アタック・オブ・ザ・ギガントシャーク3

 移動はシラタマにロープを掛けてもらい、全員で上側の廊下に乗り移るところからはじまった。


 警戒はしていたものの襲撃はなく、ぼくたちは陣形を組んで再びセントラルホールを目指す。


「ジェイド達はあの後どうしてたの?」

「すぐにエレンが居ないのに気付いてな、マーティンが慌てて探すって走り回ってた」

「一応引き込んだ責任があるからな……財宝に眼がくらんだばっかりに、悪かった」

「冒険者なんだもの、騙された訳でもないのに恨んだりしないわよ……でもありがと」


 あっちの面々もそれなりにドラマがあるようで、和やかに会話している。


「招聘した以上、あなたの安全を守る責任が私たちにはあるんだ、もう少し慎重な……」

「はは……」


 フーパー錬師は肩を借りながら、湾岸騎士の女性に怒られている。


 何とも無く、空気が緩んでいるのを感じる。


「……さっきの凄まじい光はあなたよね?」


 シラタマの背中にしがみついて、疲労からくるあくびを噛み殺していると、近くに居たエルフのお姉さんに話しかけられた。


「……なんで?」

「そんな高位の精霊を騎馬扱いしてる時点で只者じゃないから」


 はぐらかそうとしたら、ズバリと言われた。


「命の恩人だもの、これ以上は突っ込まないわ……ありがとう」

「自分たちのためだから」


 しかし探ろうとか何かしようとかいう意図はないみたいで、少し安心する。


「それに、お姉さんたちなら自力で何とかなった気もする」

「……落ち着いて戦える状況だったならね」


 この人達も見る限り決して弱くない、あの巨大サメだって退けるくらいは出来ただろう。


 犠牲なしとはいかなかったかもだけど。


「それで、その……その子、雪の精霊よね?」

「キュピ、キュピ」

「うん」


 のしのし歩くシラタマはお姉さんの方を見ようともしない。


 代わりに頷くと、少し興奮した様子で顔を近づけてきた。


「もしよかったら、羽毛の一部でもいいから貰えないかしら、もちろんお礼は」

「ヂュリリリ!」

「ダメだって」

「そう……」


 問答無用の拒絶だった。というか羽毛の一部って切り取れるんだろうか。


 ずっと一緒に暮らしてるけど、排泄はないし羽が抜けてる所すら見たことがない。


 普通の生物みたいに循環や老廃物なんて概念がないのかもしれないと思っていた。


「羽毛って取れるの?」

「キュピ?」


 何気なく気になって聞いてみると、シラタマがくちばしで羽毛の一部を切り取ってぼくの方に放ってきた。


 ふわりと舞うまっしろな羽毛を手のひらに乗せると、ちょっとひんやりしている。


「精霊の一部は、精霊の意思の元に具現化されるの。相手に与えるという意思がないと、自然に還ってしまうわ」

「へぇ」


 冷たい羽毛を指先で弄っていると、羨ましそうに見ているお姉さんの姿がある。


「何に使えるの?」

「魔道具の素材はもちろん、それが高位の精霊のものなら目をかけてもらってる証になるわ。小精霊なんかの下位の精霊から信用して貰いやすくなるのよ」

「なるほど……」

「雪の小精霊と契約できるかも……と思ったんだけど、残念」


 お姉さんとしては、雪の高位精霊であるシラタマの羽毛を貰って、小精霊と契約するための補助にしたかったみたいだ。


「それは残念」

「できればだったから、無理は言わないわ」


 それにしてもそんな効果があったのか。もっと早く知りたかった。


 ぼくもまだまだ知らないことが多い。



「アリス、なんのおはなし?」

「シラタマの羽毛をもってると、雪の精霊と仲良くなりやすいんだって」

「へぇー」


 剣を片手に警戒していたスフィが、こっちにも聞き耳を立てていたのは知っていた。


 手に持っていた羽毛を見せると、興味深そうに手を伸ばしてくる。


「キュピ」

「シラタマがいいって」

「ほんと? ありがとシラタマちゃん!」


 シラタマ的にはスフィに渡すのは許容範囲らしい。


「ノーチェやフィリアは?」

「チュリリ……」


 最大限譲歩して『我慢する』ってところか。断固拒否と比べれば随分と寛大だと思えてくる。


「お嬢ちゃんたち、見えてきたぞ、警戒しな」


 そんなやり取りをしていると、先頭を歩いていたゲンテツのおっさんが声をかけてきた。


 再びのセントラルホールだ、なんだか移動が忙しない。


 辿り着いたのは多分上層、状況は先程と変わらず、離れた位置に通路が噛み砕かれた痕跡がある。


 使った廊下の高さが大分違うけど、空間が歪んでるのか傾斜があるのか判断しづらい。


「あっちだ、甲板が見える」

「本当だ」


 先程までは巨大サメが鎮座していた底部の水たまりの向こう側、甲板に続く道を確認したことで一気に安堵が広がる。


「水たまりはどうやって越える?」

「シラタマ」

「キュピ」


 錬金術を使ってまた落とされたら敵わない、水たまりに氷の橋を掛けてもらう。


 後はロープを伝って下へ降りるだけだ。


「おぉ……」

「すげぇ」

「シャオちゃん、歩ける?」

「無理なのじゃ……」


 まずはシラタマに乗ったぼくが降りて、ロープをかけながら下層まで降りていく。


 錬成で滑り止めを施しながら氷の通路を作り外へ。


 軽い相談の後、最初に甲板に出るのは湾岸騎士の女性になった。


 それで大丈夫そうならぼくたちとフーパー錬師、冒険者たちはその後という順番だ。


「では……行ってくる!」


 通路を渡って甲板へ続く扉の前に立った湾岸騎士が、剣を片手に甲板に飛び出した。


 姿勢を低くしながら周囲を警戒し、たっぷり十数秒ほど数えてこちらを振り返る。


「大丈夫だ、今のうちに」

「アリス、行こう!」

「うん」

「ようやく出られるにゃ!」

「こけんなよ」


 駆け出すスフィについてぼくとシラタマも甲板へ。


 あたりは霧に包まれているけど……海の匂いがする。耳を動かして周囲を探れば、空間は圧倒的に広い。


 遠くから海鳥の声も聞こえてくる。


「はぁー……くっさいにゃ」

「まだ甲板だし」

「うぅ、外なのじゃ、外なのじゃぁ……」


 甲板の上は来たときと変わりない。


「……何とも言えない気分ね」

「あぁ」


 続いて出てきたエルフお姉さん一行が、倒れている冒険者の死体を見下ろして複雑そうな表情を浮かべる。


 もしかして知り合いだったんだろうかと考えた矢先、どこかオドオドしていた青年が氷の通路にしゃがみこんでいるのが見えた。


「あの人何してるんだろう」

「……まさか財宝独り占めしようとしてるにゃ?」

「何だと!?」


 ノーチェの声に反応して、剣士の男性ふたりが振り返った。


 確かに青年は水底へ向かって何かをしようとしてる。


「ちょっとあんた何してるの! 早く来なさい!」

「で、でも、こんなにお宝があるのに……」

「命あっての物種でしょう!? まだ何があるかわからないのよ! 罠かもしれないじゃない!」


 みんな水底のお宝に飛びつかないなと思ってたら、罠の可能性もきちんと考えていたらしい。


 まぁお宝だーって素直に騒げる状況下じゃないものね。


「だけど、少しくらいは」

「やめなさ――」


 錬金術師の女性が青年を止めに行こうとした瞬間、船が大きく揺れた。


「……エレン、ダメだ!」

「でも、マーティン!」


 海が揺れてる訳じゃない、船そのものが振動してる。中で何かが暴れているみたいに。


 って、思い当たるのひとつしかない。


「早く船に! もっとでかいのがくる」

「もっとって!?」


 スフィたちに声をかけて、甲板から飛び出して船に乗り込む。


 シラタマから滑り降りて操舵輪の前へ立つ……けど、キーが嵌められたままだ。


 魔導エンジンを始動して軽く動かしてみる。動かし方はエンジンを見た時に大体把握した、難しい運転じゃなければいける。


「……動く」


 位置を固定されている感じがしない。


「アリス!」

「動くにゃ!?」

「うん、みんな乗った?」


 少し遅れて、かけられてる縄梯子を伝ってスフィとノーチェが。


 それから少し遅れてフィリアとシャオが船へ乗り込む。


 よし、あとはゲンテツのおっさんとフーパー錬師だけだ。


「フーパー錬師、急げ!」

「わ、わかっている、がっ」

「あぁもうじれってぇな、捕まれ!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴が聞こえてきたので甲板を見上げると、ゲンテツのおっさんに襟首を掴まれたフーパー錬師が落下してくるところだった。


 ……何やってんの。


「『風回ふうかい』! おらよっと!」

「おわあああああ!」


 回転する勢いて海面に拳風を叩きつけ、揺れる船の上にふたりのおじさんが着地する。


 なんつー乱暴な。


「無茶をするな!」

「わりぃな!」


 それから凄い速度で縄梯子を降りてきた女性騎士が船に降り立ち、こっちの面子は多分揃った。


「エレン、もう無理だ! 行くぞ!」

「もうっ、バカ!」

「うおおお!」


 霧が少し薄れて見えた、少し離れた所に浮かぶ船。


 エルフお姉さん一行がその船に乗り移るのが見えた。


 あの青年は……ダメだったか。


 一瞬気分が落ち込んだところで、幽霊船の揺れが更に激しくなった。


「牽引! 急いで!」

「ロープは!」

「こ、こっちだ」


 ばたばたしているうちに、風切り音がした。


 太いロープがくくりつけられた矢が船体に刺さっている。


「この船高いんだよ!?」

「命かかってるから」


 フーパー錬師の泣き言から目をそらし、女性騎士がテキパキと牽引用ロープを船体にくくりつけた。


 流石は湾岸騎士。


「フーパー錬師、運転して!」

「わ、わかった」


 ぼくはといえば操舵をフーパー錬師に変わり、幽霊船を睨みつける。


 すぐに船が動き出して、幽霊船からどんどん離れていく。


 もう安心……と行きたい所だったんだけど。


「嘘だろ、おい」

「なんにゃ……あれ?」

「……ふぁっくくそが


 大きな幽霊船がバキバキと崩れて……サメのような形に変形していく。


「グゴアアアアアアアアアアア」


 やがて誕生した巨大なサメ船……シャークシップが、霧の海に響き渡る咆哮をあげた。

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