


「――『錬成フォージング!』 シラタマおねがい!」

「キュピ!」


 着弾コースは取れた、結果を確認する前に海水に錬成をかけて大きく盛り上がらせながら、シラタマに船を守る氷の壁を作ってもらう。


「グガオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ギリギリ間に合った氷の壁の向こう側で、海水が蒸発する音がした。


 一瞬遅れて衝撃波が壁にヒビを入れながら、海面を大きく揺らす。


 流石に急造では耐えきれなかった壁が破壊されると同時に、巨大サメ船が色とりどりの花火を打ち上げながら大爆発を起こす姿が見えた。

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